宵山ロボティクスオーケストラ!
賀茂川タカノ
くじ取らず 「午後十一時の魔法」(1)
二〇XX年七月十六日 @京都市下京区四条通東洞院西入
午後十時五十五分〇〇秒、〇一秒、〇二秒、〇三秒、、
黒いアスファルトの上を黒や金色、茶色の波がどろどろと流れていく。同じ方向にぞろぞろと、しきりにカメラのシャッター音を響かせながら。ガヤガヤとざわめきながら。
盆地の夏は夜になっても、筆舌に尽くし難い不快さを与えつづける。体に粘りつくようなドロッとした湿気は昼夜を問わず太陽から送られてくる熱を伝えてくる。夏は暑く、冬は寒い。そんなどうしようもない気候だというのに、この京都盆地には年間を通して、世界中から観光客が集まってくる。おかげで、こうやって毎年眺めている人でできたこの川は年々色彩を増してきている。
午後十時五十六分〇〇秒、〇一秒、〇二秒、〇三秒、、
観光客というのは世界で一番気楽な身分の一つだろう。どこまでも無責任に、どこまでも自由気ままに、ふらふらと人の生活領域に入り込み、散々資本主義を満喫してはまた別の人間の生活領域へと向かう。彼らはあくまでお客さんだ。住んでいる人間がどんな思いでこの街に暮らしているのかなど知ったことではないに違いない。
そんな何万人と知れない観衆から放たれる人いきれが出店から漂う様々な食べ物の臭いと混ざっていく。そうやって出来た特製の不快この上ない空気は地面から数メートル上にいる私の所までじわじわと這い上がってくる。
午後十時五十七分〇〇秒、〇一秒、〇二秒、〇三秒、、
祇園祭とは日本三大祭りの一つに数えられる大きな祭りだ。そのクライマックスのひとつが宵山と呼ばれ、毎年七月十六日がその日に当たる。京都の街中には、各所にいくつもの山鉾と呼ばれる山車が建ち並び、街の風景を非日常へと変えていく。長刀鉾に月鉾、函谷鉾、蟷螂山。それら山鉾のひとつひとつが、金や絨毯で飾り立てられた見上げるほどの巨大な姿を現し、祇園囃子と呼ばれる音楽を奏でる。
夜になっても囃子は止むことを知らず、観光客は夜の光に群がるかのようにその数を増していく。山鉾は提灯の光を放って自らの絢爛豪華な調度を誇るように照らし出す。夜の暗闇の中で、鉾の屋根に置かれた金色の鳳凰や脇に掛けられた極彩色のタペストリーは一層輝きを増していく。夏の夜に見た夢のような、そんな三日間続き、最終日が宵山と呼ばれる。
祇園囃子が耳元で鳴り続けている。私は今、この宵山の中心。長刀鉾の上に立っている。
午後十時五十八分〇〇秒、〇一秒、〇二秒、〇三秒、、
事実は小説より奇なりという言葉がある。
小説というのはあくまで人間の想像の範疇で物事が起こるに過ぎない。それに対して、事実=現実というのは人間の想像や理解力などと御構い無しにただ存在し、それらが持つ枠を平気で超えていくこともしばしばだ。
これから起こる現象も、人間の理解の範囲を超えた出来事の一つと言えるに違いない。
午後十時五十九分〇〇秒、〇一秒、〇二秒、〇三秒、、
「祇園祭の歩行者天国は午後十一時で終了となります。車が通りますので、歩道に上がってください」
警察官が声を張り上げて観光客達を歩道に誘導している。人が引っ切り無しに流れていた四条通は夜でも自動車の交通量の多い大きな道路だ。それが、宵山期間の夜に限って歩行者に明け渡される。いつも見慣れているが、日常なら決して足を踏み入れることのない道路の上に人々は足を踏み入れる。日常を非日常に転換するには、こんな些細なことで十分だ。それに加えて、道路上に大小三十基を超える山鉾が立ち並ぶのだから、この祭りの非日常性は盤石だと言っていい。
誰かが十一時になると魔法が解けると言っているのを聞いたことがある。彼らの言う歩行者天国の魔法が解ければ、非日常性の象徴である歩行者天国が解除され、いつも通りに道路を自動車が蹂躙することになる。
しかし、本当の魔法は午後十一時から始まる。彼等の知らない時間の魔法が。
午後十一時〇〇分〇〇秒、〇〇秒、〇〇秒、〇〇秒、、
耳鳴りがした。
さっきまでの溢れるような感覚の洪水が一瞬にして堰き止められ、辺りをいや見渡す限りの世界を静寂が支配する。
