003 虹星練武祭と騎士候補生

 ――虹星練武祭アーヴェスト・サークルの始まりは、魔獣に対抗出来る戦士を集い、育てる為だったらしい。

 大陸の南部から湧き出るようにして各地に出現する魔獣は、かつては一体倒すのに十人の犠牲が必要になったという。一般人ではなく、訓練を積んだ戦士がだ。

 しかも弱い魔獣ですらその被害で、中には百人以上集まっても蹴散らされ、惨たらしく全滅するだけの強大な魔獣もいる。それも一体や二体ではなく、数十と確認されていた。

 剛魔獣ヴィストと分類されたそれらは、幸いなことに縄張りから出てくることは少なかったので、被害はあっても人が喰い滅ぼされる事態には至らなかった。特に多くの剛魔獣ヴィストが確認された大陸南部は危険地帯とされ、今も一般人の立ち入りは禁止されている。

 しかしそんな強大な剛魔獣ヴィストに打ち勝つ術が編み出された。独自の武器を持ち、人類の生存の為に戦う彼等は、騎士エストと呼ばれるようになる。

 最初は弱い剛魔獣ヴィスト相手にも苦戦していたが、研鑽し練度を高め、一人ではなく複数人で立ち向かうことで、徐々に剛魔獣ヴィストによる被害は少なくなっていき……今では、年に十人単位の死者で済む程度に減少したそうだ。

 しかし被害はゼロではないし、稀に騎士エストでも一体を倒すのに数十人が犠牲になるような強力な剛魔獣ヴィストも現れる。そこで各国で騎士エストを鍛え、その練度を確認し、互いに高め合う場として、練武祭が開かれることになった。

 ただ、騎士エストの存在は強力過ぎて、従来の戦争に駆り出すと被害の規模がとんでもないものになってしまう。対抗するには騎士エストを出すしかなく、かといって剛魔獣ヴィストの脅威もある中で使い潰すような馬鹿な真似は出来ないし、そもそも剛魔獣ヴィストに依って人口が減っているので戦争自体避けるべきと皆が分かっていた。

 だが、いくつもの国は様々な意味で平等ではなく、内政に励むだけではどうにも出来ない壁がある。それを避けて貿易交渉をしようにも、やはり有利不利は存在し、弱い国は搾取されるだけになってしまう。

 ――そこで生み出されたのが、虹星練武祭アーヴェスト・サークルだ。

 各国は代表の騎士エストで作られたチームを出し、トーナメント形式で戦う。そこで勝てば領地や漁業権など、様々な利益を得られるが、一回戦で敗退する場合は、かなりの痛手を負うことになる。それで国が潰れてしまうこともあり、開始当初は十九あったという国の数は、今や八つしかない。

 不参加という選択肢も取れるが、その場合は褒賞を差し出すことになる。一回戦負けよりは負担が少ないが、搾取されるだけになるので、結局国の地力は磨り減ってしまう。

 なので現存する国はいくつかの淘汰、併合の結果残ったもので、全ての国が虹星練武祭アーヴェスト・サークルに参加している。勿論、そこで勝つ為に強力な騎士エストを育成して、だ。

 だが、残念ながらレグ達の住む華炎フレングレールは弱小国で、五年連続の一回戦負けが続いていた。

『……今はまだいいわ。けれどこれから二年、三年と一回戦負けが続けば、この国も危ういわね。だから強化が急がれているし、出来るなら今年も勝てるチームを出したいの』

 そう言ったフランベルは歯がゆさを隠しきれない表情だった。

 練武祭に出られるのは、十三歳から二十四歳までに限られている。つまり、今年で二十四歳のフランベルにはまだ出場権があった。

 しかし女王代行として多忙を極めている限りまともな訓練はままならないし、万が一にも練武祭で死亡などしたら、この国はほぼ回らなくなる。それくらい彼女は国にとって欠かせない人物で、嫌味な貴族連中ですら今は彼女を失うわけにはいかないと思っているらしい。

 だからフランベルは、練武祭には出られない。女王代行として、自分より遥かに未熟な騎士エストが自国の代表として戦い、負ける光景を見届ける側に回っている。

 その悔しさ、憤りは、レグにはよく分かる。それこそ、痛いくらいにだ。

 せめて『今の自分より確実に強い』と思える騎士エスト達が代表チームに選ばれれば、フランベルも気持ちの整理がつくだろう。

 仲間としては彼女の目論見通り、強い騎士エストを育て上げて代表チームにしてやりたいところだが……


「正直、かなり難しいんだろーなぁ……」


 踏みならされた、人が二人くらいなら横に並んで歩ける道を進みながら、思わずレグはぼやいてしまう。

 王城に連れて行かれたのは昼前で、今は職人達が午後の仕事を開始するくらいの時刻だ。

 街を出て向かっているのは自分の家ではなく、大人の足で歩いて小一時間はかかる場所にある、昔は牧場だった所に作られた訓練場だった。残念ながら土地が痩せて牧場は移設され、今や雑草もあまり生えていない禿げた地面が見えているだけなのだとか。

