ファンタジーポルノ☆かんばせーしょん
あいざわひかる
一章・発端
過去、幾星霜。
見ている者たちが飽きるほど、復活を繰り返した魔王。
それも30年前、特別な存在である勇者に滅ぼされた。
つまりこの世界には、
二度と魔王というものは現れない。存在しない。
今後も魔王の因子、その残りかすだとか、
関係ないけどそう名乗ろうかな、
という者はいっぱい居るだろうけれど。
お疲れ様、
冒険は終わった。
人々は到達した。
多くのダンジョンは踏破された。
最後には巨悪が滅ぼされる世界。
この世界、ネオファンタジアの世界は、
しかし未だに過去から逃れきってはいなかった。
ある日の午後。
日はさんさんと輝いている。
大きな木の傍にガイコツがあった。人骨だ。
誰のかも分からないし重要でもないガイコツ。
その身体の方は草陰にあって隠れている。
死後かなり時間が経過しているようだ。
男か女かどういう者か、もはや関係ない状態になっている。
道端のそれへ手を組んで祈る男。
「お祈りですか」
「……そうだ。少しでも」
金の模様の走る青いマント、なかなかガタイの良い男だ。
少しして緑咲き誇る街道に戻り、男が二人は歩きはじめた。
だるそうに背中に荷物を背負う黒ずくめ黒髪の若い男と、
ガタイの良い男の方は背筋もピンとし、
さきほど、俺はカイルダーン。と名乗った。
「シュナイヴ君。君は何歳だ?」
「今年で24歳です。はー、太陽が暑いですね」
黒ずくめだが、汗をはらう手には生地の薄い白い手袋をしている。
「物語を作るために旅をしているんだって?
俺は驚いたよ。そういう理由で冒険をしようとする者が居るなんてね。
魔王が斃れて、30年……。
なぜ背徳に身をゆだねる若者は後を絶たないのか」
小さい鳥が、ぴぴぴぴと可愛らしい鳴き声、飛んでいく。
「背徳……? そんなのは……。始めたばっかり、人それぞれですよ。そんなの」
「そうなんだが、最終的な目的と言うか」
「最終的というか前提というか、
戦いは嫌なんだ……。そうなることもあるけど。
正義感のある騎士や冒険者は、生き物を殺しまくるよりも、
物語を作る方が悪いと思ってるんですよ」
うなずくカイルダーン。
「当然だと思うがな。まだまだ魔物だっているし、
戦いも、本当ならばより良い世界の実現のために……することだ」
「ええ。あまりこんなことしてる人いないでしょう。
だから儲けられる未踏の世界になってるんじゃないかと思ってます。
変わった話やおかしな話もいっぱい集めておきたい。
そうして作った物語を売れるようなところがあれば……」
「ふーん……、先行き、期待できそうかい?」
その言葉にシュナイヴは少し笑った。
貴族の息子かという顔立ちだ。高い鼻、白い肌、美男子である。
「とにかくついに出来そうな仕事だと思ってて。
でも実は字が読めないんですよ」
驚くカイルダーン、
「この国の字は、読めないのか?」
「はい……前は、前は、読めていたんだけど、
……何故かだんだん読めなくなって」
勉強もなくはじめから字が読めないのはあたりまえだが、
物語のタネを集めてだんだん読めなくなってきたとは。
おかしなことを言いだした。
「何故そんなことが?
目が悪いせいではないのだろ」
「目のせいじゃないです。
前は読めていたのに……。理由はオレにも……」
「単純な疑問だが字のことはどうしている?」
「人に頼んだり、日出国の言葉で……」
「まだ知っている言葉があるのかね」
「はい」
「しかし一度は読めたものが、読めなくなるなど」
「ほんとですね……。頭の中で何かが引っかかってるのかもしれません。
こうなってから何年かたってます、何のせいなのか……はは」
シュナイヴは頭を振った。
カイルダーンは話題がてらに小さく提案。
「占い師か呪術師に見てもらったら、いいかもな」
「そんな事で治りますかね。遊びの占いくらいならオレだって」
「いやいや。『本物』に当たれば糸口になるかもしれん」
「そうだったら嬉しいですね。お金がないけど」
よっとこせ、背中の荷物を置くシュナイヴ。
カイルダーンは立ち止まって森へ続く道を指さし、
「あぁ俺こっちだから」
「じゃ、お別れですね。オレはここで馬車を待つんで」
「そうかい。どれ、運動のためにちょっと走っていくかな。
これあげるよ。――まぁ、また会おうシュナイヴ君。会えたら」
カイルダーンはシュナイヴに赤い袋を手渡した。
この青年は大丈夫だろうか?
