第8話「桓武天皇と皇権の影」 

「桓武天皇と皇権の影」         川村一彦

 桓武天皇は天武系から天智系に移った光仁天皇の皇子として、百済系渡来人高野新笠を母に持ち平城京から長岡京、平安京へと遷都した天皇として知られている。

桓武天皇(山部王)は白壁王(光仁天皇)第一王子として天平9年(737)に生まれた。生母は百済系渡来人和氏の出身であるという理由で、官僚として父王の光仁天皇が即位した際に親王宣下と共に四品が授けられ、後に中務卿に任じられた。

皇族としてでなく官僚として、その出世が望まれていたという。皇継の血筋からいえば異母兄弟の24歳年下で母は井上内親王に生まれた他戸親王の方が皇継者としては有力であった。祖父は聖武天皇に持ち申し分がない候補であった。

井上内親王は聖武天皇の皇女、5歳にして斎王に任じられ安積親王の死去と共にその任を解かれ、帰京後光仁天皇の后となった。45歳にして第二子の他戸親王が生まれ、高齢出産であった。光仁天皇が即位すると、井上内親王の立后と他戸親王の立太子と将来を約束されていた。

それが宝亀3年(772)3月、皇后であった井上内親王が突如廃され、続いて一か月後に他戸親王が廃された。理由は井上内親王が光仁天皇を呪詛した罪で、皇后を廃され、続いて他戸親王も皇太子を廃されたという。

翌年の宝亀4年(773)10月、さらに光仁天皇の妹の難波内死去した際、呪詛し殺害した嫌疑で、他戸親王と共に庶人に落とされ大和国宇智郡(現五條市)の没官の邸に幽閉され、宝亀6年(775)4月に幽閉先で他戸親王、井上内親王は同日に死去したとされている。

その不自然な死に関して暗殺説も根強く、他戸親王の失脚については藤原百川が深く関与し、呪詛事件を仕組んだと思われる。

その後、建議によって皇太子に山部親王(桓武天皇)を立てられた。これら一連の事件は百川が才能に富んだ山部親王を見込み、擁立に策謀、暗躍によるものとされている。

母親を百済系渡来人にもつ山部親王にとって望外なことで、以来、親王の百川への信頼は絶大なものへとなった。

天応元年(781)4月30日、山部親王は父から譲位され桓武天皇に、翌日早くも実弟の早良親王を皇太子と定めた。

 長岡京遷都後の間もない延暦4年(785)9月23日の夜間に造宮監督中の藤原種継が矢で射られた「藤原種継暗殺事件」が起き、種継は射られた翌日に死去した。

 桓武天皇が大和国に出かけていた留守中の事件だった。暗殺犯として大伴竹良らがまず捕縛され、取り調べで、大伴継人、佐伯高成ら十数人が捕縛され斬首になった。

 事件の直前8月28日に大伴家持が首謀者として官籍から除名された。事件に連座して五百枝王、藤原雄依、紀白麻呂、大伴永主など複数にのぼった。その後、事件は桓武天皇の皇太弟の早良親王が廃嫡、配流と憤死になるまで発展する。

 元々、種継と早良親王は仲が悪かったと言われ、実際には早良親王の事件への関与有無は定かではない。この後味の悪い事件の処理に早良親王の怨霊に悩まされることになる。

種継の最終官位は中納言正三位兼式部卿、享年49歳であった。死後には正一位・左大臣が贈られ更に大同9年(809)には太政大臣の官職が贈られた。

 その後、宝亀7年(776)から天災地変がしきりに起こり、井上内親王と他戸親王の廃后・廃太子の怨霊と恐れられ、特に廃后は竜になったという噂が立った。

 同8年(777)桓武天皇は遺骨を改装させ、墓を御陵と追称。更に延暦19年(800)早良親王を崇道天皇として名誉回復させた。井上内親王には皇后の追号し、御陵を山陵と追称した。

 こうして不遇な死を強いられた、他戸親王と井上内親王の霊の鎮魂に後々の世まで伝え続けられた。京都は内親王を御霊神社や上御霊神社、奈良五条市には御霊神社が祭神となって祀られている。

また早良親王の怨霊伝説は、藤原種継事件に連座して廃され、乙訓寺に幽閉された。無実無根を訴え断食し、淡路島に配流される途中に河内国高瀬橋付近で憤死した。

 早良親王が事件に関与していたかは不明であるが、早良親王と南都の寺院関りが深く、遷都には意としなかったと言われ、暗殺計画の嫌疑がかかった言われている。

 事件後には、安殿親王の発病や、桓武天皇妃藤原旅子・藤原乙牟漏・坂上又子の病死、早良親王の母の高野新笠の病死、疫病の流行、洪水など相続き、早良親王の祟りとして、鎮魂の儀式が幾度となく執り行われた。

延暦19年(800)大和国に移葬された。奈良市八島町に崇道天皇陵に比定されいる。近くには親王を祀る嶋田神社があり、近辺には親王を祀る寺社が点在している。京都には早良親王のみ祭神とする崇道神社がある。

皇継に近い親王の、有らぬ冤罪の嫌疑で不遇にも葬り去られたはずの、親王の祟りや、怨霊に京都人は恐れおののき、鎮魂を持って災いを拭い去ろうとした。


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