第14話 吹雪のごとく

「いつからですか」

「出発前からちょっと熱っぽかったんだよな」

 首に両手で触れると、腫れている。


「それ、申告しなきゃいけないやつじゃないですか。前開けてください」

「脱がしてくれないの?」


 速攻でわたしの良い気分は台無しになった。

 隊長と入れ替わりで帰って来たレクサスは、高熱のラッセルをおぶっていた。無理して1日診療を続けた結果、歩けなくなったんだそうだ。


「すいませんすぐ脱ぎます」

 しつこいのがヒース、言わなくても聞き分けが良いのがラッセルだ。

 熱は39度を超えていた。子供と違い大人の高熱は喋るのも億劫おっくうなはずなんだけど。


「隊長が公民館に寄った時聞いたよ。昨夜は乳児診たんだって?」

 聴診器を当てて、肺や心音に異常が無いのを確かめる。

 小柄で優し気な見た目に反して意外と毛深い。ボサボサ無造作ヘアスタイルも、実のところ剛毛すぎて手に負えないのだけだとか。


「今日は開放骨折でした。…小さかったですけど」

「マジで?よくやったな。どうやった?」

「切除はほんのわずかだったので、教わった通りに」

「ちゃんと層を合わせたか?」


「はい、上手く縫合できたと思います。できるだけ早く病院に連れて行きたいのですが…。口開いてください」

 灯りで照らしながら口の奥を覗くと、予想通り扁桃腺へんとうせんが腫れて真っ赤になっている。


 薬箱を開けて薬包を取り出すと、「えーそれ違うでしょ」「それは苦いからヤダ」「もうちょっと考えてくれよ」と注文の多い事!

 これだから同業者しかも先輩相手はねー。


 ようやっと処方を決めると、氷のうを作って渡して、あとはゆっくり休んでもらうことにした。


 その時、ちょうどグレース様の寝室から出てきたヒース。トゲでも刺されたように全身の毛穴が開く。


 そうなのよ!今の今まで忘れてたけど、わたしが追い立てたヒースと、グレース様を二人っきりにしてしまっていたのだ!なんてことだろう…。


 いや、グレース様だって大人なんだし、たとえ何が起ころうとも自己責任ってことで構わないと思うのよ。

 でもでも、この状況どうする?何してた?なんて聞けるはずないし。


「ラッセルは?平気なのか」

 わたしが言葉を失って固まっているのに気付きもせず、至って普通のヒース。

「へ、あ、えっと、扁桃腺炎です。帰って来たの知ってたんですか?」


「レクサスに聞いた。今、下で飯食ってるよ」

 そう言って外套がいとうをかぶった。巡視に出るようだ。


「わたしも行きます」

「お前も飯食ってこいよ。それからレクサスと一緒に行動しろ」

「あ、あの、グレース様は…」

「今一緒に飯食った。なんか書き物してるよ」


 はは…。飯だけならいいんだけど…。

 さらりとヒースは出て行った。


 カウンターでレクサスと並んでご飯を食べて、グレース様には寝室のカギをかけるよう伝えると、わたしたちも出発した。

 もうすぐ夜8時だ。


「軍人になってこんな旅するなんて、思わなかったよね」

「うん。でもよ、行ったことない場所ってのはワクワクしていいもんだよな」

「そうだね、仕事で来れるのはちょっと得した気分」


 なんて話しながら歩いてたらね、運が良いのか悪いのか、どうして遭遇しちゃうんだろうなー。

 この暗がりの中なのにね、不審者がガラスを割って侵入していくところをバッチリ見てしまったのよ。


「今の見たよな?」

「見たよね?」

 お互いに頷くと、ナイフを抜いて二手に分かれる。レクサスは侵入口の窓から、わたしは脱出口になりそうなところを探り、そっちから。


 玄関は中からカギがかかっている。裏の勝手口に回ると、開いていた。元々開いていたのか、あるいは犯人が開けたものなのか。


 音をたてぬよう扉を開け、靴音がしないよう細心の注意を払い家の中に入る。空はすっかり晴れて月が出ていた。満月に近い月光を雪が反射し、ほの明るく感じる。

 構造が分からない家の中で、いつ強盗と鉢合わせるかって、考えただけでも怖いでしょ?もう心臓が壊れるんじゃないかってくらいだよ。


 その時ドン!ドドッ!と床を踏み鳴らす音が響いた。レクサスが飛び掛かったんだ!もつれているのか、激しい物音は続いている。

 音のする方にダッシュすると、ちょうど強盗もこっちに向かってくるところだった。


 ええーっ!ヤダぶつかる!そう思った時、とっさに目に入ったドアノブをつかんで扉を閉めた。

 どうなったって?強盗は間に合わなかったらしく、派手に顔を打つことになった。


「ナーイス!」

 その隙にレクサスが抑え込む。扉を開けたわたしは、しかし次の瞬間戦慄した。強盗は一人ではなかったのだ。


 かがんだレクサスの後頭部に向け、思い切り椅子が振り下ろされる――

「レクサス!後ろ!」

 素晴らしい反射神経で間一髪、椅子と頭の間に腕一本挟んだ。が、ダメージは大きい。床に転がされ形勢が逆転する。


 わたしはナイフを手に突っ込んでいった。ヒュ、ヒュと音を立てナイフを振るうと、椅子で殴った奴は後ろに引く。

 レクサス…起きて!お願い!