視界が凍る。風景が固まる。誰も動かない。誰も音を立てない。誰も息をしていない。
〈午後十一時の魔法〉
それは、時間を凍りつかせる魔法だ。視界に入る全ての人、物の時間が静止する。
ある者は手放してしまった夜店の風船を捕らえようと飛び上がって宙に浮かんだまま、またある者は道に転がったボールを拾おうとして腰を屈めたまま。水面を勢いよく飛び上がった金魚すくいの金魚は空中で水を纏ったまま。
私とそれに連なるもの以外の全ての時間が停止している。月も雲も動かない。
その静止した時間の中で私はあるモノの登場を待つ。目の前に広がる静寂は夜の海のようにどこまでも深く続いていくようだった。
静寂は耳を揺さぶるような重い衝撃音によって切り裂かれた。
音と同時に地響きがこちらまで伝わってきて、視界がぐらつく。音の出た方向、ここから五百メートル前方に彼等は現れた。
それは、体高三メートルはあろうかという巨大な蜘蛛だ。表面は黒光りして街灯やビルの明かりをところどころで反射させている。アスファルトに鉄杭のような脚を突き立て、姿勢を低くしながら辺りを見回す。赤く光る目が、遠くからでもはっきりと見える。その目がまっすぐにこちらを捉えた。
「さぁ、厄払いの時間です」
蜘蛛の出現と時を同じくして、私の右手が光り出した。手の甲には、長刀鉾を示す〈長〉の文字を意匠化した紋とそれを囲むように三本の線が浮かび上がり、それが光を放っているのだ。私はそれを確認すると、胸にさげたペンダントを取り出し、高く掲げる。
「祓い給い、清め給え。其が武勇を以って、世を平らげ給え。顕現せよ。長刀鉾神機 デア・ヘルト!」
ペンダントを掲げると同時に山鉾から光が溢れ出した。先ほどまでの巨大な姿は金の粒子に分解され、視界全てを光が包み込む。一瞬ののちに光は去って、現れるのは座席を囲んだ部屋、コックピットだ。絢爛たる調度を誇る山鉾の装飾とは打って変わって、金属とプラスチックに囲まれた機械的で整然とした空間が広がる。座席に身を置いた私の手の先には操縦桿、視線の先には視界を覆い尽くす巨大なスクリーンが広がる。ペンダントを操縦桿の中央にある鍵穴に差し込み、操縦桿を握ると、私は声を張り上げた。
「神機デア・ヘルト、起動開始」
――起動キー、及び声紋・指静脈による認証を完了しました。デア・ヘルト、システムを起動します。
音声と同時に、目の前のスクリーンに街の光景が表示される。ビルのガラス窓には身の丈を超えるほどの薙刀を手にして、アスファルトの上に直立している銀色の巨大なロボットの姿が映し出されている。祇園祭の主役である山鉾が戦う力へと変化したもう一つの姿、それがこの巨大なロボット、神機だ。そして、各山鉾の稚児に与えられた使命こそが、パイロットとしてこの神機を操縦し、敵を倒すことなのだ。
スクリーンをまっすぐ睨んだ先には、いくつもの黒い塊が蠢いている。システムが敵を感知して、映像にズームがかかり、その横には瞬く間に解析した情報が表示された。
『目標発見 乙型 七体 本機に向かって接近中 現在地までの到達時間:約三〇秒』
「長刀鉾、状況開始」
祇園祭とは疫神怨霊を鎮める祭を起源としている。疫病が京都を襲った際に、六十六本の矛を立てて退散を祈願したのだ。そして、時代が下った現在、人を襲う最も恐ろしい災いとは人の負の感情である。それが集まって結晶となり人々に牙を向けようとするモノ、それを私たちは
蜘蛛はその巨体をものとせず軽々と宙を飛び、道の両側に聳え立つビルの壁面に脚を突き立てた。するとそのままを重力を無視したかのようにふわりと反対側のビルに飛び移り、異常な速度でこちらに近づいてくる。
接近まであと、十秒。蜘蛛を上下に両断しようと私は薙刀を構えた。
あと、五秒。薙刀を持つ手に力が篭る。すると、蜘蛛は私の動きを察知してか、大きく飛び上がった。蜘蛛はその大きな黒い脚の先を刃のように変化させ、機体に向かって振りかざしてきた。
その刃を薙刀の切っ先で受け止めると、夜の空に火花が散った。黒い刃の重みが操縦桿を通して両腕に伝わってくる。その重みで、機体が後ろに少しだけ傾いた。こちらに対する明確な敵意は武器を通して暴力に変換され、物理的な現象として体が認識する。スクリーンの先にあるのは、ゲームのVR映像ではなく、紛れもない現実なのだ。ゲームは人の作ったものだから人の想像できる範疇でしか物事は進行しない。しかし、現実では……。