危ういものをみたような気持ちになって、
カイルダーンはこの青年を少し助けたくなった。
白い手袋を着けた手のひらの上に乗る赤い袋。
「エルフの国で買ったんだけど、君の方が必要そうだ」
「いいのかな? ありがとうございます」
正確にはエルフの国というものは無い。
いやいや、ある。
矛盾が出たところで詳しく記すと、有力な国は三つ。大三国という。
今いる場所の西の大陸、
人間という言葉の元になった人間族(ヒューマンビーイング)が、
大昔から争って、やっと大陸を統治して君主制を敷いた『栄光最終国』。
他種族もごった返す大都市がいくつかあり、人口も土地も大きな国だ。
次に、耳長の愛らしく綺麗なエルフ族の集まり。
海を挟んだ大陸に最終国よりも大きな範囲で暮らす彼らには、
元々あまり国という概念が無く、広がる山と森の幸を貴ぶコミュニティ。
この集まりを対外的に便宜上、国としている。
名は『レイセオンの連盟』。部族の長『王』たちが集まって政治を行う。
連盟というが国としての機能を持っていて他国からも認められている。
他種族は相当の貢献をしないと連盟員(国民に相当)として加入できない、
――と昔は言われたが、今は情熱があってうまくすれば入れる。
そしてレイセオンの大陸の近くにポツンと浮かぶ国土の小さい国。
ミステリアスな鬼族(シャオグイ)が、
天皇を擁する『太日出国』。海に囲まれている美しい島国だ。
独自の珍しい道具を作るほか、他国の日用品も作って小国としては儲けている。
手に渡されたものを見る。なかなか高そうな赤い袋。
小さな森の方へ走っていったカイルダーン。もう姿が見えない。
シュナイヴは馬車が来るのを待つため、荷物を置いた傍に腰を下ろし、
「何かな」
貰った赤い袋をチェック。
中身は――保存食と200グラムほどの金塊だった。
シュナイヴ、
「うーん? 金塊とは」
と顔をゆがめ荷物を置いたまま、
駆け足で森の入り口を目指して走る。
「はっ……はっ……」
森の入り口から道が整備されていて、その道は遠くまで見える。
が、居ない。
「おっ? おーい、間違えてませんか! 居ないな」
カイルダーンの姿は見えなかった。もう少し進んでみるか躊躇する。
「足が速すぎるなぁ。オレも少しは自信あるけど、だめだ……戻ろう」
馬車を待っているので、少し駆け足して街道に戻ってくると、
「おい、兄ちゃん、乗るんじゃねーのか! そこの兄ちゃん!」
離れたスキを突いたかのように、すでに馬車が到着しており、
荷物を置いていたのでそれを見つけたのか、
待っていてくれて声をかけてきた。
「すみません、乗ります。……うーん、ギルド面接に間に合わない。
もしかして本当にくれたのかもしれないしな。行かないと」
小さな、といっても貴重品だが、
板状の金塊をくるくる回して赤い袋にしまう。
赤い袋を拾い上げた自分の荷袋にしまい込む。
馬車に向かって乗り込むシュナイヴ。紙を取り出し乗り手に渡す。
「ここまでお願いします」
「次の町のギルドか。まぁすぐ着くよ。夕方までにゃあな」
「今、昼ですけど……」
面接が間に合わないかも。
「面接は夕方まで……」
シュナイヴのボヤキに、御者は待ってやったのにちょっと突っ掛かられたと思って、
「今……っつったって、今だって正午じゃねえだろ。それがどうしたっ。
男がガタガタ言うなっ! いくぞっ」
馬に鞭を、準備のような一度と次に景気のいい音がする。
ヒヒン! ブルブル!
