魔王にスカウトされました

長谷嶋たける

第1話 プロローグ 大戦

 うっすらと靄がかかり、足下がおぼつかない中を僕は歩いていた。

 周りはまだ薄暗いが色とりどりの花が咲き乱れているのがわかる。それらはこれから訪れる陽の光を今か今かと待ちわびている。

 ただ高いところを目指してあてども無く歩き、さして高くない丘の頂上にたどり着いた。そこにはおあつらえ向きに一つの木の切り株があった。

 僕はその上にかぶっていた自分の兜を脱ぎ、そっと置いた。

 そのとき、ちょうど朝日が山の向こうから顔を出し、僕がいる丘を優しく照らし、靄を晴らした。 

 兜の横についている白い羽根飾りが、陽の光に照らされ青くきらめく。

僕はこの丘に登ってくる途中で摘んできた白い花をその前にそっと添えた。


「フェリル・・・・・・ようやくここまでこれたよ」 


僕の言葉はそのまま空にかき消えた。返答するものはいない。

 そのまましばらく朝日を浴びながら彼女との思い出にふけっていると、僕のほうに近づいてくるものがいる気配を背中に感じた。

 その者の立てる音には無駄がなく最小にもかかわらず正確で力強い。


「探したぞキョウヤ、こんなところにいたのか。弱いくせに護衛もつけないでこんな所まで一人で来て、おまえの身に何かあったらどうする気だ」


 その足音の主は優しく僕の背に向かって言った。


「ごめん、イレイン」


 振り返るとそこには肌は浅黒く、右目は黒左目は銀色の僕と見た目は同じ年頃の少女が立っていた。彼女は金属の鎧を身につけ腰には一振りの剣を装備している。

 彼女は人間では無く、寿命の長い魔族なので見た目の歳は同じでも僕の数倍生きている。それでも付き合いは数ヶ月になるが正確な年齢は何度聞いても教えてくれない。


「パパとママが逃げ出したんじゃないかと心配してたぞ」


 彼女は柔らかく微笑む。本気で怒ってはいないようだ。


「逃げないよ、僕はもう逃げたりするのは止めたんだ」


 切り株の上の兜を彼女に視線を移した。


「また自分が殺した女のことを考えていたのか、いい加減忘れろ」


 僕はかぶりを振った。


「イレインそれは無理だよ、忘れようとしても絶対に忘れられない。今だって時々彼女が死んだときのことを夢に見るんだ」


「優しいなキョウヤは。そんなに愛してもらえるなんてその女は幸福だ」


 彼女は僕の横に進むと目をつぶり、切り株の上に置いてある僕の兜に向かって印を結んだ。

 彼女が魔族流のお祈りを済ませると僕に正面を向けた。


「タケカワキョウヤ」


 彼女は僕に抱きつき、自分のあごを肩に乗せ、耳元で僕の名前をささやいた。


「でも今のおまえには私がいるだろう、他の女の事はあまり考えるな。もうこの世にはいない者とはいえ、私だっていい加減嫉妬する」

「ごめん」


 彼女は僕から体を離し、両肩に手を置いた。彼女のオッド・アイが僕の顔を正面から見据える。


「そうやってむやみに謝るな、それはおまえの悪いくせだ。いまやおまえは人間でありながら我ら魔族を束ねる魔王軍十傑衆の一人なんだぞ。おまえの肩に一万人の兵の命がかかっているんだから、堂々としてもらわなければ困る。へたれているのは私の前だけにしとけ」

「ごめ・・・・・・ありがとう、イレイン。君にはいつも助けてもらってばかりいるね」

「当たり前だ、私はおまえの親戚であり恋人なんだからな」


 彼女の黒と銀の瞳が僕の心を見透かすようだ。


「そう言われると照れちゃうな」

「照れることはないだろう、それとも違うのか。ひょっとして、私が勝手におまえの彼女だと思い込んでいるのか?」

「いや、違わないよ。でもね、僕が大事にしていた人はみんないなくなっちゃうから」

「大丈夫、私は死なない。パパとママもおまえを残していなくなったりしない」

「ほんとに? ほんとにいなくなったりしない?」

「ああ、本当だ。私は常におまえの横にいておまえを守る」


 僕の肩をつかんでいる彼女の手に力がこもる。


「だからといってあまり無理はしないで、僕の盾になって死んじゃやだよ」

「ああ、私は死なない。おまえがおじいさんになって、先に寿命を迎える瞬間までそばにいてやろう。そして私はおまえの墓を生きている限り守る事を今ここで誓う」


 彼女は僕の両肩から手を離すと切り株の上の兜を拾い上げ、僕の頭にかぶせた。


「さぁいこう、みんなが待っている」


 彼女は僕の手を引き、丘を降りるよう促した。

 丘から下を見下ろすとその下には一万の軍勢が隊列を組んでいるのが見える。これが僕に与えられた兵である。彼らの生き死には僕の両手にかかっている。

 彼女と一緒に丘を降り、その軍勢の中に入った。彼らは人間ではなく、その全てが異形の者達だ。

その異形の軍勢の中心では全身を黒のスーツで身を固め、腰から細身の剣を下げた男と、浅黒い肌をした、イレインによく似た女性が僕を待っていた。


「キョウヤ、準備ならできている。皆おまえの号令を待ちわびているぞ」


 黒のスーツの男が言った。


「ああ、今日も頼んだよ、ジェル」


黒のスーツの男はジェルマーノ・ペルコレージという。イレインの父親であり風魔法を得意とし、凄腕の剣の使い手でもある。彼は速度に絶対的な自信を持っているため、動きに制限を与える重い金属で出来た鎧は身につけない。

