第31話 ドラン平原の戦い
ドラン平原では魔族の首都ローラントの防衛線の一つに革命軍が攻め入っていた。
「こちらが押しているな、このまま順調に行けばこの戦場でも我らの勝利となるだろう」
戦場の後方に建てられたテントの中でチャーリーとハワードは椅子に座っていた。
彼らは珍しく後方に控えたままで、そこで仲間数名と共に前線から来る革命軍優勢の情報を受けていた。
「そろそろ俺たちもでるか、奴らにとどめを刺そう」
ハワードがそう言って立ち上がり、その体の鎧とおそろいの黒い兜をかぶった。
「大変です!」
伝令が飛び込んできた。
「どうした、あわてて」
ハワードが一度かぶった兜を脱ぎ、伝令の言うことに耳を傾けた。
「全軍からエルフが引いていきました!」
「なに? そんな命令は出していないぞ」
ハワードはチャーリーを見た。彼女もこの報告に驚いて目を見開いている。
「くずれた前線から緊急の応援要請がきています!」
伝令の言うことにハワードはテーブルを叩いた。
「くそっエルフのやつら、どういうつもりだ!」
「でるぞハワード、ぐずぐずするな! エルフに理由を聞くのはあとだ」
チャーリーはそう言い終わらないうちに愛用の白銀の兜を小脇に抱え、一人で軍議用のテントをでてしまった。
「おう! わかった、おいシュレー、後方に待機していた千人全て出すぞ!」
「はい、わかりましたグレン様」
戦況の急な変化を聞いたシュレーは頭が追いつかず足をもつれさせ一旦転んだ、慌てて起き上がると小走りで走り去るハワードのあとをついていった。
エルフ隊が戦場から急に離脱したことにより生じた混乱で一旦崩れるかに見えた戦況は、チャーリー、ハワードの奮戦によりどうにか均衡状態に戻し、魔族軍の撤退に合わせて革命軍も戦線を後退させた。
戦闘の激しい返り血や刀傷を受け、元は白銀に輝いていた鎧を汚したまま、チャーリーはエルフ軍のテントに向かう。ハワードもそれに続いた。
エルフ達は怒りの形相のチャーリーに気づいているのかいないのか、荷物をまとめ移動の準備を淡々と進めている。
「これは一体どういうことだ!」
エルフの指導者のいるテントに入るなり、チャーリーはそのきれいな金髪を振り乱し怒鳴り飛ばした。
「待っていましたよ勇者チャーリー。いやリーとお呼びして欲しいんでしたかな」
テントの中ではエルフ軍の指導者オワロンがテーブルの前の椅子に座り、黄金の剣士の剣幕を静かに受け止めた。彼はチャーリーの二十倍生きているがエルフの中ではまだ若造の部類に入る。
チャーリーはテーブルを挟んでオワロンの向かいに立ち、その上に乱暴に両手を置いた。
「呼び方などどうでもいい、これはどういうことか説明してもらおう。なぜ勝手に戦線を離脱したんだ」
オワロンは少しだけ眉を上げた。
「そうですか、まだそちらには報告が行ってないんですね」
「一体なんの報告だというんだ」
「今さっき使者が来て、我らエルフの首都アルブレイムが魔族に襲われたという知らせが入ったのだ」
チャーリーはエルフの動揺の原因を理解した。
「そんな馬鹿な、エルブレイムは十重二重の防衛戦で守られているはず。それを一日や二日で攻略できるはずがない。誤報ではないのか」
「誤報ではない、使者を二度使わせ確認した。それに十重二十重に防衛戦を敷いているといってもそれは首都の南側だけの話だ。この革命に出兵するために、それ以外の地域は兵の配置は極端に薄くなっている」
「それじゃまさか敵はその南側以外から侵入したというのか」
「そうだエルブレイムの東側、迷いの森を抜けて首都に攻め入ったらしい。現在首都には女子供と非戦闘員しか残っていない。今は南側の守備要員を首都に向かわせ対処しているが、それにも限度がある、必然的に今度は南側の守りが薄くなるからな。そのため、エルブレイムから首都の防衛のために帰ってこいという命令が届いている。我らはこれから故郷の守備に帰らなければならない」
「そんなことをされたら戦線が維持できない、我々が数では不利な事は知っているだろう」
「大丈夫、もちろん全部ということではない四分の一程残していく」
「今は一人でも兵が多く欲しい。頼む、何とか考え直してはくれまいか」
チャーリーは頭を下げた。
