十一話 独善
城下町の中心にある円形広場に王都の住民が集められ、そして彼らが目の当たりにしたものは。
「ずびばぜんでじだぁぁぁぁ!」
王城の大臣ギャンボリックが哀れっぽく地へ伏せ、赤子のような大声で謝罪している姿だった。
「ワタシぃっ……えうっえぅっ、みなさんを騙してェッ、この国をおぉぉっ、ほぉぉおォ……滅ぼそうとぉぉぉ……オォアァァァッ……! ――じでおびばじだあぁぁぁぁ!」
ギャンボリックを皮切りに、リンネの像を囲むようにして立たされている奴隷商人達も後に続き、自分達の悪行を懺悔し、むせび泣き、わめき、土下座し、失禁し、嘔吐し、よく磨かれた石畳に頭をこすりつけて許しを請うていた。
巧妙に王都へ身を隠していた奴隷商会の元締め達や、大臣子飼いの
「みんなの気が済むまで、あいつらはしばらく謝らせ続けよう」
周囲には兵士達が目を光らせているので、少なくとも暴徒となった民衆が暴動を起こす事はないはずだ。
ジャスティは身を翻し、後ろで見守っているユーシュリカ達のところへ戻って行った。
「お疲れ様です、勇者様」
「うん」
――事の経緯は、数刻前に遡る。
「――はっ!? な、何アルか、お前ら雁首揃えて! わ、ワタシをどうする気アル!?」
玉座の間にてほどなくして意識を取り戻したギャンボリックは、自分を包囲するように見下ろしているジャスティ達を目にして、泡を吹きながら壁際へ後退する。
「お前の企みを全部話せ。俺達異種族まで奴隷にしてどうするつもりだったんだ?」
「それはあたしもぜひ聞きたいねぇ。事によっちゃ、つい刀が滑るかも知れないけど」
ジェネスとファミリアが冷ややかに問いかけると、ギャンボリックは視線をさまよわせて周章うろたえながらも語り始める。
「とにかく、人数が必要だったアル……さもないと軍を
「軍を……? どこと戦争するっての?」
「もちろんデイライズ……様の黎明の軍に決まってるアル!」
そこでジャスティも厳しい目顔で踏み出しながら口を挟んだ。
「じゃあ、裏でさらに糸を引いているのはデイライズなんだな……? お前はその子分に過ぎないんだ」
「そ、そういう事アル! ワタシはデイライズ様の忠実なしもべ! アルソラルの国王に取り入り、ハチャメチャな施政、施策で密かに国を傾ける傍ら、定期的に生贄どもをデイライズ様の元へ献上するのが仕事だったアル!」
「生贄……とは、どういう事でしょう?」
「言葉通りアル。公にはアルソラル軍と黎明の軍が互角の攻防を繰り広げているように見せかけ、しかし我が軍の実態はヤク中になった役立たずども! 無論まともな戦いになんかならず、それはもう簡単に捕獲されまくるアル。そうなった連中はデイライズ様の手で無事、アンクトゥワとなり黎明の軍の兵力増強につながるという寸法アルよ!」
自慢げに胸を張るギャンボリックとは対照的に、ジェネス達は怒気をこみ上げさせている。
「くそっ……なんて奴だ、こんなのが国政の中枢部にいたなんて!」
「まったくなのじゃ! どこのどいつじゃ、この逆臣を大臣になど重用していたのは!」
「あんただあんた」
ジャスティも額に浮いた汗を拭い、ため息をつく。
「俺も危なかったんだな……商人に飲まされたあの薬、苦くて助かった」
「いや、あれはセーフティが高い者が飲むほど甘く感じて中毒性も高くなるアルが……不良品を運良く飲んだアルね」
「それで、そのデイライズってのはどこにいるんだ。居所を教えろよ!」
ジェネスが問い詰めるが、ギャンボリックは鼻息を漏らしぷいっと横を向いてしまう。
「――わ、ワタシはこの命をデイライズ様に捧げた身……例え拷問されようと一切情報を吐く事はないアル!」
「
「奴はトーレス山を越えた山地の洞穴に拠点を隠し持ってるアル! 川や地面の下にアンクトゥワどもを潜ませて、それで各地に奇襲をかけさせてるアルよ……はっ!」
しまった、とギャンボリックが目玉を飛び出させて凍り付くがもう遅い。
