第3話
「アナ…。良いこと?男性…しかも
こんにちは。ビビアナです。
先日、命を救い見返りに性行為を求めた男性が童貞であることが判明致しました。
いえいえ、構わないのですよこちらとしては。
むしろ私も生娘で申し訳ないぐらいですし、致してくれさえすれば別に良いのです。
特殊な性技を教えてもらうという夢は潰えましたが、何はともあれ経験は大切ですから。
ところが20年以上性交をしたことがない彼の堅物加減は伊達ではなく、色を変え品を変え私がいくら誘惑しても断固拒否。
昨日も鍛練とのことで1日中木の棒を振っていらっしゃいまして、そんなものより腰を振って欲しいと思った次第です。
ですがこのビビアナ、そんなことで諦めるほど夢に対する執念は軽くありません。
「何より大切なのは雰囲気。彼らは心でセックスすると言っても過言ではないわ」
こちらの男性はドミンゴ。
名前も容姿も厳つい村の喫茶店の店主です。
男性なのに何故男性経験豊富なのかは大した問題ではなく、この乙女の悩みに一縷の光を提示してくださるかどうかが問題です。
メモをとりつつ成る程と頷き、はたと自身の言動を思い起こします。
「はっ…!では出会い頭にいきなり性交を要求する行為は…!?」
「最悪の一手ね」
「くっ…!」
やってしまいました。
知らなかったとは言え、まさか直球で頼むことが「最悪」に当たるとは。
男心とは難しいです。
「で、では最高の一手は?」
自身の行いを悔やみながらも今からでも巻き返しを狙う為、神に啓示を乞います。
「最高の一手は…恥ずかしがることよ」
「何と…!」
具体的に聞こうとした時、店内に人が入ってきてざわざわと騒がしくなりました。
「こんな僻地に王国騎士団が何の用なんだ?」
世間話をしている男性が発した、騎士団という単語に反応します。
(まさか…あの人の追っ手が来た…?)
現在逃亡補助をしている身ですから、その話題には海の底より深い興味があります。
耳をそちらに傾けていると、目的の情報が飛び出しました。
「何でも逃げた罪人の追跡魔術がこの辺で切れたんだってさ」
追跡魔術!
確かに、彼が付けていた手枷と足枷にかかっていました。
少し苦労はしましたが、無事に解除し処分してあります。
「ふーん…だがこんな田舎にそんな国御用達の術式が解ける奴なんていないだろ」
えっへん。ここにいます。
「ああ。何かの間違いか、仮に協力者に解除してもらったとしてもわざわざここに留まってることはないだろうな。一応山の方にも捜しに行くっつってたが」
はいはい、問題ありません。
何せあの人が隠れているのは私の秘密の場所。
彼はあそこから出ることができませんし、出入り口にもきっちり目隠し用の隠蔽魔術が、
「あ」
このビビアナ、一生の不覚です!
隠蔽魔術の期限が昨日で切れたことをすっかり忘れておりました。
スカートを翻し村から最短距離で駆ける私の目に、秘密の場所、その出入り口を囲む複数の兵士様の姿が映りました。
(ああああ!!)
すでに調査が入っています。
入り口で一体何だと止められますが、呼吸を整えつつできるだけ平静を装い口を開きます。
「こ、ここは私が亡き父から教えてもらった私の秘密の場所なのです!何をされているのでしょう?」
「ああ。なら…」
先導されて中に入れば、小屋の辺りでなにやら固まる騎士様達の姿。
(んんんん)
焦れる心を何とか抑えてさっと辺りを見渡しますが、何故かあの人はまだ見つかっていないようです。
それにホッとしつつならば一体何処にと背中に大量の汗を流していると、若くもどこか威厳のある男性が話しかけてきました。
「騎士団長のヘルマンだ。この辺りに罪人が潜んでいる可能性がある。あれは君の建物か?鍵を壊したんだが開けられん。何か別の鍵があるのか?」
彼が指すのは小屋。
私が8年の歳月を掛けて製作した逸品です。
「ビビアナでございます。ええと、別の鍵…?」
思わず困惑の声が漏れました。
別の鍵などそんなものはありません。
なにせここへ入られることなど想定していなかったものですから、あの小屋の鍵は入り口に付いている錠前がひとつだけで、魔術もかけていなかったのです。
それを壊された以上は易々と開く筈ですが。
「大の男数人で押しているのだがびくともせん。どれだけ強力な鍵がかかっているのだ」
「……っ!ま、待ってください!扉が壊れてしまいますわ!」
その言葉である事実に気が付き、大慌てで止めに入ります。
鍵はかかっていないのに開かない扉に、隠れるところが少ないこの場所で見つからない逃亡者。
(あの人、この中で…扉を押さえてる…!!)