「無理だな勇者殿、エルブレイムが襲われたのはもう全てのエルフに伝わってしまった。そのせいで仲間の間に動揺が走っているのが私にも見て取れる。私は今、長として何らかの対処に迫られている。あのまま戦闘を続けたところで我らは使い物にならなかったであろう。エルブレイムには愛する妻や母や子供達が残されているのだ」
チャーリーは頭を上げた。
「しかしこの革命が失敗に終わったら、今まで通りに魔族による迫害が続くのだぞ。このドラン平原を攻略できたら、革命は事実上おわる。もう少しの辛抱じゃないか」
「その事なら重々承知している。だが、革命も大切だが故郷の守りもおろそかにできない。南の守備隊がエルブレイムについたとき、全ての敵が迷いの森の中に一目散に逃げていったそうだ。守備隊はそれを追ってその先には誰一人進めなかったという、迷いの森の恐ろしさは皆知っているからな。あの森を攻略されたとあっては我らを助けていたあの森が今では敵を守っている。今までは大丈夫だと思っていたので極端に南側の防衛だけを厚くしていたがこれからは東西南北等しく防衛線を敷かねばならん。首都自体の守りも厚くしなければならない、人手が足りないのだ」
オワロンは立ち上がりチャーリーの横に立つと、わかってくれるなと彼女の肩に手を置いた。チャーリーには彼らが家族を大事にしているという気持ちはわかるのでそれ以上何も言えなかった。
「革命のことなら大丈夫、勇者殿に戦の神のご加護があるだろう」
「気休めは止してくれ」
「もう一つ勇者殿には伝えたいことがある」
「なんだ、もうこれ以上悪いことは言わないでくれ」
「大事なことだ聞いて欲しい。エルブレイムを襲ったその敵は、魔族だが魔族ではないという情報がある」
「どういう意味だ、無駄な謎かけは止めて欲しい」
「魔族軍ではあるがその総大将は人間らしい、エルブレイムを襲った賊は魔族の旗を揚げ、総大将の名はタケカワキョウヤだと彼らは叫び回っていたという」
「タケカワキョウヤ・・・・・・」
チャーリーの頭の中にタノクラケイタと名乗っていた、貧弱で性格のおとなしい少年の顔が浮かんだ。彼が強大な敵として立ちはだかるかも知れない。何気なくハワードに言ったことが真実になってしまった事に彼女は驚愕した。
「タケカワキョウヤ、先日二度も身柄を押さえておきながら、とり逃がしてしまったというタケカワキョウノスケのひ孫。くれぐれもそのことが悔やまれますね」
オワロンは端正な顔のその唇の端をややつり上がげながら言った。
ドラン平原を攻略すべく、山の中腹に簡易的に作られた砦から、たくさんの馬車や歩兵が旅立った。馬を操るのも歩兵もエルフ達だ。オワロンもこの旅団の先頭に立ち旅立ってしまった。それは彼らの中で革命に対する志気が低くなってしまったからに他ならない。彼らエルフ達も、この旅立ちが革命軍に大きな打撃を与えるのがわかっているのか余計な声は発しない。故郷に帰れるという喜びを表現するものはいない。
チャーリーとハワードは黙って彼らを見送るしかなかった。
「やられたね勇者様」
エルフ達を見送るチャーリーの横に、いつのまにか立っていた少年が、頭の後ろに手を組んでつぶやいた。彼はホビット族のスレイル、身長は彼女の三分の二しかなく幼く見えるが彼女の倍は生きている。
「さっきぐるりと回ってきたんだけど、ドワーフもホビットもフェアリーなんかもエルフ達がいなくなってすごく動揺してるよ、誰も負け戦なんかしたくはないからね。勝っている間は良いけど負けるとなると自分の種族をどうやって守ろうか、負けた原因の不名誉をいかに受けないようにするか、みんなそればっかり考えているよ。多分最後は全て勇者様に責任をなすりつけようとするんじゃないかな」
彼は何が楽しいのかウシシと笑った。
「スレイル、頼みがある」
「うん、いいよ」
彼はチャーリーの頼みを、内容を聞かずに快諾した。
「考えを改めてくれって、エルフの王様に手紙を書くから、それを直接僕がエルブレイムまで持っていけば良いんだね」
彼はその見かけによらない明晰さを示した。
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