両足を広げて足場を安定させ、力を込めて刃を打ち返す。よろけて腹を見せた敵に向かって、胴体を両断する一撃を加えた。しかし、これで終わりではなかった。上半身だけになった蜘蛛が機体に取り付いてきたのだ。あと数十秒もすれば、消滅するはずなのに。 「残りの敵は?」
辺りを見回した。
道を挟む両側のビルの壁に彼らはいた。二体の蜘蛛は壁から離れると、挟み撃ちするようにこちらに向かって飛びかかってきた。まともに薙刀を動かせないこの状況で二方向から襲いかかる斬撃を受けきることなど到底不可能だ。黒い刃が鈍く光る。黒い三日月がいくつも浮かんでいるかのように天を照らす。私はある一点に意識を集中した。
空から降り注いだ黒い刃は風を切った。全体重を刃に込めたらしい二体の蜘蛛はそのまま前方に倒れ込む。その時、私の機体は先ほど敵が飛び降りた壁の高さと同じ所にいた。真下でもつれ合う二体の蜘蛛を見下ろしながら。私は急降下して、二体の蜘蛛をひと薙ぎの元に切り伏せた。
瞬間跳躍、それがこの機体だけに許された武器だ。強く思い浮かべることで機体を一瞬にして別の場所に転移させることができる。
――撃墜数乙型三体。三〇〇ポイント獲得。累積ポイント、一九八〇〇です。暫定順位1位を維持しています。
息が少しだけ荒くなる。瞬間跳躍はその力の代償として少なくない負担を身体に強いる。長丁場になるこの戦いの中で無駄撃ちは出来ない。
――続いて、後続の乙型四体が接近してきます。
四体の敵はビルの壁を伝って四方からこちらの機体を取り囲んだ。そして、異常なまでの正確さで同時にこちらへと飛びかかってくる。
空中の敵をなぎ払おうと切っ先を動かしたその時、蜘蛛はその頭と胴を光の柱に撃ち抜かれて四散した。後ろからついて来ていた二体も次々と体の中心を撃ち抜かれて仰け反って転がり、そのまま動きを止めた。
「また御射山ですか」
言葉を吐き捨てながら後方に機体を向けると、ビルの屋上にライフルを構えた機影を見つけた
「あと少しで二万越えなのに残念だったねえ。長刀鉾さん」
――撃墜数乙型四体。四〇〇ポイント獲得。累積ポイント、一二五〇〇です。暫定順位は3位です。
通信回線越しにシステム音声も聞こえて来る。こちらのスクリーンの端に通信ウィンドウが開き、得意げにしているパイロットの顔が表示された。それとともに、彼の機体の情報が投影される。
『御射山〈デア・フライシュッツ〉パイロット:北大路紡 遠距離攻撃型』
神機に乗っているのは、私だけではない。祇園祭では全ての山鉾に少なくとも一人の稚児がつく。稚児は祭りの中で行なわれる様々な行事を執り行うこととされているが、その中でも最も重要な責務こそがこの宵山だ。
「二人で同じ敵を狙ったら効率が悪いでしょう。きちんと考えてターゲットを決めてください」
スクリーンに表示される顔に反省の色は全く見られない。
「敵を倒した数で山鉾巡行の順番が決まるんだろ? だったら、一番たくさん倒しそうなアンタを邪魔しながら敵を倒すのが一番効率いいじゃん」
声の主は小さなウィンドウの中で身を乗り出している。
「この宵山の目的は確実に穢を祓うことにあります。味方を邪魔しては本末転倒です」
「うるさいなあ。そもそも、何なのさアンタ。偉そうに上から目線で……」
彼の声を遮るかのようにメッセージの着信音が鳴り響いた。
「緊急メッセージですか」
スクリーンの端に緊急情報と地図が表示される。危険度はレベル3。上から三番目だ。
『占出山:四条西洞院に敵が大量出現。乙型の群体、五十体規模。続々増えている模様。至急応援を頼む』
地図には、神機一体に対して数多くの敵が取り囲むように群がっている様子が模式化されて表示されている。
「へーっ、五十体とか大サービスじゃん。これは行かなきゃ損ってやつ! じゃあね!」
その音声が届いた頃には、御射山の機影はビルの屋上から姿を消していた。