扉を守るように立ちはだかり、ようく耳をすませば扉の向こうからわずかに息遣いが聞こえてきます。
戦車のような兵士の皆様が数人で押して微塵も動かせないとはどれだけ馬鹿力なのかと絶句しますが、生憎それに助けられました。
中に居る彼も見つかれば問題ですが、それ以上にここには私の魔術関係の資料や道具がとんでもない量詰まっているのです。
発見されれば魔女だ魔女だと騒ぎ立てられ、しょっぴかれるのは火を見るより明らか。
この方々を絶対に中に入れてはいけません。
体中の細胞を活性化させて、ありとあらゆる言い訳を考え抜きます。
「なんだ?開けられないのか?」
「いいえ。私ここを開けられます。が…開けられないのです…」
「何だそれは。まさかここに誰か隠しているわけじゃあるまいな」
「……」
「何故黙っている…?」
ヘルマンと名乗った彼をじっと見つめます。
瞳には厳格な輝きが宿り、伸びた背筋は一本杉のよう、まさしく正しい騎士様のお姿なのでしょう。
どこか、今一生懸命扉を抑えている男性を思い出す出で立ちです。
さて話を戻して、この若さで団長を務められているということは、相当優秀で真面目、日々お忙しい方に違いありません。
例えば女人と遊ぶ暇がないぐらいには。
この方の崇高な騎士道精神に賭けることにしましょう。
「実は…その小屋には…」
ごくりと唾を飲み込んだ後、私は大きく口を開け高々と宣言しました。
「その小屋には、それはもうおびたたしい量の私のパンティーが干してあるのです!」
沈黙がその場を支配し、ピチピチと鳥の鳴き声が響き渡ります。
呆気にとられていたヘルマン騎士団長が我に返りました。
「は…はあ!?な、何故そんなものが干してあるのだ!」
「違うのです!その…私、国王陛下の側室となることが決まっておりまして…陛下に気に入って頂けるよう、自分で下着を縫ったのです」
「自分で…?」
「ええ。市販ではできない加工を加えたくて…。人知れずこっそりと」
ドミンゴの助言を早速活用しましょう。
私はモジモジと恥ずかしがる演技をしつつ尻を揺らし、狂ったようにある単語を連呼します。
「サイドが紐のパンティーから臀部が大きく露出するパンティー、穴が空いたパンティーに水に浸せば溶けるパンティー、蛍光色の…」
「そっそこまでで良い!」
真っ赤になった騎士団長に声を遮られます。
皆さんの目の前でとんだ痴態を公開してしまいました。
パンティー側室などと噂される未来が見えましたが、逃亡補助と魔術使用が露見することに比べれば些末なことです。
陛下の寝室に呼ばれる良い宣伝になりそうですし一石二鳥と見なします。
「どうします?団長」
「っ…!」
彼の部下のような方がひそひそと話しかけます。
ヘルマン騎士団長はしばらく頭を抱えた後、やがて自分に言い聞かせるように怒鳴りました。
「ええい!陛下がご覧になる予定のものを我らが先に見るわけにはいかん!どちらにしろこの女に追跡術式が解けるはずがないのだから、他を探すぞ!」
それ聞き追跡魔術を解いた魔女は、ホッと胸を撫で下ろしました。
「お気をつけて~」
ぱたぱたとハンカチを振って秘密の場所、その入り口の外から皆様を見送ります。
パンティーちゃんバイバイと軽口を叩いた男性がヘルマン騎士団長に殴られる様子が消えていくのを確認して、ふうとため息をつきます。
(皆さん気持ちのよい方々でしたね…。さて、隠蔽魔術の魔方陣…正しく掛け直さなければ、)
「よおパンティー側室」
突然降って湧いたような声に背後を振り向くと、男性がひとり立っていました。
「…どうも、ご苦労様ですわ」
先ほどの騎士団の中の1人ですね。
ええ、覚えておりますよ。
あまり目立ってはいませんでしたが、どこか野卑な顔付きは他の方から浮いていましたから。
「…どうかなさいましたか?皆様はお帰りになりましたよ」
「お前、魔女だな?」
核心を突く一言。
ヘルマン騎士団長と違い、その瞳にはその底意地の悪そうな光が宿っています。
「…何のお話でしょう」
「気付かれないと思ったか?さっき…この中でこんなものを拾ったんだよ」
彼の指の先には魔術用万年筆のペン先。
