約束、果せず…

川崎涼介

第1話

老人は、一枚の紙を病床で読んでいた。


「今、我々の真の戦いが始まります。四半世紀にわたる戦争は、終結しました。しかしそれは、終戦を意味しているモノではありません。戦争によって国中が、荒野と化しました。我々はその荒野を耕し、あらゆる人が尊いと感じ入る一本の木を植え、あらゆるモノへ分け隔てなくその恵みを与えてくれる大樹を育てなくてはなりません。それは現在を生きる我々が、未来に生きていく人々への決して破ってはいけない約束です。これを為し遂げるには、私一人では出来ません。今を生きている我々が、誰一人欠けることも爪弾きする事もなく、この約束を護らないとならないのです。これは特別な事ではなく、当たり前の事です。しかし、世の中で一番難しい事です。個人個人で取り掛かっても、決して為し得ない事なのです。今、私のこの言葉が聴こえる人々に、心からお願いします。この約束を決して反故しない為に、荒野に鍬を刺して下さい。この荒野は、自然に復活も回復も出来ません。この荒野を造った我々が、耕し整え、種をまき、育てなくてはならないのです。そうして、未来へ約束出来ます。約束は、護る為にあります。出来ない約束はしない方が良い、と思われる方々もおられるでしょう。しかし、この約束は、出来る約束です。我々なら果たせる約束です。我々が、誰一人欠けることも爪弾きする事もなく勤めれば、果たせる約束です。さあ、皆さん。未来に約束しましょう。この約束を果たす事で、我々は、本当の終戦を迎える事が出来ます。この言葉をもって、私の平和宣言と致します。」


この宣言文の草案を老人の父が書き上げて、もう70年経った。しかし未だに読み上げられていない。

国内は、未だに大なり小なり混乱している。70年前、老人の父は政治家として、宣言文を読み上げる前日に急死した。その後を就いた人物達は、終戦したとして、虚飾の平和を国内に創り上げた。未だ増え続ける戦争の犠牲者を、鍍金の輝きで隠した。馬鹿騒ぎを煽り、その歓声で、犠牲者の悲鳴を打ち消した。こうして中身の無い平和は、沢山の人柱を築いて、その存在を確固たるものにしていった。過去から続くあらゆる犠牲を見聞き出来なくして、人々から戦争を忘れさせてた。


そう思いながら老人は、もうすぐこの国で死を迎える。誰一人看取られる事も知られる事もなく、死を迎える。終戦を見る事なく、死を迎える。80年の自分の人生を振り返り、この国を目を覚まさせるどころか、苦言一つも言えなかった、と反省するしかなかった。若い頃は、選挙に出馬等して抗った事もあったが、何一つ実らなかった。そして老人は、最後の時を、待つばかりの存在となった。

そして死ぬまでの5分間、老人が切に願った事は、あの平和宣言のように、早くこの国が本当の終戦を迎え、未来への約束を果たしてほしい。ただそれだけだった。

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約束、果せず… 川崎涼介 @sk-197408

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