「これでこの男にはもう用なしじゃな……さて、どうしてくれようか」
おどろおどろしくリンネが呟いた直後、どたどたと玉座の間へ官吏達が駆け込んで来た。
「おう、皆の者。安心せい、つい先ほど奸臣のギャンボリックを打ち倒したところじゃ」
「さ、さようですか……しかし凄まじいまでの激戦だったようで……」
「そうじゃ。余の命の恩人であり、救国の英雄ともなったのはここにいる正剣の勇者、ジャスティ。なればこのジャスティにギャンボリックめの処遇を委ねるのが妥当というもの」
「いや……一理ありますが、その儀においては国の司法にかけて裁くべきでは」
「そうじゃ、いっそジャスティを一日国王に任命するのも――」
「おおおおおやめ下さい!」
忠実なる臣下達は首を打たれる覚悟で異口同音に斉唱したのだった。
「これで一件落着だな……後はデイライズか」
そうですね、とユーシュリカが頷く矢先、通りから外れた路地から硬い声がかけられた。
「お前が勇者ジャスティか……?」
そちらへ振り向くと、物陰に身を潜めるようにして数人の奴隷達の姿があった。
小さな子から大人まで、性別も様々だが身体はやせ細り、目は落ちくぼみ、けれども瞳は爛々としながら濁り、一様に険しい視線を注いでくる。
「あ、捕まってた人達じゃないか。無事に城を出られたんだね」
「ああ……どこかの誰かのおかげでな」
「それは良かった。いいよ、俺はただみんなのために――」
「何がみんなのためだ、ありがた迷惑なんだよッ!」
男の一人が形相を歪めて怒鳴り、ひっ、とジャスティはすくみ上がってしまう。
「お前のせいで俺達は寄る辺を失った! これからどうやって生きていけばいい? 帰る家も仕事もなく、明日から何を食っていけばいいってんだ?」
「そ……それは、国の方から手当てが……」
「それはいつ行われる? 選定基準は? どれだけしてくれる? いつまで続けてくれるんだよ、えっ? 戸籍もない、浮民同然の俺達一人一人に!」
男は腕を振り、怒りも露わにまくしたてる。
「この区画だけでも俺達みたいなのは千人近い、それどころか全体の厳密な人数や素性は国だって把握できてないはずだ! 今まで見て見ぬふりをしておいて、甘い言葉でいつかいつかと希望を持たせ、結局はまた俺達をゴミのように使い捨てるんだろうが!」
「だ、だけど……」
「だから来るかも分からない助けを待つより、安定した資産を持つ飼い主という当たりを引いて生き延びる確率の方がずっと高かったんだ――これまでは! だが、その可能性ももう失われた……」
「そういう時こそ、正義を信じて……」
はっ、と男は暗い笑みを浮かべる。
「奴隷商会と取引していた組合も今頃は揃って路頭に迷っているだろう。市場も打撃を受けて混迷状態のはずだ――騒ぎが沈静化するどころか、国中で大量に失業者や浮浪者があふれる一大恐慌が起きるだろうな。仕事が見つからず食い詰めれば奴隷ともども盗賊にでも身を落とすしかない……それで? その正義ってのはいくらで売れるんだ」
「せ、正義……は……っ」
「もういいよ、行こう、兄ちゃん? 今は少しでも、今日を生き延びる方法を探さないと……」
男の脇からジャスティよりも一回り小さな子供が手を出し、落ち着くよう制した。
「そう……だな。こいつに何を言ったところで、何も変わりはしないしな……」
男は疲れ切ったようにため息をついて、最後に険しい一瞥をジャスティへ投げる。
「何が勇者だ。身勝手な正義を振りかざして独善もいいところじゃないか。栄誉のためなら弱い者の事なんてどうでもいいんだろう、間違っても俺達が感謝してるなんて思うなよ」
唾を吐き捨て、奴隷達は身を寄せ合い路地の奥へと立ち去って行く。彼らの持つ袋にはゴミやガラクタが詰められて、すでにそのような劣悪な環境下で生きる事を強制させられているのが見て取れた。
ジャスティは拳を握ってその場に立ち尽くし、ユーシュリカでさえも声をかけられない程、気落ちしているようだった。――そこに、様子を眺めていたジェネスが歩み寄る。