十分に気を付けたつもりでしたが、どこかで落としてしまっていたのですね。
「認めないって言うならこれを持ち帰って、もう一度あの小屋を調べろって団長に言うぜ」
「……」
「魔女だとバレたら大変だ。側室解消どころか一生幽閉もあり得る。まあ…お前の出方次第じゃ黙っててやっても良いぞ。わかるよな?一度、側室の女に手を出してみたかったんだ」
無言を了承と見なしたのか、男性がするりと寄ってきました。
私と言えばもちろんそんなつもりはありませんから、水面下で突破口を探します。
(最低の男でも、相手は日夜訓練に励む騎士。ここでは分が悪いですね…。媚を売るなりしてまずは…中に誘導して、)
「女のくせに魔術に手を出そうとするからこんな目に遭うんだよ。大人しくしていればよかったのにな」
下劣な口から出た言葉は同じくらい賎しい発言。
私の髪を手に取り、その唇にぴたりとくっ付けて嘲笑う彼は、どんな悪魔よりも醜く見えます。
「悪いな。傷ついたか?」
だから私は彼の耳元に口を近付けて、凛然と言い放つのです。
「悪いですね。そんな台詞、もう聞き飽きました」
言い終わらないうちに、後ろ手で鞄から引っ張り出した羊皮紙を彼の前に翳します。
「はっ!?」
ただの紙ではありません。
中央には私が書いた魔方陣がひとつ。
発煙と電撃を合わせた撃退用術式です。
「くらいなさい!」
「がっ…!」
短く呪文を唱えると魔方陣を中心にばちりと電撃が走り、煙が発生します。
(しばらくは動けないはず…今のうちにっ…!)
ペン先を奪い取りその場を後にしようとしてーー煙の中から真っ直ぐに伸びてきた手に、胸元を掴まれ背後の木へと叩きつけられました。
「きゃっ!!」
私の2倍ほども太い腕は振り払うこともできません。
「てめぇっ…!」
顔を抑える指の隙間から覗くのは、真っ赤に血走った瞳。
憤怒を込めてこちらを睨むその様子に、思わず身がすくみ息を止まります。
「っ!」
(しまった…!)
詠唱を簡略化すると出力が低くなることを忘れていました。
ところが彼がもう片方の手を振り上げた瞬間、その背後、煙の中から巨大な腕が飛び出してきたのです。
「!?」
「っ!?」
その腕は彼の首を囲み、甲冑を着こんだ体をやすやすと持ち上げます。
何とか外そうと暴れる彼に対して腕は微塵も揺るがず、そのうちに意識を失い動かなくなりました。
煙が晴れていく中、日の光に反射してきらりと輝いたのは美しい金髪。
「ビビアナ!大丈夫か!?」
(嘘…。だってこの人は、あそこから出られないのに…)
ここにいる筈のない彼の姿に一瞬呆気にとられ、慌てて声を出します。
「貴方…何故外に…!?」
「力ずくで破ってきた」
「ち、力ずく!?よく見れば…傷だらけではないですか!」
彼は平然と気絶した男性を確認していますが、治ったばかりの大きな体は真新しい切り傷に見舞われ、特にその足には深い傷が。
無理に魔術を破った、いや力ずくで破るなんて初めて聞きましたが、その代償です。
(私を…助けるために…)
それなのに彼はさらりと、無傷の私に手を差し出しました。
「今まで破ったどんな拘束魔術よりも手強かったからな。ほら、立てるか?」
ん?
「……それって褒めてます?」
「へ?…あ、いや…」
まさかとは思いつつもそれを聞くと、彼は少し悩んだ後、吹っ切れたように肯定の返事をしたのです。
「ああ…」
「!」
ま、ま、ま。
思わずぴたりと固まります。
だって私、魔術の腕を褒められたのは初めてで。
「そ、そうですか」
助言なんてすっかり忘れて、熱くなる顔を冷まそうと必死で口を回転させます。
「そうだ、助けてくださったお礼に性交なんてどうですか?」
「助けたのはお互い様だ。あと、礼はそれ以外で頼む」
「……」
少しくらい最低なところを見せてくだされば良いものを。
どこまでも私の思い通りにはいかない人から目を逸らして、悔しさを抱えてなんとか絞り出すのです。
「…そういうところだと、思います…」
真っ赤になった顔を、なるべく見られないように。
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