 僕はこの人にこの世界に来てから大変お世話になっている。


「戦争前にデートとは余裕ね。腰を使いすぎて使い物にならない、なんてことにならなければいいけど」


 肌の浅黒い女性はコリーン・カー。ダークエルフと人間のハーフでありジェルの妻、つまりイレインの母親である。彼女の父親は僕のひいじいさんでもあるのでコリーンとイレインは魔族だが遠い親戚という事になる。彼女も重い金属の鎧は身につけていない。彼女はシャーマンであり精霊の存在を常に身近に感じていたいため、ギリギリ肌を隠す程度の薄い布で体を覆っている。


「心配いらないよコリーン、イレインとのデートはちゃんと軽めにしておいたから。なにしろこれからもう一人別の女性と会う約束があるんだ。向こうは僕を殺したい程愛してる。かなり激しいデートになるだろう」


コリーンは軽く肩をすくめた。


「モテる男はつらいわね。イレインもぼやぼやしてると他の女に取られるかも知れないわよ」

「大丈夫。キョウヤに色目を使う女どもは文字通り私が抹殺する」


 イレインが腰のさやから剣を抜き振った。その鋭い剣先は風を切る。


「さぁおしゃべりはその辺にして、あちらさんがそろそろしびれを切らす頃だ」


 ジェルが目で合図を送ると普段僕のお世話をする人達が寄ってきて僕の体に鎧を着せ、魔王軍十傑衆にだけ許される刺繍が施された黒いマントを羽織らせた。


「ご武運を、スバラータ将軍」


 専任のお世話係の青年が黒い革の手袋を僕に恭しく差し出す。


「ありがとうフハール」

 

僕は彼に礼を言ってそれを受け取ると両手にはめた。

 僕の両手の中指には常に二つの指輪がはめられている。左手の中指にはめているのはひいじいさんの形見「努力の指輪」右手の中指にはめているのはこの世界に来て僕が手に入れた「選択の指輪」だ。

 手袋をはめると左手の手袋は「努力の指輪」を隠してしまうが、右手は中指の背の所に切れ込みが入っていて「選択の指輪」が常に見えるようになっている。

 僕が戦支度を終えるとハンバトル族の男がやってきてその巨体を僕に寄せた。彼らは上半身は人間、下半身は馬の魔物だ。


「今日もいっぱい走るよ、アルトゥル」


 僕は彼の下半身、馬の部分の背をなでた。


「ああ、まかせとけ。心臓が爆発するまで走りぬいてやる」


 そう言うと彼は膝を折り、僕が乗りやすいよう体勢を低くした。

 彼は上半身には人間と同じ鎧を着て、右手には突撃槍、左手には盾を装備している。僕は彼の背にまたがり手綱を掴んだ。僕が乗ったことがわかると彼は立ち上がった


「あと、また漏らしたらごめん」

「ああ、気にするな、いい加減慣れた。といってもおまえだから許すんだぞ」

 

 そう言うと彼は軍勢の中を走り抜けた。

 僕は大声で叫んだ。


「敵は勇者チャーリー・アーミテイジただ一人、そいつさえ討てばこの戦争は終わる。それを邪魔する反乱軍共はかまわない皆殺しにしろ!」


 軍勢は手を振って、あるいは武器を高く上げ、僕の声に応える。

 僕は軍勢の先頭に移動した、僕の右にイレイン、左にジェル、コリーンがそれぞれ馬に乗って並ぶ。


「さぁ、行こう。ジェル、コリーン、イレイン」


 右手の手袋の切れ目から中指にはめられた指輪「選択の指輪」にはめられた普段は透明な宝石が青く光るのが見える。

 僕の相棒であり右腕のジェルが軍勢に向かって号令をかける。


「全軍前進!」


 陽が上がりきり朝靄が晴れると僕たちが進む先にも軍勢が見える。土煙を上げこちらに猛然と向かってきているのがわかる。その先頭に立つ騎馬は白銀の鎧を着る戦士と漆黒の鎧を着る戦士の二人だ。

 こちらもその勢いに負けじと全軍走り出す。

両軍がものすごい勢いでぶつかりあい、その中心部分から、稲光がいくつも落ちたような轟音が辺りに鳴り響いた。



 何のために生きているのかわからなかった。

 自分がこの世に産まれてきた理由がわからなかった。

 自分の人生に意味があるのかわからなかった。

 それでもただ生きているのがいやだった。

 周りの人間は自分を指さし笑っていた。

 できの良い兄弟と比べ見下していた。


 僕の成績はダントツに悪く教師にも匙を投げられ、親にも見捨てられ、同級生にはさげすまされ、下級生にも僕のだめっぷりはつたわっていた。ならばスポーツができれば良いのだけれど運動音痴だ。手先も不器用でこれといった特技もない、射的もあやとりも苦手だ。僕を助けに未来から猫型ロボットがやってくることもない。

 あ、一つだけ良いところがあった、彼と違って眼鏡はかけていない。

 当然僕はモテなかった。将来性皆無の僕に声をかける女子はいない。

 最初こそ家が金持ちだからという理由で近づいてきた子も、僕のだめっぷりに引いて静かに離れていった。

 気がつけば僕はいつも一人だった。


 これはそんな落ちこぼれの僕が異世界に召喚され魔王の右腕となり、勇者を倒す物語――

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