ため息交じりに、目の前に広がるスクリーンに市街地の地図を表示させる。そこには、碁盤の目のあちらこちらに散らばった神機の位置がリアルタイムで表示されている。どうやら、救援を送ってきた四条西洞院に一番近い所にいたのが御射山と私らしい。
「彼だけに任せておけませんね」
私も呼ばれた場所へと急ぐことにした。
向かった先にあったのは、黒い海だった。波のように見えるのは、それぞれが蠢めく敵の姿だ。うねる波が中心にいる神機に代わる代わる襲いかかっている。
「どうなってるのさ! いっくら撃っても全然減らないよ! しかも、さっきからカウンターが壊れてるし!」
幾つもの光の柱が敵に向かって降り注ぐ。柱に貫かれた敵は力無く地面に倒れ、その姿は瞬く間に砂山のように崩れていく。しかし、敵はどこからともなく現れ、減った分だけ増えてきているように思えた。
占出山のいる中心に向かって敵の海を薙ぐ。黒い海を手こぎボートで進むようにオール代わりの長刀を振るった。近づいてみると、占出山がたった一体で敵の攻撃をしのいでいた。
「占出山、戦況を教えて下さい」
装甲の厚い機体に声をかける。すると、すぐに通信ウィンドウが開いた。相手は同じ歳とは思えないような幼い顔立ちをしている。
神機のパイロットには共通点がある。それは〈十四歳の男子であること〉だ。そのため、毎年違ったパイロットが神機に乗り込むことになる。結果として、どんなに適性があったとしても、「次」はない。次のパイロットが優秀であるという保証もない。穢から街を守るという重要な任務は綱渡りのように行われている。
「長刀鉾さん、救援ありがとうございます。十一時になってすぐに、大群が現れたんです。僕だけでは対処できないので、ひとまず防御性能だけは高いこの機体で膠着状態に持ち込んでいました。先ほど、御射山さんが来てくれましたが、いくら倒してもビルの影から敵がどんどん出て来ていて減らないんです」
外見に反して、占出山のパイロットの語り口は冷静だった。
「今までよく保たせましたね。その機体は戦況把握に長けている非戦闘型の機体です。私たちで余裕を作るので、敵の分析をおこなって下さい」
「了解です! 占出山 ラプレンティ・ソルシエ、索敵開始します」
占出山の装甲パネルが翼のように広がった。これは機体を守る装甲であると同時にアンテナの役割を果たしている。翼のように広げることで、周囲1キロメートル圏内で敵と味方の正確な位置を把握することが出来る。
「あれっ?」
占出山のパイロットの大きな目がさらに大きく見開かれた。
「どうしました?」
「北の方角から高速でこちらに向かってくる物体を検知しました。あと、三十秒でこちらに到達します」
「新手ですか」
遠くから車の走行音のような音が聞こえてきた。音の主であろう正体不明の高速移動物体を示す緑の点が、敵で溢れるこの交差点に向けて飛び込んでいく。
「いえ。――これは、味方です」
彼の声が少しだけ高くなったように聞こえた。走行音らしき音が次第に大きくなっていく。緑の点が、敵の波間に到達する。
次の瞬間、黒い海が二つに切り裂かれた。
それの前にいた敵はことごとく、なぎ倒され、両断される。分かたれた海の先にいる彼が持つのは、人を戒める石版ではなく、二つの巨大な鎌だ。それと同時に、正体不明の物体から通信が入った。
「スーパーヒーローっていうのは、遅れて登場するからカッコいいんだよな」
通信ウィンドウが開き、彼は私たちの方に向けて振り返った。両手の鎌を大げさに構えて姿勢を低くする。
「
「やっぱり、来てくれたんだ」
先ほどの冷静さとは打って変わって占出山の声は弾んでいる。
「おう、待たせたな」
蟷螂山は力強くそれに答えた。
「蟷螂山! 味方の認識コード、オフにしてただろ! 紛らわしいっての!」
「ああ、御射山か。コソコソ隠れやがって。これはドラマチックな演出だよ! えんしゅつ!」
襲いかかる敵をまとめてなぎ倒しながら、蟷螂山が答えた。
鎌を振りかざす度に敵は減っていく。私が薙ぎ、御射山が撃ち、蟷螂山が狩る。これで私たちの活路は開かれたように思えた。
敵を半分ほど減らしたとき、先ほどの倍の速度で敵を倒しているというのに、敵の数が減らなくなってきた。倒しても倒しても、同じ数だけ敵が後ろから押し寄せてくる。