 退いた男の月明かりに浮かんだその姿は、記憶に新しい、盗賊団ジルバだった。強盗は強盗でもプロだ。

 後ろでは、ドアに顔をぶつけた奴がわたしに襲い掛かろうとしたところを、レクサスが足にしがみついて阻止し、再び二人とも床に転がりもみ合っていた。


 退いた男は踵を返すと、玄関へ向かう。逃げるつもりだ。

 そうはさせない!

 しかしそうではなかった。玄関を出た先に、なんともう一人いたのだった。まんまと誘い出されてしまった。


「またお前たちか」

 しかもそれは、あの頭の男だった。


 わたしひとりじゃ何もできないと踏んでいるんだろうね、二人とも特別焦った様子もなければ逃げようともしないし、攻撃しようともしない。

 しかもわたしの目の前で戦利品らしきものを頭に渡しているじゃないの。


 どうする…?

 そんなの、答えは決まっている。このまま見逃すわけにいかない。


 もう一度ナイフを握ると、一直線にわたしは頭の男に向かった。軽い足取りで避けられる。3回避けたところで、脚が飛んできた。

 見える!わたしもステップでかわし、もう一度切りかかると、今度は掴んで来ようとしたので、間合いを取った。


 するとそこにもう一人が掴みかかってくる!反応が遅れ、しまったと思った時、後ろから何かが突進してきてそいつを突き飛ばした。

 レクサスだ!一人目を戦闘不能にしたんだ!


 1対1×2になる。

 頭は素手のままだった。


 …わたしじゃ敵いっこない。可能性があるとすれば、レクサスと2対1に持ち込むことだけど、向こうは向こうで接戦だ。

 いや、レクサスが負けている。雪へ転がったところに集中打を浴び、これでもかというほど蹴飛ばされている。


「程々にしておけ!商品にならなくなるだろうが」

 人身売買も手掛けてるってわけね。わたしなんて絶対売れないから!なんせ「どっちが前だか後ろだか分かんねぇな」ですからね!


 頭に鋭く言われ、その男はようやく攻撃をやめた。いくら打たれ強いレクサスとはいえ、さすがに心配になる。

 って、人の心配してる余裕は無い!こっちが2対1になってしまったじゃないの。


 視線は頭に向けたまま、わたしはじりじりとレクサスの方に寄った。

「レクサス!レクサス!レクサス!!しっかり!起きて!」

 できるだけ騒ぐことも忘れない。街中に響き渡せるつもりで叫んだ。

 当然の流れで、レクサスを殴る蹴るしていた奴が、今度はわたしに向かってくる。


(ナイフだけで決着つけようとすんじゃねぇよ。もう片腕と、両足も忘れんなよ)

 そうだ、全身を意識して。毛穴開くつもりで神経張り巡らすんだ!


 避けながら攻撃を繰り出すけれど、あっという間に手首をつかまれてしまった。

 けど諦めないよ!!


 股間を狙って思いっきり蹴り上げる。そして剛腕に全力で関節技をかけた。これは効いたようで、声を上げて男は手を離し、動きを止めた。


 チャンス!全体重でナイフを突き刺そうとしたその時、

「メグッ!」

半身を起こしたレクサスが叫ぶと同時に、後頭部から背中にかけ重たい衝撃に襲われる。


 全く無防備な状態だったから全身に響いて、そのまま膝から崩れ落ちてしまった。

 背中を踏みつけられ、腕を取られる。あらぬ方向に固められて、苦しさと痛みに叫んだ。


「おいッ!よせッ!!それ以上やめろ!」

 立ち上がろうとするレクサスを再び、こちらも股間キックから立ち直った男がぶん殴る。

 鼻血を出して、押さえつけられてなお、レクサスは諦めなかった。


「武器を捨て投降しろ。商品価値が下がるからな、俺たちも手荒なマネはしたくない」


 …この人たちにとって、わたしの腕の1本や2本折ることなんてきっと造作もないだろう。情けないけど、怖くて涙が出そうだよ。命乞いしろって言われたらしてしまうと思う。


 けどね、半端な気持ちでここまで来たわけじゃない。わたしが普段いるのは、訓練中に人が亡くなることすらある場所なんだから。

 わたしはまだ、死と隣り合わせの状況下で隊長たちのように冷静にはなれない。けれど、ほんの少しは死の恐怖と向き合いながら、ここまでやってきた。


 こんなところで終わってたまるもんか!絶対に、絶対に諦めない。どんなことをしてでも生にしがみついてみせる。


 レクサスは武器を捨てたが、その目は怒りに爛々らんらんとした光を放っていた。後ろ手に縄で縛りつけられる。

「言う通りにしたろ。メグを放せ」


 頭の男はわたしの手を縛ると、襟首をつかんで引き上げた。「痛ったーい!」と声を上げて大きくゴホゴホしてやった。

「あっ、テメェ、商品なんだろ、もっと丁寧に扱えよ」

 若干棒読みだけどデカい声でレクサス。


「静かにしろっ」

 二人ともぶん殴られる。


 本当に痛ったぁー!!あごに入る。一瞬目の前が暗くなったけど、気は失わなかった。けど口の中がまた鉄臭い。

 さっき後頭部を殴られた時、既に口の中は切っていた。これ、顔にアザできると思うんだけど。商品なのにねぇ。


 と思っていたら、また頭に口酸っぱく言われていた。どうしても手が先に出てしまうタイプなのね。

 二人とも口に布を噛まされた。


 既にこれだけ騒いでいれば住民も何事かと気付くはずで、さすがに加勢しようといいう人はいないけど(もちろんそれでいい)、灯りがついた窓が増えていることにわたしは気付いていた。


「引き上げだ」

 彼らも気づいているみたいね。男がピュイィィイィィーと口笛を吹く。波のように抑揚があって、盗賊どもとは思えぬきれいな音色。

 すると、どこからともなく次々と賊が現れる!その数10名。


 しかしそれが仇となった。

 ジルバはわたしたちの手足を縛り付けると、丸太か獣のように担いで去ろうとした。

 けど、わたしの目はちゃんと捉えていた。群青と深緑の外套をたなびかせ、吹雪のように疾走する二人の姿を!


「敵襲!」

 そう言ったのはわたしの脚を担いでいた奴。わたしたちを雪に放り投げて戦闘態勢をとる。

 痛ったーあ!腰が死ぬわよ!


 放たれる弓矢をかわし、突っ込んできた勢いそのままに隊長のナイフが1人目、2人目と脚を裂いていく。

 悲鳴を上げ、賊どもが反撃しようとするも、殴りつけ蹴り飛ばしながらの隊長に手も足も出ない。

 その隙にヒースが駆け寄り、わたしたちの手足の縄を切った。


「退却!」

 頭の声に、先頭部隊は一目散に駆け出した。すると先日の戦闘からずっと素手だった頭が、ようやく剣を手にしたんだ。


 息をつく間もなく隊長が詰め寄り、刃同士がぶつかると、拳で殴りつけた。頭も同じように反撃する。

 縄を切り終えるとヒースもすぐに戦闘に戻り、遠慮なく戦闘不能にしていく。


 わたしだって退却などさせるかと思ったけど、武器が無いんだった。でも、手負いの輩を縛り上げることならできる。


 筋肉や健を切り裂いて戦闘不能に追い込むのが、市井でのわたしたちの戦闘スタイルだ。犯罪者とはいえ殺しまくっては軍法違反。戦争じゃないんだからね。法の下に裁くのが基本だ。


「ゔおぉぉっ!」

 白い息を吐きながら、頭の男が怒号を上げて隊長へ切りかかる。体から湯気が立ちそうなほどだ。


 対する隊長には一切の感情が感じられず、まさに静寂そのもの。

 見切ったかのように最小限の動きで斬撃をかわすと、剣を持つ右腕の内側と、太腿の内側を連続して切り裂いた。


「うぐうぅぅッ…!クソッ!」

 だが頭の男は倒れなかった。あっという間に服に血がにじんで、ポタ、と雪に赤い点々が描かれる。


「投降しろ。仲間の手当もしてやる」

 見れば、痛みで動けぬ奴や気絶させられた奴が何人も転がっている。対する隊長とヒースは無傷だった。逃げた奴らもいるが、既に勝負はついている。


「フザけんな…」

 頭は剣を左手に持ち替え、振り返って逃げようとした。しかしそれよりも早く、隊長がその太腿にナイフを突き立てた。

 絶叫にも似た悲鳴がこだまする。思わず顔を反らしてしまった。


 引き抜いたナイフには血が絡みつき、男が転がった地面はみるみるうちに雪が赤く染まる。

 いつも通りの、感情を削ぎ落としたかのような隊長の顔。だが冷酷に見下ろす姿は、圧倒的な氷の山のようだった。

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