悪夢の世界とシロウの過去 3


 鈴と話したあの日からというものの、何故か俺は鈴と仲良くなっていた。

 同じ両親がいない人として気が合ったのか、もしくはそれ以外の理由か。

 この気持ちがどこから来ているのかはわからないが、『今はこれでいい』と思う俺がいた。


「士郎君、今日も家に行きましょうか?」

「……勝手にしろ」

「それじゃあ行かしてもらいますね」


 あの日から数週間経ってからというもの、鈴が度々俺が住んでいる家に来るようになった。

 いつもは一人で暮らしていた家も鈴が来ることによって、いつもとは違う雰囲気になる。


 そして、いつもと違うのは雰囲気だけではなく俺自身もだった。


「どうしたんですか?」

「いや、なんでもない」


 俺が家に帰って数時間後に鈴が来て、一緒に食事をし、時には家に泊まる。

 今ではそれが当たり前の生活になっていた。


 そんなある日のこと……。


「……あの、士郎君」

「ん?どうした?」


 いつも通りに下校準備をしていると、鈴が俺の席まで来た。


「き、今日は一緒に帰りませんか?」


 少し恥ずかしそうにしながら鈴は言った。

 

 いつもは、事前に来るか来ないかを聞いてからお互いに別の時間に帰っていたが、今日は一緒に帰りたいらしい。


「別にいいけど……急にどうしたんだ?」

「い、いえ……一緒に帰ってみたいと思っただけです」

「そうか」


 鈴と俺は友達……いや、友達以上の親友だ。

 親友が一緒に帰りたいと思うのは、どんな人間でも子供の時から考えることだ。別に恥ずかしがる理由はないと思うが……。


 それよりも、さっきの会話を聞いていたであろう生徒達の視線が、なんというか……痛い。


 ——別に親友と一緒に帰ろうとしているだけじゃないか。


 そう思うと、より一層視線が痛くなった。

 コイツら俺の考えてることがわかんのかよ……?


「それじゃあ、先に校門に行って待っててくれ」

「わかりました」


 俺はまだ準備が終わっていないが、鈴の方は既に準備を終えているのか、手に鞄を持っていた。


 先に行って待っているってのに準備が遅かったら失礼だな。


 俺は先に校門で待っている鈴を待たせないために、いつもより早めに準備を終わらして校門に向かった。


 校門に着くとすぐ近くにある木の下に鈴が座っていた。


「ごめん、待ったか?」

「はい」

「そ、即答かよ……」


 ここは待っていないと言うのがお決まりってもんだが、鈴は正直に言った。しかも即答で。


「それじゃあ、帰りましょうか」

「へいへい」


 そして、俺達は校門を出た。


 学校から家までは徒歩で二十分程の距離だ。二十分間も隣に女子がいるという初めての状況に俺は少し緊張していた。


「士郎君」

「何だ?」


 しばらく歩いていると俺より先に鈴が声を掛けてきた。普通は男である俺から声をかけるべかきなのだろうが……。


「私達が出会ってからの生活はどうですか?」

「なんだよ急に」

「いえ、少し気になりまして」

「……楽しなったよ、前とは比べられないくらいにな」

「ふふ、それは良かったです」


 以前は、自分が何をしているのかや、生きていることもどうでもよかった。

 だが、あの日の鈴が言った言葉が全てを変えた。

 俺はあまり人付き合いが上手くないが、何故か鈴だけには家族のように接することが出来た。


 毎日とは言わないが、ご飯を一緒に食べたり、一人ではできなかったトランプを二人でやったり。

 そして、いつの間にか俺にとって鈴は大切の人になっていた。


「これも、鈴のお陰かもな」

「そう言うなら、私だって今が楽しいのは士郎君のお陰ですよ」


 そんな会話をしながら道を歩いていると信号が見えた。あの信号を渡ればもうすぐそこに俺の家はある。

 今は赤なので、青になるまで待つ。


 この十字路は車があまり通らないがなぜ交通事故が多い。どうせ信号無視をした時に運悪く車が来たとかそんな理由だろう。


 そんなことを考えて待っていると、大型トラックが十字路に向かってくる。

 その瞬間……。


 ドンッ


「うわっ!」


 誰かに押され、そのまま十字路に飛び出る。

 十字路に出た俺を急いで助けようと駆け寄ってくる鈴。そして、鈴の隣に一瞬見えた黒い影。


 ——事故が多い理由はそういうことか!!


