旅路

芥流水

旅路

 なんでも、古い旅館にいるらしい。私のいる座敷を支えている一本の木からも、その古さが容易に伺えた。私は着物を着て、和室の中央にぽつんと座っていた。前には机があり、その中央には生け花が置いてある。

 ほう、とため息を吐くと、目の前に緑茶が入れられた湯呑みが置かれていることに気づいた。それで唇を湿めらせてみると、苦味とほんのりした甘味が感じられた。

 その時、障子が音もなく開いた。その向こうは廊下になっているようである。暗い空間に和服を着た女性が座っていた。その唇が動くのが、はっきりと見えた。

 お時間でございます。

 彼女の言葉に私は頷いた。何の時間かは分からなかった。ただ、それがいたく重要なものである事は、分かっていた。

 廊下を暫く歩くと、下に降りる階段があった。上に行くものは無く、この建物が二階建てである事が知られた。

 女に案内されて階段を降り、廊下を歩く。その突き当たりに扉があり、そこから外に出た。

 外は駅になっていた。成る程、駅舎を改造して旅館としているのだな。私はそう思った。

 女は汽車賃を、と手を出した。そうだった、と思いつつ、懐を探す。財布は何処にやったっけ。

 懐には財布の代わりに小銭があった。しかし、その数は僅かに六である。これで足りるかな、そう言いつつ女に渡す。十分でございます、と女は言った。


 駅はさほど混雑しているようには見えなかった。しかし、人が大勢いた。

 無闇に広いようだけど。

 失礼と思いつつ、私は女にそう問うた。

 女は首肯して、言った。

 大勢いらっしゃる場合もありますから。

 それもそうだろうと私は思った。


 駅にやってきたのは、黒塗りの列車だった。

 随分と、立派だな。

 私は誰にともなく、そう言った。

 昔は船で渡っていたのですけどね。文明開化の折に触れ、ここにも鉄道が通ったので。

 女はそう答えた。


 そういえば、列車に乗る前に肝心なことに気づいた。私は女に質問した。彼女ならば、知っているだろう。

 これは、何処に向かうのですか。

 女は微かな寂しげな表情を見せた後に答えた。

 それは-----

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旅路 芥流水 @noname

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