魔女のタマゴは性交したい
エノコモモ
第1話
「お礼もお金も愛も要りませんから、私と性交してください!」
私の精一杯の懇願は、狭い洞窟内にそれはもう響き渡りました。
反響して返ってきた自分の声を聞いても、男性にはこれ以上ないぐらい都合の良い言葉だと思います。
それでも目の前の殿方は、その金の睫毛をぱちぱちさせて、理解が追い付かなかったのか首を傾げーー怪我を思い出したのでしょう、慌てて首を元に戻しました。
そして私の瞳を覗きこんで、不思議な生き物を見るような顔をするのです。
「…は?」
さてさて、いちから話さなければなりませんね。
そう、あれは日課であります山の散策に出た時の話でした。
村外れ、誰もたどり着けない私の秘密の場所へと向かっていた際に、ふと見慣れないものが転がっているのを見つけたのです。
茶色の巨大な布切れだと思ったそれをよくよく観察していると、中からごろりと巨大な男性が飛び出してきた時には思わず心臓が止まりそうになりました。
「てっきり死体かと思いました!」
着ているものはボロボロで体のあちこちが傷だらけ、泥や血に塗れその金髪でさえも当初は分からなかったのです。
一見死んでいるように見えた男性は実際瀕死でしたが、ある理由で人を呼ぶこと無く私の秘密基地に運んで介抱致しました。
「大変だったのですよ!?貴方は体が大きく汚れを落とすのも一苦労でしたし、私の台車が2台おなくなりになりました!」
「そ、それはすまないことをした…」
それでもえっさほいさと働き蟻のように毎日薬や包帯を持ち込み懸命に世話を続けた結果が、今日先ほど目覚めたこちらの男性になります。
現在上半身は裸ですが、一瞬それが分からない程にはぐるぐると包帯が巻かれ、まだ意識はぼんやりしていらっしゃるようです。
それでも!それでも会話ができるだけだいぶ回復しました。
「そして悟りました。これは運命だと」
「あ、ああ…ん?」
片方の眉毛を上げる彼の、その大きな手のひらを両手で掴んで、前のめりになります。
すると男性はそのぶんだけ体を引きました。
失礼な。
「先ほどの話に戻ります!お礼もお金も愛だって要りませんから、私と性交してください!」
「………なぜ」
妙齢の女性にこんなに近くで詰め寄られているのに、彼の不審者を見るような表情は変わりません。
命の恩人を見る目付きではないものの、まあ気にすること無く続けましょう。
「私の名前はビビアナと申します。ビビでもアナでも好きな方でお呼びください」
「俺は…」
「名乗らずとも結構です!失礼ですが科人とお見受けします」
そう言って指し示す方向には、私がこの方の体から外した足枷と手錠。
金属製で鈍い光を放つこんなものを付けられる人間には、残念ながら一種類しか心当たりがありません。
罪人です。
「貴方様のお名前を聞いてしまったら私、つき出さねばならなくなりますから」
これが他の誰にも彼の存在を明かさなかった理由です。
傷だらけの枷を付けた囚人なんて明らかに逃亡中。
そして、通報しなかったことにも理由があるのです。
「さて、私の話に戻ります。このビビアナ、先日をもって、平民という身分でありながら国王の側室となることが決まりました」
「そ、そうか、おめでとう」
「ありがとうございます!ですが、この君命を辱しめずに達成するには、重要な問題があるのです!」
そこで言葉を切って、コイコイと手を振ります。
不思議そうに頭をもたげた男性の耳に、そっと打ち明けました。
「私、処女なのですよ…!」
衝撃の事実を言い放ち、顔を離します。
ぱちぱちぱちと先ほどよりも多い回数の瞬きをしてから、彼はゆっくり口を開きました。
「そ、そうか…。貞淑で何よりだ」
「まあ!?そう言えば聞こえは良いですがね、私は望んでこうなったわけではありません!愚かな殿方を少々論破してしまう嫌いがあり、このような結果になってしまっただけです!」
「少々は違うと思う」
「これではいざ褥を共にさせて頂いたところで陛下をご満足させることなどできやしないと思いませんか?何故なら私性行為のことなんて露いささかも存じ上げないのですから!」
