短編集

青い厚揚げ

異世界転生しそう

 私の名前は田中弘子という。ごく普通の高校生…だと思う。改めて特別言うほどの事は私には無い。もうすぐ試験がある関係で今日は寝不足である事ぐらいか。

 朝、学校に行くバスのつり革に掴まりながら、少し寝そうになっていた。車内は私と同じ学校の制服が雑多に散らばっており、誰も喋らない事が平日の気だるさを良く表していた。

 下を見ていると立ったまま寝そうになって危ないので、眠気を紛らわそうと窓の外を流れる景色を見てみる。アパート、薬局、一年前ぐらいに出来たコンビニ、昔からあったようだが私の産まれた頃からずっとシャッターが閉まっている八百屋。私の眠気を覚ますようなものは特に無かった。

 同じ姿勢でそれら建築物を見ていると瞼が重くなってきたことに気が付いたので、そういえばとスマホを取り出した。

 昨日友達の山本裕子さんに訊いた話だが、彼女は最近ウェブで読める小説にハマっているらしい。中でも異世界転生モノというのが近頃アツいという話を熱心にしていた。

「それってどういうのなの?」

「いやーこれがね。ファンタジーな世界に転生して上手い事行ったり行かなかったりす、る、ん、だ、よ。これが」

「はあ」

 特にこの説明で面白みを感じる事は無かったが、その後もやたらと推して来て私のスマホをひったくるや否やお勧めを幾つかお気に入りに登録させられてしまったのであった。まあ、私も全く小説を読まないではないし、流行しているからには面白味も有るのだろうと思ったので今の試験が終わった後とかバスに揺られて眠気でどうにもならなくやるせない朝とかにでも読んでみるか…と思って居たのをきちんと思い出せたのであった。後で読んでおくよ、というのを思い出すとても珍しい例であった。

 読んでみるとそれなりに楽しく学校までの時間を潰せたので良かった。

 さて、学校では午前、眠気と引き続き戦いを繰り広げて三勝一敗で勝ち越しお昼休みになった。それほど眠気と熾烈な争いを繰り広げながら、仕事という雰囲気で何の面白くも無い社会科の先生の話を聞き流しながら不思議に思って居た事があった。どうして私は朝から脳内でとは言え自己紹介をし始めたのだろうか。しかも私の住んでる街の描写まで繰り広げていた。もっと言うとゆうちゃんの事を山田裕子さんとフルネームで呼んだのは何年ぶりか、である。全部寝不足のせいなのかな。

 二段のお弁当の二段目をどかしているとゆうちゃんが机をくっつけてきた。

「一緒に食ーべよ」

「あ、うん」

「もー普段はさ-いつも一緒に食べてるじゃーん」

「ごめんごめん。ちょっと考え事してて気づかなかった」

「えっ悩み?何?聞かせて、聞かせて」

「ごめんごめん、どうでも良い事だから…」

「えーっ!さっきの社会の授業とどっちがどうでも良いの!?」

少し笑ってしまった。笑いながら言う。

「同じぐらい、かな」

 ゆうちゃんはこのようにオーバーリアクション気味で台詞に感嘆符が付きがちだけど私とはどこか気が合う親友である。

 もうすぐ試験だ休み時間に試験の話はイヤだな!というような話をしていると例の異世界転生小説の話になった。

「読んだ!?」

「朝読んだよー。なかなか面白かったよ」

「でしょー。もう超凄いよねーうんうん、超ヤバい。」

少し笑ってしまった。

「ご、語彙力」

「ボキャブラリー!」

突然万歳をしながら言うので大笑いしてしまった。寝不足のせいもあるかも知れないけど突然の一発ギャグはずるいと思う。

 あーそれずるい面白いと言いながら、お箸を持った方の手でスマホをいじって何となく教えて貰った小説投稿サイトを見ていると、新着の小説の所に気になる書き出しの小説を見付けた。

「私の名前は田中弘子という・・・」

「えっ!?私は山田裕子だよ!」

「あ、それ面白い…ってそうじゃなくて、この小説ほら」

「おお!?同姓同名!?それ気になる!タイトル教えて!」

「異世界転生しそうっていうのらしい」

「おお、題名的にゼッタイ私の薦めた異世界転生モノじゃん!ちょっと待ってね私の方で開くから!」

 ゆうちゃんがスマホを取り出しているのを見て私も気になってその小説を読んでみることにした。


 ”私の名前は田中弘子という。ごく普通の高校生…だと思う。改めて特別言うほどの事は私には無い。もうすぐ試験がある関係で今日は寝不足である事ぐらいか。

 朝、学校に行くバスのつり革に掴まりながら、少し寝そうになっていた。………”