 確かに、森の中を通ってあと少しのところまで進んできたが、途中まで木々や草花が鬱蒼と生い茂っていたのに、この辺りは膝の高さまである茂みと細く折れ曲がった木がいくらか生えている程度だ。

 これなら多少破壊したところで森林破壊だとか地形を変えるなだとか、うるさいことは言われなくて済む。

 騎士エストの訓練は普通の剣や槍を使うのとは比較にならないレベルで、周囲に影響が出る。だから騎士エスト団などは強固な石壁で覆ったフィールドを訓練場にしているし、いくらか街から離れているケースもある。


「……とはいえ、これは遠すぎだろ……もっと街の近くに採掘場跡のでかいフィールドとかあるじゃねぇか……」


 ブツブツと愚痴りながらも歩いていくと、やっとで開けた場所を木の柵で囲っているのが見えた。どうやらあれが件の牧場跡らしい。よく見れば小屋やら納屋やらの建物もいくつかあるが、遠目からでも傷んでいるのが分かる。

 その中では一番マシな状態のログハウスの前に、何人か集まっているのが見えた。どうやらあれがレグの教えるチームのメンバーらしい……の、だが……


「……なんであいつら、バラバラでいやがんだ……?」


 今日のこの時間に教導員コーチを送る、と衛兵伝手にフランベルが連絡済みらしい。自分が受ける前に決めておくとかどういうことなのかと問い詰めたかったが、あっさり言い負けそうだったので止めておいた。

 まあそれはさておき……数えてみれば四人しかいない。チームは五人のはずなので一人足りないが、こんな所にピクニックに来る連中がいるとも思えないので、やっぱりあれがレグの教導員コーチを務めるチームの面々なのだろう。

 なのにそれぞれ好きな場所に立ったり座ったりしていて、会話をしている様子はない。険悪なムードこそまだ見て取れないが、少なくとも仲良しチームには見えなかった。

 寄せ集めのチーム、というのは聞いていたが……あれをまとめて国内の予選を突破し、各国の精鋭が集う虹星練武祭アーヴェスト・サークルで勝ち抜け、と。


「うーわー……無理な気配しかしねぇし……いくら対戦は個人でやるからって、三ヶ月近く一緒に訓練するっつーのに、これかよ……」


 そもそもあまり乗り気じゃない仕事だっていうのに、やる気メーターがマイナスになりそうだ。ため息の一つや二つも出る。

 とはいえ、ここまで来て帰るっていうのも癪だし、それをフランベルが知ったら恐ろしくネチネチと責められるに違いない。


「ったく……面倒くせぇなぁ……」


 足取り重く彼女達がバラけている小屋の方へと歩きながら、レグはどうやってこの仕事を辞めつつ纏まった金を捻出するかを考え始めていた。

 牧場跡だけあって見晴らしは良い為か、近付いて来る人物に向こうも気付いたらしく、同時に二人がレグの方へと顔を向ける。やや遅れて、残りの二人もだ。

 まだ距離は少し離れているが、それでも分かる。驚愕、戸惑い、不審――つまり、歓迎ムードとは程遠い。

 ただ、全員に共通していることが一つ。騎士エスト候補生なのである意味当然だが、少しばかり予想外でもあることに――四人が四人とも、思っていた以上に若い女性だ。

 この国では基本的に練武祭に参加する騎士エスト候補生になれるのは十六歳からなので、それよりは上のはずだが……どう見てもレグより年上はいない。しかも一人は十三歳になっているのかも怪しいくらい幼い容姿をしていた。

 その上、年齢やタイプはそれぞれ違うが、美人揃いときている。ここが訓練場じゃなければ国一番の美人を決定する為に集められたのかと勘違いしそうだ。

 レグも若い男なので綺麗な女性と接するだけなら嬉しい……が、とても残念なことに、それが集団で、しかも自分が色々教えないといけないことを考えると、むしろ罰ゲームにしか思えなかった。


「はぁ……ベルに関わると、本当にろくなことないな……」


 誰もが畏怖する女王代行を愛称で呪いながら、レグは一際大きなため息を吐いた。

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