 恐らく、俺を押したのはあの黒い影の奴だ。

 そして、交通事故が多い理由は奴がタイミングを見て後ろから押したんだ。


「士郎君!」

「……!!」


 ——黒い奴に夢中になっていたせいで鈴が近付いて来ていることを忘れていた……!

 

 向かってくるトラックは、人が道路に出たというのにブレーキをかける気配がない。

 恐らく……いや、確実に押した人物とトラックの運転手はグルだ。


「鈴、今すぐ離れろ!!」

「え?」


 トラックはすぐそこまで来ている。

 確実に俺は助からないが、鈴は後ろに数歩動くだけで回避出来る距離だ。

 と、思っていると……。


 パンッ!!


「うぐっ……!?」

「鈴!!」


 急に音が聞こえたと思った瞬間に鈴がバランスを崩して倒れた。

 そして、鈴の足からは血が出ていた。


 ——日本だって言うのに一般人が拳銃だと!?


 銃を撃ったからには奴が逃げるのは困難だ。

 だが、逃げるのが困難なのは俺と鈴も同じ。どちらかと言えば犯人側の方より俺達の方が困難だ。


「鈴……!!」


 俺はトラックが来る寸前に鈴を庇うように覆い被さる。

 助からないなんてことはわかっている。だが、何故か体が勝手に動いた。


「あぁ……そうだったのか……」


 トラックにかれる瞬間に俺は気付いた。

 何故鈴を助からないとわかっているのに庇おうとしたのかを。


 俺はこの生活や楽しいという感情を、そして、大切な人守りたかったんだ。


 そして、俺と鈴は最後に言葉を交わすこともなく、トラックに轢かれた。





『グガァァァァ!!』

「………!?」


 突然の悲鳴で目が覚めた。なんだか自分の知らなかった部分も見れてスッキリしたが、そんな呑気なことを言っている場合ではないらしい。


『ダレダ!!我ニハイッデグルノハ!?』

「な、何だ?」


 ナイトメアヘルの様子がおかしい。俺に夢を見せる前の余裕さがまるで感じられず、代わりに焦りが感じられた。


『グ、ガ……ヤメロォォ!!』


 再度ナイトメアヘルが叫ぶと、ナイトメアヘルの創った悪夢の世界が崩壊を始める。

 そして、崩壊したところは別の世界が侵食してきていた。


 ——あれは……良くない世界だ!!


 見た感じは真っ白な世界だが、俺はその世界から禍々しい空気を感じた。

 あれは決して入ってはいけない世界だ。


『ガアァァッッッ!!』

「まずい……!」


 世界の侵食は止まらない。このままでは、俺もあの世界に侵食される。

 だが、逃げろと言われても俺の逃げる速さより侵食の速さの方が上だ。


「クソっ、どうすれば(——こっちだ!!)!?」


 脳内にナイトメアヘルとは別の声が聞こえた。

 俺はその声に聞き覚えはないが、何故か懐かしく感じた。


(早く!こっちだ!!)

「こっちって言われてもな……」


 辺りを探していると、ナイトメアヘルの世界の奥に亀裂のようなものがあった。

 

(亀裂を見つけたんならさっさと亀裂に向かって走れ!!)

「今は信じるしかない……!」


 今の状況では、あの亀裂に向かって走るしか助かる方法がない。

 俺は脳内に聞こえた謎の声を信じて亀裂に向かう。


 そして、亀裂に触れると辺りが光に包まれて引き寄せられる感覚と同時に俺はナイトメアヘルの世界から消えた。


 その直後、完全にナイトメアヘルの世界は突如として現れた謎の世界に侵食された。

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