しばらくすると増える数が倒す数を上回ってきた。勢いを取り戻した黒い波は時化のように打ち寄せて、蟷螂山が作った道を覆い尽くしてしまった。
「一気に減らしてるのにすぐ増えるってどういうことだよ」
「減らした分以上に増えてる感じだな。こっちから見るともう完全に押されてる」
ビルの上にいる御射山からは状況がはっきり見えているようだ。
「にしても、ここの敵、数は多いけど一体一体はものすごく弱くねえか? あの占出山でも応戦できてたみてえだし」
「ちょっとさぁ、朔くん! 人をでくのぼうみたいに言わないでよ!」
「へーん、悔しかったら攻撃してみろってんだ」
どうやら、占出山と蟷螂山のふたりは個人的な付き合いがあるようだった。言い争っているように聞こえても、仲は良さそうだ。
「――とにかく、敵は普通の甲型ではないようですね。占出山、敵の分析は出来ましたか?」
「はい。これを見てください」
スクリーンに地図が現れた。そこには私たちと敵の個体一体一体の位置が表示されている。敵の最も多い場所の中心には点滅する赤い点がある。
「敵の密度を調べたところ、赤で表示した四つの点から吹き出すようにこちらに向かってきていることが分かりました。おそらく、これらの地点に向かえば事態を収束できると思われます」
「ひとまず、その中の一つに向かってみましょう。この場合、全員ひとかたまりで動いた方がいいですね」
「分かった。そこまでの道は俺が開く!」
言うが早いか、蟷螂山は目標地点に向かって直線上にある敵を突進しながらなぎ倒し始めた。タイヤの走行音と敵が切り刻まれる金属音とともに、一気に道が切り開かれていく。私たちは彼の後に続いた。
とめどなく溢れる敵の中心にあったのは、直径五メートルほどの円だった。
「この円がおそらく敵の本体です」
その円は周りの光を吸い込んでいるかのように黒かった。
「何かの穴なのか」
蟷螂山が黒い円を覗き込む。すると、蟷螂山の像が表面に映った。
「これ、反射するぞ。つーことは、敵の正体は鏡なのか?」
蟷螂山はこちらに向き直って尋ねてきた。
「いえ、どうも様子がおかしい」
もう映り込んでいないはずの蟷螂山の像が鏡に残っている。黒く濁った蟷螂山の虚像はゆっくりと動き出すと鏡の方に腕を伸ばした。その黒い腕は鏡を超えて〈こちら側〉に飛び出してきた。
「なに、どうなってるの?!」
虚像はそのまま鏡に飛び込むと、〈こちら側〉に黒い塊が現れた。
「はぁ?! どういうことだよ! これって……」
蟷螂山は後ずさりする。視線の先にあるのは、黒い蟷螂山の姿だ。同じ形と大きさで、左右だけが反転している。それは私たちの方に目を向けると、先ほどの蟷螂山と同じように低い姿勢をとった。そこから一瞬で距離を詰め、二つの鎌を蟷螂山に振りかざしてきた。鎌と鎌がぶつかり合い高い音を鳴らしながら火花が散る。
「俺のイェーガーのコピーなのか。なんか気持ちわりい」
蟷螂山は明らかに動揺している。その動揺を感じ取っているのか、黒蟷螂山は間断なく鎌を振り下ろし、蟷螂山に斬撃を与えていく。その度に、火花とは別の何かも飛び散っていた。
「もしかしたら、これは……。蟷螂山、私が代わります」
私は黒蟷螂山に横から突進して間合いを作る。鎌を交差させて防御の構えを見せる相手に、気にせず長刀を振りかざした。
すると、黒蟷螂山の鎌はつららのように簡単に折れてしまった。そのまま、もうひと薙ぎすると、偽物は両断され瞬く間に黒い砂山に成り果てた。
「わんさか沸いてくる奴らよりは強いけど脆いのは変わらないみたいだな」
「あなたに切りつけていく間に敵の鎌はどんどん刃こぼれしていました。ここにいる甲型と同じ。いわゆる劣化コピーですね」
「朔くん! 同じのがどんどん出てくるよ!」
黒い鏡から黒蟷螂山が続々と這い上がっているのが見える。それらは黒い鏡の周りを囲むように立ちふさがり、さらに増えて私たちに襲いかかってきた。
「状況を分析します。ここは、一旦引きましょう」
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