私としたことが少々熱く語りすぎました。
ふうふう肩で息をしていると、静かに聞いていた彼が顔をあげます。
まるで嫌な予感がするとでも言いたげな顔つきですね。
「…つまり?」
「私と性交してください」
そう言うと彼はがっくりと肩を下げ、手で顔を覆いました。
「だからなんで…そうなった…」
「実際に献上される日取りは未定ですし国王の側室は何百人いると言えど、言えどですよ。一応婚約者の身ですから、万が一よその男性と関係を持ったと露見すれば婚約取り消し、それどころか打ち首獄門になる可能性があるのです!」
いやはや、この世に生を受けて18年。
まだまだ老いのさばる予定ですから、それだけは避けなくてはなりません。
ところが誰にも知られることなく関係を持てる男性なぞ、そうはいないのです。
「村の軽薄な男子なぞ信用できません。ところが貴方は素性が素性です。誰にも漏らせないだろうと思って。あと華々しいお顔立ちをされていますから、さぞ経験がお有りなのだろうと判断いたしました」
「……」
助けた男性は暫く床に臥せていたせいで本来よりはやつれているのでしょうが、体は大きく筋骨隆々、秀麗な目鼻立ちはまさに艶福の権化。
その太い腕に抱かれた女は数知れずと言うのならば、私もそこにスッと差し込んでいただきたいのです。
「お願いします!私には野望があるのです!陛下に気に入って頂かなければならないのです!」
「断る…」
「まあ何故ですか!自分で言うのも難ですが、側室に選ばれるだけあって容姿にはそこそこ自信がございます!確かにこんなところでは少し雰囲気が悪いかもしれませんが贅沢は言っていられないでしょう!何がご不満ですか!」
「中身」
「まああああ!!人が気にしていることを!」
そう頭を抱え悶絶している間に、視界の端にそろりそろりとその場を離れる彼の姿が映ります。
まだ怪我が残っているので、壁に手をつき這い逃げようとしていますが、残念ですね。
彼が洞窟を出ようとした瞬間、じゃらりと光る足枷が姿を現しました。
「!?これは…魔術か!」
視線は足枷、足下に出現した魔方陣へと移り。
そしてすぐにこちらを向いて、予想通り責めるような口調が飛び出します。
「き、君は魔女なのか!!」
「魔術師を女というだけで差別し蔑称を与えるならばそうでしょう。ですが貴方の命を助けたのもその魔女であることをゆめゆめお忘れなきよう」
眉間に皺を寄せてこちらを見ています。
ああそんな怖い顔をしたって、まっすぐに立てもしない怪我人ですから怖くありません。
「その魔術は私が意図的に解くか、時間になるまで消えません。今はまだ貴方の体も全快ではないので難しいでしょうが、必ず!私が献上されるまでには性技を教えていただきますからね!」
「……助けてくれたことには礼を言うが…俺は、」
「礼は要りません!必要なのは性交だけです!」
ピシャリと切り捨てます。
すると彼は大人しく座り、むしろちょっと気の毒そうに口を開きました。
「そういうところだと思うぞ」
はて…?どういうことでしょう。
その発言に不思議な気持ちになっていると、男性は包帯だらけの自分の体、主に下半身を確認してからこちらに警戒した目を向けました。
「変なことはしてないだろうな…」
「失礼な!怪我をしている殿方に蛮行を働くような、性欲が爆発したケダモノとでもお思いですか?」
「い、いや、何もしてないなら良いんだ」
「ほんの2、3回ほど口に含んだだけですよ」
「!?!?」
彼はぎょっとして、私から守るように服の上から手で壁を作りました。
股間に。
「少しぐらい良いではないですか!お礼もお金も愛も要りませんから!さあ!」
「ぜっ、絶対しない!!しないからなーっ!!」
そう力一杯叫んだ男性はその後すぐに貧血で倒れました。
ああもう、せっかく殿方が喜んで食いつきそうな台詞を用意したのに、第一交渉は呆気なく失敗です。
さてさて。
言い忘れていましたが、これは私の夢が叶うまでのお話です。
この殿方と無事に性交できるのか、行く末はその夢の先に。
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