黒の英雄と駆け出し少女騎士隊(リリィナイツ)

上月 司/電撃文庫

001 女王代行からの呼び出し

  プロローグ



 一陣の風が巻き上がっていた砂埃を吹き払うと、そこに立っているのは一人だけだった。

 その代わり、地面には何人も寝転がったり蹲ったりと、死屍累々といった感じで倒れている。無事なのは立っている男、ただ一人だけだ。

 この場にいる唯一の男性でもあるレグは、くすんだ銀色の髪と黒の貫頭衣に付いた砂埃を空いた手で雑に払い、それから辺りを睥睨する。

 レグを中心に、四人の女の子がバラバラの位置に倒れていた。全く動かない者もいれば呻きながら身を捩る者もいて、ダメージの程に差がありそうだ。ただし軽傷な者でも起き上がるのは難しそうで、体を起こすことさえ出来ずにいる。

 彼女達をそんな状態に追いやったのは他ならないレグだが、まるで悪びれず、むしろつまらなそうにため息を吐く。


「……ま、こんなもんか」

「………………っ……」


 元より期待はしていなかった、と言わんばかりの口調に、レグの一番近くに倒れていた赤い髪の女の子が反応した。

 倒れたままだが首をもたげ、地面に這い蹲りながらもレグを見上げる。長い髪を首の後ろで束ね、動き易さを重視して体にフィットする白いインナーの上からシャツに短パンを着ただけの彼女は、大剣を手放さず握り締めていた。

 ただし、それを持って起き上がることは叶わない。

 出来るのは碧色の瞳でレグを見上げ、悔しげに唇を結ぶことだけだ。

 そんな彼女の様子に、当然レグは気付いていたが……ちらりと見るだけで済ませ、特別言葉を掛けるような真似はしない。

 代わりに――という訳じゃないが、もう一度倒れ伏している四人を順に見回して、


「全員、これで身の程は分かったか? 分かってないならリクエストに応えてもう一回やってもいいぞ。結果は同じだけどな」


 挑発的な言い方だな、とは自分でも思う。しかも安っぽいときた。

 それでもレグはこんなやり方しか出来ないし、他のやり方なんて覚える気にもならない。

 問題は、このやり方で付いて来る人間がいるのかどうかだが――


「…………っ……まだ……!」


 倒れたままだった赤い髪の少女が、ずりずりと膝を立てて、どうにか起き上がろうと藻掻いていた。とてもじゃないがすぐに立つことも出来ないのは一目で分かるが……それでも、右手に握る大剣は放そうとしない。

 その様子に、レグはほんの少しだけ口元を緩めた。往生際が悪いのは、個人的には嫌いじゃない。

 それに――動こうとしているのは、赤い髪の少女だけじゃなさそうだった。

 仰向けに倒れていた瑠璃色の髪の少女も、美貌だけで一生食いっぱぐれはなさそうな綺麗な顔を苦痛と怒りに歪ませて、無理矢理に体を捩って起きようとしている。

 派手に吹き飛んだはずの黒髪の少女も、手にした槍を支えに必死に立ち上がろうとする姿が見えた。最年少で一番小柄な少女も倒れてはいるが、何とか体を起こそうと足掻いている。

 ぐるりと見渡してこの結果を確かめたレグは、笑みを深くして右手を掲げた。

 そこに握られているのは、反りのない片刃の長剣。鈍く光る漆黒の刀身は身長の半分以上の長さで、刃のない背の方が緩やかに波打っている。

 命を刈り取る死神の鎌を連想させる長剣を、レグは軽々と片手で振るう。

 ただそれだけの行為に、赤い髪の少女はビクリと体を震わせた。目にはありありと怯えの色が広がっていて――歯を食い縛っているところを見るに恐怖に呑まれまいと抵抗しているらしいが、成功するのは難しそうだった。