 な、何だこれは…。朝私の考えていたことと全く同じ事が文章になって書いてあった。しかもゆうちゃんが出てきて今さっきまでのやりとりまで書いてあるではないか。

「何、これ…。」

ゆうちゃんも読んでいたらしいが、興奮した様子で言った。

「私も出てくるじゃん!」

ゆうちゃん、本を読むのは余り早く無いんだった…。

 彼女が懸命に小説を読んでいるので卵焼きを箸で切り分けて一切れ口に入れていると彼女は言った。

「読み終わった!凄い…。もしかしてこれの作者弘子?」

「いや、違う」

「え?違うの?じゃあさっきのボキャブラリーの会話まで書いてあるのはどうしてだろう!不思議!」

「うん…なんでだろう」

 正直な所、私は薄ら寒いものを感じて居たのだが、ゆうちゃんはというと極めて明るい声で言った。

「弘子すごいじゃん!異世界モノの主人公デビューだよ!すごい!すごい!新しい世界に行って凄い活躍凄い!」

「あ、確かに…。でも最後の方まで読んだ?」

「うん!翌日私は死んだって書いてあった!」

「もし私がその小説の主人公だとしたら、転生する為に明日一回死ぬ事になるんだけど…」

「あ…。」

「うん…」

「ま、まあ偶然だよ!きっと!」

 そうかなあ、とか言おうと思った瞬間、何かを告げるかの様に昼休み終了のチャイムが鳴った。

 昼休みの事ですっかり眠気も覚めてしまったので、午後の授業の時間、時々あの小説の事を考えていた。確かに偶然かも知れないけど…。

 その小説の、「ボキャブラリー!」のセリフの次は、一行空いて私は翌日死んだ、という一文しか書いて無かった。作者コメント欄に【すいません(+_+)死んだあたりの事はきちんと書こうと思います!】とあったのでその内加筆されるのだろうと思った。うーん。どうしても気になってこっそり授業中にスマホを机の下で見て更新してみたが、ついぞその小説が更新される事は無かった。

 授業が終わり、ゆうちゃんと一緒に掃除当番をこなしながら話した。

「まあもし異世界に行くとなっても行った先ではそれなりに苦労はしつつも活躍出来るってことだよ!案外楽しいかもしれないじゃない!」

作者が書くのに飽きたら私はどうなるんだろう。

「そうかもしれないけど…。でも私、今の生活楽しいし…幸せだと思うし…明日でゆうちゃんと別れることになるのは悲しいよ」

と言うと、ゆうちゃんは嬉しそうに私の方をまっすぐ見て、

「嬉しいこと言ってくれるじゃい!」

と言って抱きついて来た。

「あー!危ない足元バケツバケツ」

「まーすごいありえない事だと思うけど偶然だよ偶然!それに、ほんとに弘子が異世界転生することになったら私もその内転生して会いに行くって~!」

「ははは!それなんかすごいロマンチック!」

 私も少し考えすぎかな、と初めて思えた。

 掃除の最後に机を並べ終わってゆうちゃんと下駄箱まで来て私は言った。

「ありえないと思うけどこれが今生の別れかもしれん」

「そうか…!これで最後なのね…!んじゃまた来世!」

「軽めのノリ!?いや転生するの私だし」

少し笑ってしまった。

「まあ帰ったら!LINEするね!」

「あ、ありがと」

スマートフォンが生まれたことによってこの世界でロマンスは生まれ辛くなったらしい。

 家に帰り、夜ご飯を食べて、お風呂に入った。なんだ、何も変わらない日常じゃないか。ゆうちゃんめっちゃLINEして来るし…。心配かけたかな。今日は変な小説で変な心配しちゃったなあ。気疲れして余り勉強する気になれなかったので、早々に寝てしまうことにした。リビングに行くとお父さんとお母さんがソファーに座ってバラエティ番組を見ていた。うーん…。まさかと思うけど最後かもしれないので一応両親に何か言っておくか。

「お父さんお母さん、今まで私を育ててくれてありがとう」

と、言うと、お母さんが何よ急にと笑った。お父さんはにやにや笑って

「なんだ。何か欲しいものでもあるのか?」

と言った。ち、違う…と口ごもるとなんだか急に恥ずかしくなってしまった。赤面していくのが自分でも分かる…。

「いや!急に思っただけ!お、お休み!」

と逃げるように自分の部屋に行った。

 翌日、早く寝たことも有ってか結構早く起きてしまった。たまには早めに学校に行って勉強してみるというのも良いかと思い、さっさと身支度を済ませ朝食はパンとジャムで簡単に済ませて家を出た。

 妙に早い時間だからか外は人気が無く静かだった。バスも、いくら朝早いからと言って珍しいと思うが、乗客は私一人であった。

 もしかして学校までのバスで座れるの初めてかも、と前の方の席に腰かけた。前の方に座って見る風景は最初の方は新鮮だったが、次第に飽きてきたので何気なくスマホを見ると昨日の小説のサイトがそのままになっていた。

 あ、更新されている。

 昨日はこの小説のおかげで余計な心配しちゃったと思いながら読んでみる。


 ”窓枠に頬杖をついて窓の外に流れる町の建物を眺めてみた。いつもの風景も改めて見ると愛おしいな、とふと思っていると、バスに向かって凄いスピードで突っ込んでくる乗用車が。そこで私の意識は失われてしまった。”

 

と書いてあった。

 はは、やっぱり私と同姓同名の人が死ぬ様子を読むのはイヤだな、と苦笑いしながら、頬杖をついて窓の外に流れる町の建物を眺めてみた。いつもの風景も改めて見ると愛おしいな、とふと思っていると、

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