青空の密度

またあえる日まで

 人形のようだったその顔は、白布の下でより一層うつくしく保たれているらしかった。


 燃えるような暑さのせいか、喪服を脱ぎうちわを煽いでいる人が、ひどく憎たらしかった。彼の目の前で静止していないことが、憎たらしかった。


 微かな嗚咽が耳に入る。


 それは自分のものでも、親族のものでもない。もっとも、片親をなくした彼には母親と叔父くらいしかいなかった。


 女生徒は、とうとう声をあげてむせび泣き始める。おそらく彼のクラスの代表とかなのだ、パリッとしたブレザーが彼女の肩をさする。


 ぼくは、ぼくが顔をしかめていることに気が付く。


 気付き、顔を落とす。


 あつい。


 ここは、眼に涙を溜めるべきなのだろう。額から落ちる汗が頬をつたう。


 そう、ぼくと彼は、とても親しかったらしい。

 だけど、渇いたぼくの身体からは、涙さえ搾り取れないどころか、悲哀の感情さえ滲みはしない。

 あるとすれば、美しい作品がこの世からなくなってしまったことをしむほどの。



 だってぼくらは、とうに二度会えぬ別れを告げたのだから。






 もともとこの葬儀には来ないはずだった。けれど、どうしても行かなければならない理由があった。


 彼の母親は穏やかで優しい女性だった。彼女は乱れた髪で、黒をため込んだ隈で、小刻みに震える唇が、直接見送ってやってほしいと訴えたのだ。

 だがそれ以上に、彼がぼくに遺した遺書というものは、今日までの数週間の間ぼくの心を縛り付け苛むのをやめなかった。


 いまポケットの中に入っているそれは、単に重く感じるというより、ぼくをこの空間、時間にひきとめ離さないように感じさせる。


 そもそも、彼がどうして死を選んだのかすらわかっちゃいない。


 ちょうど美しい花が風に吹かれて花びらを落とすかのように、儚くいのちを散らすのだろうと思っていた。


 よりにもよって、睡眠薬をたくさん飲んで、命を絶ったのだという。

 だからこそ、ぼくは彼の一回きりの死に立ち会いたかったと思ったのだ。


 美しい手のうえにたくさんの薬をのせ、懸命にのどに流し込もうとする。胡乱な意識で、時計を見て自分が死ぬまでを数えたり、自分が生きた時を思い出してみたり。すべての動作が、時間が、「死ぬ」ためにあったのだろうか。




 外にはいまだ燃える陽ざしが降り注いでいた。

 空を見上げ、入道雲を呑み込むようにあくびをした。

 あくびをしただけなのに、


「さようなら。」

もう何度目かのこのことばをつぶやくと、視界が自然に滲みはじめた。

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