 そんな彼女を、相手は誰でも良かったレグはターゲットに選んだ。


「元気で何より……だが、また痛い思いをするだけだぞ?」

「…………っ……!」


 レグの忠告に、赤髪の少女は無言で唇を固く噛み締める。

 殆ど動けない彼女へとレグは一歩、二歩と歩みを進め、剣の間合いからやや距離を残して足を止めた。そして黒一色に染まる長剣の切っ先を、自分を見つめる少女へと向ける。

 とっくに射程距離内だとついさっき身を以て知らされた少女の頬が引き攣った。

 力の差は歴然で、たった今激しく痛めつけられたばかりだ。それでも、瞳からは意志の光が消えていない。

 その様子を観察しながら、レグは口端を上げて笑みを浮かべ、


「上等だ――んじゃ、終わりにするか」


 躊躇も遠慮もなく、赤髪の少女へと漆黒の刃が振り下ろされた。

 刹那、剣から黒い旋風が巻き起こり、濁流のように大地を嘗め、全てを呑み込む勢いで暴れ狂い――


 それが、最後の一撃になった。





     一・はぐれものと余りもの



 随分場違いな所に来たもんだな、というのがレグの率直な感想だった。

 普段は人の滅多に来ない森の中に構えた小さな家に住んでいて、この王都に来るのは生活に必要な物を買う時くらいだから、中央広場より奥にはまず行かない。

 そんな自分が、この街の――というより、国で最も格式の高い建物でもある、城の中にいる。何度か来たことがあるので当然緊張なんてしないが、訪れて良い気分になったことは一度も無いので、早くもうんざりしていた。

 勿論、レグが望んで来た訳じゃ無い。城からの遣いがわざわざ家にまで来て、内容も告げないままに連れて来られた。いい迷惑だ。

 何度も嫌だと言ったが、遣いの女性が『あなたを連れて来れなかったら、どんな目に遭わされるか……!』と半泣きで懇願するという反則技を使うものだから、仕方なしにここまでやって来た訳だ。

 もしかするとあの泣き落としも、目の前にいる人物が指示しての演技だったのかもしれない。それくらいのことは平然とやらせる奴だとレグは知っている。

 レグの住んでいる家が丸々入りそうなこの広い部屋の主は、優秀で苛烈と人々の間では評判だ。そこにもう一つ『美人』と付け加えられることも多いが、敢えてそこは無視する。人間、付き合いでやっぱり大事なのは外見より能力より、とにかく性格だ。

 ……と、改めてそう思っていた時。

 シンプルながら高級品だと一目で分かる椅子に座った彼女が、手元の羊皮紙に落としていた視線を上げて、こちらを見た。


「――何やら失礼なこと、考えてない?」

「あん? 気のせいだろ」

「そう? レグのことだから、こんな所まで無理に連れて来られて不平不満で一杯だと思ったのだけれど」

「分かっているなら初めからするな。これで下らない用件なら暴れるぞ」


 相変わらず魔女めいた勘の良さを見せる彼女に、レグは動揺することなく応じる。

 紫紺の瞳は綺麗なだけでなく鋭さも帯び、同色の長い髪は編み込んでまとめ、服装も城に務める女性の中では珍しくスカートではなくすらりとしたズボン姿。これがまたスレンダーな体によく似合っていて、隙が無い。

 いかにも仕事が出来る事務職の女性といった感じだが……役職を考えると、もっと貴婦人っぽい格好をした方がいいんじゃないかとも思う。

 何故ならこの女は――フランベル=ヒアクートは、現在この国で最も権力があると言っても過言じゃない存在だからだ。女王代行を務める彼女は二十代前半とは思えない大人びた雰囲気を纏っていて、威厳すら感じさせる。

 ただ、レグにとっては相手が女王代行だろうが本物の女王だろうが関係ないので、勧められた椅子には座らずに、腕組みをしてフランベルを見つめ返す。


「……んで、わざわざ何の用だ? あんたが真っ昼間からオレを呼ぶなんて、あんまり楽しい用件じゃなさそうだけどな」


 城のお偉いさんや衛兵に見られたら激怒されかねない態度だが、二人だけの場なのでフランベルは気にする風なく、どちらかというと呆れたように息を吐いた。


「貴方はこの私を何だと思っているのよ。まあ……その予想、外れてはいないけれど」

「やっぱりかよ……厄介事ならごめんだぞ。面倒だからな」

「そんなこと言っていられるの、今のうちよ?」


 緩く腕を組んだフランベルが、切れ長の目を細めて薄らと口元に笑みを浮かべる。

 怜悧な美人にはとてもよく似合い、普通の男ならうっかり見惚れてしまいそうなところだが、レグには嫌な予感しかしない。

 そして残念なことに、その予感は外れてくれなかった。

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