「……俺も奴隷の扱いを受けたから、あいつらが辛く当たる気持ちも分かるんだ。長い大戦で多くの人民を失ったラクシーラの奴隷産業は一部死にかけたけど、俺達異種族が移民して来た事で息を吹き返し、今までになく活発化してた。日の当たらない世界とはいえ、これがないと生きていけない人々は多数いたはずだ――買う側も買われる側も」
ジャスティはうつむいたままだ。
「この王都においての最大勢力の一つを、そのバックごと完膚無きまでに潰したわけだからさ……そりゃひずみも大きいだろ。……けどさ」
ジェネスはジャスティの正面へ回り込み、ひたとその目を見据えて笑いかける。
「俺も、同胞達も、まぎれもなくあんたに助けられたんだ。あんたはとんでもない事をしでかしたかも知れないけど、同じくらい多くの人を救ってる。それは間違いないんだぜ」
「ジェネス……」
「だから、気を落とすなよ。少なくともここに一人、あんたの正義を支持してる人間はいる。そいつだけは忘れないでくれ。俺もあんたの事は忘れないから」
顔を上げたジャスティは目を潤ませていたが――すぐに腕でごしごしと拭い、強く頷く。
「……分かった! ありがとう、ジェネス……」
「よし、その意気だぜ、勇者様。これで俺達も心残りなく旅立てる」
「旅立つって、どこに……?」
「王宮の偉い人がさ、俺達異種族の境遇改善を約束してくれたんだ。あんたが働きかけて、陛下がそれを聞いて命令してくれたおかげだな――だから俺は王国をぐるりと回って、困ってたり苦しめられてる同胞達を助けていこうと思ってる」
「そっか……うん、いいと思う」
へへ、とジェネスは鼻の下をこすり、はにかむようにする。
「勇者の使命が正義なら、俺の仕事は同胞達を救う事。だからお互い、目的を達成できるよう
「……うん!」
二人はがっちり握手して、笑い合った。
それからジェネスと異種族の子供達を見送ると、今度は遠巻きに佇んでいたファミリアが話しかけて来る。
「見所あるじゃないの、狼少年くんは。あんたも負けてられないねぇ」
「うん……どんな苦難があっても、揺るぎなき正義を胸に勝利してみせるよ」
「あたしもあんたには謝っとかないとね。――ごめん、利用するような真似をして」
「いや、悪を憎んで罪を憎まずだよ。結果的にみんなを助けられたし、俺も気にしてない」
ファミリアがアリアドラの元で非道に荷担していた罪は消えず、責任もあるだろう。
だが、ジャスティは追及しない。彼女にもまた正義があるのだと、そう信じていたから。
「アンクトゥワ化していたとしても……守りたいものはあるのですね」
ファミリアと別れ、ユーシュリカは思いをはせるように呟く。
「ファミリアがいなかったら、正義を成し遂げる事は難しかった。ジェネスもあんな、晴れやかに笑える事もなかったかも知れない。……正義の形にも色々あるんだね」
「そう……ですね」
二人は余韻に浸るように並んで立っていたが、そのうちふらりとジャスティがよろめき、それから膝を折ってうずくまってしまった。
「……勇者様?」
「……からだ、いたい」
え、とユーシュリカはまぶたを瞬き、腕で肩を抱くようにして震えるジャスティを見つめた。いつの間にかその顔色は白く、冷や汗をびっしりと総身に浮かせている。
「だ、大丈夫ですか? もしや先ほどの戦闘でお怪我をっ……」
問いかけても返答できる程の余裕はジャスティにはなさそうで、ひどく辛そうに目を開閉し、息は苦しげに詰まっていた。
なぜ。どうして急に、こんな。
「と、とにかくどこか休める場所へ――!」
ジャスティを抱えるように運びながら、ユーシュリカの脳裏にはある情景とともに、不吉な予感がよぎる。
まさかあの時、女神が言っていた。
――正魔法は強力無比。しかし、巨悪と渡り合うために見合った代償も、また相応のものなのです――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます