悪夢の世界とシロウの過去 2
ある日、俺が高校一年生の冬が終わる頃の時期のことだった。
朝にテレビを見ていたら、俺が住んでいる地区付近で殺人事件があったことを報道していた。
『警察の情報によりますと、死体の身元は
「……物騒なこともあるもんだ」
その時は特に興味なんてものはなく、ただ、殺された人が霊として残らないように成仏できていたらいいな、なんて思うくらいだった。
その日は生徒の命を第一に考えた学校側の指示で休校になった。
特にすることもないので、勉強を少しして後の時間はのんびり過ごした。
そして次の日は普段通りに登校する。
どうやら、昨日の内に殺人犯は捕まったらしい。
殺人動機は、「人を殺してみたかった」というくだらない理由。
「……これだから人間って奴は……」
そんなくだらない理由で人を殺した犯人に苛立ちながら俺は学校に向かった。
学校に着くと、いつもとは違う雰囲気だった。
その原因は、俺のクラスにいる一人の女子生徒だった。
(そういや、この人の名前は……)
「おい、宮野。折角親がいなくなったんだぜ?今夜は俺たちと一緒に遊ぼうや」
「……遠慮しておきます」
あまり話しかけたことがないのでうろ覚えだ。
見た感じ、不良に絡まれているな。
宮野 鈴はこの学校の中でもかなりの美少女に入る……多分。
しかも、父親は大手会社の社長で母親はオリンピック選手のコーチを担当していたらしい。
そんな面倒な両親が死んだとなれば、他の生徒はやりたい放題に出来るだろう。
「いいじゃねぇかよ、別に遅くなっても困る両親なんていねぇんだし」
「………」
不良達は誘いを断られたにも関わらず、しつこく絡んでいる。
周りを見れば、この状況を助けようとしている人は誰もおらず見て見ぬふりをしていた。
——……胸糞悪いな、この雰囲気
そして、俺は不良に近づいて行った。
「おい」
「あぁ?誰だテメェは?」
「誰でもいいだろ。それより、今すぐ失せろ」
「は?勝手に出てきたと思えばヒーロー気取りか?」
不良と俺は向かい合う。
不良は邪魔されたことに苛立っているのか、今すぐにでも殴り掛かりそうな雰囲気を出していた。
——コイツ、どんだけ幼稚な脳をしているんだ?
俺も俺でコイツには色々と苛立っていた。
朝からうるさいし、指導を受けても懲りないし、いい加減にしろってんだ。
「へっ、ヒーロー様にはご退場願うぜ!!」
そう言って、不良は俺に殴り掛かってきた。
その拳には、腰が入っておらず小学生でもできるようなパンチだった。
「くらえぇ!!」
不良の渾身のパンチを放ってきたが、それを俺は軽々と避ける。
体勢を崩したところで足を引っ掛け、不良を転す。
そして、その上から右足で不良を踏んで動けないようにする。
「……お前、それでも不良か?」
「っ!!何だとぉぉ!?」
「うるさい」 ドンッ
「ガフッ」
あまりにもうるさかったので背中を踏んでいた右足を不良の頭に持っていく。
顔を地面に叩き付けられた不良は泣いていた。
——そんなので良く不良なんて言えたな。
俺が右足をあげると不良はゆっくりと起き上がった。泣いているが、その目はまだ諦めていなかった。
「まだ懲りないのか」
「ハ、ハハ、お前は俺には勝てねぇ、なんたって俺にはこれがあるんだからな!!」
そう言って、不良はカッターナイフを出した。刃の長さは四センチ弱で刺すことや切ることも出来るだろう。
カッターナイフを見てクラス全体がざわめき出す。
「ハハハハッ、お前が悪いんだ……死ねぇぇ!!」
「………」
不良は刃を突き立てて向かってくる。
誰もが俺が死ぬと思ったが助けには来なかった。
——……やっぱり、コイツらも同じだな。
「ガハッ……」
「……俺の忠告を無視したお前が悪い」
バタッ……
俺は不良の腹を殴って気絶させた。正直殴り殺してもいいかと思ったが、それだと俺の良心を殺した奴と同じだ。
人を殺してアイツと同じようになるなんて、俺は絶対に嫌だった。
「……そいつは任せた」
「お、おう」
不良の処理は他の生徒に任せて、俺は自分の席に座った。
そしてしばらくして、授業が始まった。
学校の授業が終わり、放課後になって帰ろうと校門の前に向かった。
「あ、あの……」
「ん?」
突然後ろから声がした。それも女子生徒の声だ。
声がした方向へ振り返ると、そこには宮野 鈴がいた。
「あ、あの時は助けてくれてありがとうございます」
「その事ならほっとけ。俺がしたくてやった事だ」
あれは俺がやりたくてやった事。お礼なんて言われる筋合いはない。
「……じゃあ、何でやりたかったんですか?」
「…………」
宮野 鈴は何故か俺がやりたかった理由を追求してきた。一体それを知って何になるというのだろうか?
「理由もなしにするなんてことは有り得ないです」
「………」
しつこいがその気持ちを口にすることぎ俺には出来なかった。
「……本音を言うと、ほっとけなかったんだ」
「何故ですか?」
「……似ていたからだ、俺と」
「どういうことですか……?」
本音で話す。そうしなければならない気がした。
「お前が」
「鈴です」
「……おm」
「鈴です」
「……鈴の両親が殺されたように、俺の両親も六年前に殺された」
途中、名前の件で押し切られたが、伝えたいことは伝えられた。
正直、思い出したくはなかったが、こうでも言わないと鈴は引き下がらないだろう。
「……士郎君の両親も……」
「家に帰ってきた時のことだった。一人の男が両親をぐちゃぐちゃにしていた」
「……その犯人はどうなったのですか?」
「殺した。俺自身が」
何故俺は、目の前にいる鈴にここまで話しているのか……別に話すつもりはなくても口が勝手に開くような感じだった。
「憎かった。幸せを奪った奴が。両親を殺した奴が。何よりも、自分が何も出来なかったことが」
「………」
「俺が周りから距離を置かれているのもこれが理由だ。普通の人から見れば、俺はただの殺人者だ」
「……そんなことはありませんよ」
「何?」
俺は人を殺した殺人者。俺もそこらで殺人を犯している奴らと同類。それの何が違うというのか。
「確かに、士郎君は普通に見れば殺人者かも知れません……」
「それの何が」
「ですが、一つだけ違うものがあります」
「………」
「それは、『思い』です」
「思い?」
思いがどうしたというのだ。思いなんてその気になればすぐに変えることが出来る。
結局辿り着く答えは同じだ。
「殺人者は憎しみや嫉妬などの感情の爆発から起こることが大半です。ですが、士郎君の場合はこれらの思いとはまた別です」
「………」
「士郎君は憎しみと怒りの中に『守る』という思いがあった筈です」
「『守る』……」
そんなことは無い。俺があの時に感じた思いは両親を殺した奴への憎しみと怒りだけ。
俺は無我夢中で向かって行った。それの何が違う?
「その思いがなければ、士郎君は何故今ここにいるのですか?」
「っ!!」
「心の隅で、自分自身や自分と両親の思い出、両親の分まで生きるという気持ちはなかったのですか?」
「………」
鈴の言葉を聞きながら校外に向かって歩き出す。
これ以上は聞いていられない。自分の感情を抑えられない気がした。
「士郎君!!」
「……どう感じるか、どう思うかは俺の勝手だ」
「………」
校外に出て道を右に曲がろうとする。
そして、俺は一度止まり、鈴の方を向いた。
「鈴」
「……はい」
「………ありがとう」
「……どういたしまして」
そのまま俺は歩き始めて家に向かった。
この日が、俺の人生の歯車に出来た歪みが消えて行くきっかけとなった。
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