2頭の馬がいななき、カポカポと歩き出し馬車が進みだす。
馬たちが御者を入れずに4人乗りの馬車を引っ張っていく。
いまのところ何の問題もないけれど、
国営で、馬2頭にしては車が小さい。
「おい、馬2頭にしては車が小さいだろう。
近日、新しいのにする予定だ」
「えっ、そうなんですか。ハハハ……いや、失礼」
ちょうど考えていた話が出たのでおかしかった。
少し揺れだすが、心地いい揺れ。平らな道だ。
間に合えばいいが、もう馬車は動いているから焦ってもしょうがない。
乗客は気を取り直したシュナイヴだけ、
彼の新しい冒険は始まったばかりだ。
二時間ほど進んで、ギルドのある町までは、
さらに一時間ほどかかる地点。
少し太陽が陰ってきている。
大木の下、静かな所だ。小さな声で独り言をいう少女。
ひゅ、と風が吹いてスカートをめくる。若い細い足、薄い灰色の下着。
「……。私は、自分のホムンクルスを落としてしまいました。
あの子は、何もかも忘れているのに……。お母さんが今、行きます」
ホムンクルスとは。錬金術師が作る人工の人間であるという。
熟練すると他の種族も作れるというが声の主はどうであろうか。
やってきた馬車が手綱に操られ、止まった。
独り言をいうのは魔女そのもの、
深い紺色の帽子とマントに身を包んだ少女。
マントを留める紫色の宝石は、
魔よけの色であり神を讃える色、
アメジストだろうか。
少女が馬車に乗り込む。
大きな荷は持っていない。
近くに人の家もない、たった一人どこから来たのだろうか。
御者はいつの間にかちょっと馬車から降りていて、
馬の気持ちを休ませようとしているのか、馬を撫でながら、
乗り込んだ少女へ大きめに声を掛ける。
「そこの人、どちらまで?」
「次のギルドまでお願いします」
「次の町ね、はいよォ」
「……」
シュナイヴは馬車の外を覗いていたのをやめ、少女を見る。
「オレとおんなじ場所だ。
キミ、魔法使いか魔術師だろ?」
「……ええ」
向かい側にも席があるが、そっちにシュナイヴが荷物を置いてたので、
「……」
「あ。座れないだろう、荷物どけよう」
「構いません」
「え? ……、お」
少女はシュナイヴの隣に座ろうとする。
少しドギマギしたが、むしろ良い事だ。
美少女が隣に座るのは良い事なんだから。
そうやって気持ちを落ち着ける。簡単だ。
「ぼ、帽子が当たるじゃないか」
紺色のマントに包まれた小柄な身体。
それがシュウの骨ばって長い指に触れる前に、
魔女の帽子がシュナイヴの頬をノックしている。
ガシガシ……。
「あ、すみません」
少女が帽子を外すと帽子は小さくなって、それをもう一度被った。
「私はイフロム。そう呼んでください」
小柄な少女。髪の毛は栗色で襟首あたりまでの長さ、瞳の色は真っ赤だ。
「イフロムさん。オレはシュナイヴ。じゃあ、シュウって呼んでくれ」
「はい」
「行き先、オレと一緒だね。
オレは今から、加入の許可を願い出るんだけど」
シュウは、町娘よりずっと可愛い少女が隣に座ったので気持ちが華やいだ。
イフロムは宝玉もこれほどでないという瞳を瞑り気味に薄眼を開けて、
「そうですか。赤い袋を貰ったでしょう?」
先ほどシュウがカイルダーンという男から得たアイテムだ。
「えっ? 誰も居なかった……。
彼以外知らないはずだ。あ、あとをつけてたのか?」
「どうやって?」
「え? ……。
君はオレが馬車に乗ってから、後に現れた……。分からない」
だが。そもそも力のある魔法使いが魔法を使ったら、
こっちはもう何も分からないはずだ。分が悪い気分。
「……占いですよ」
占いと聞いていぶかしむ、とはならないで喜ぶシュウ。
「へぇ! 占いか。なら仕方ない。オレは奇譚を集めてるんだ。
良かったらやってくれないか。君のは何占い?」
「教えてあげましょうか」
イフロムの赤い瞳は怪しく輝いた。座りなおし、
細く綺麗な右手をシュウの目の前にかざす。
「いいね。何か、神秘的なやつか?」
「ええ。過去の記憶を。まずは、
一回占っていきましょう。……ホログラフィック」
呪文だろうか。
「たのしみだ。……わぁ」
魔女の幻術だ、馬車の中が星空になっていく。
席について手綱を握った御者からはなんともないようで、
次第に馬車は進んでいく。
「アナタはこの国の字が読めませんね。
物語を集めるのにそれでは困ります」
「よ、読める字もある……」
「日出国の文字は多少読み書きできるようですが、この国の言葉は書けない。
途中まで読み書きできていたようですが、出来なくなった。
その理由は、過去の記憶にあります」
どういうことだろう。
「か、過去の記憶……それが?」
「過去の記憶が、ところどころ壊れてしまって……失っているからです。
あなたはそれを何の支障もない事として生きている」
驚くシュウ。
「故郷の記憶さえも薄らいでいる。
物語を集めていれば、それもいつか思い出せると思っているんですね。
けど、そのまま思い出すことは絶対にありません。助けがない限りは」
「その……助けって?」
「それはまぁ、時がたつにつれて、明らかになります。
助けてくれる、その一人の話をしましょう。
文通している人が居ますね。
貴方は憧れているようですが、相手はいつか本当に貴方を……」
「そ、そうだ、文通、している。ほんと……図星だ。
君はホントの占い師? オー……。さっき占い師の話をしていてさ」
実際、記憶を失いながらそれを気にせずに旅や文通をしているとは可笑しいが、
シュウとしては誰にも相談できず。
それでも大事なことは覚えているつもりであった。
少女は苛立ったように、
「……それからっ」
「もういいかな、怖くなってきた。ほんとに怖くなってきた」
「……」
イフロムは無言でとんとシュウを肘でついた。
せっかくしているのに、と少し怒ったのだ。
もともと二人は馬車の中に居たのであり、
星空の世界は薄れていき、周囲の見た目もそれに戻っていった。
やはり馬車はなんの変哲もなく、
道をしっかりと進んでいく。
シュウは外を確認したくなって首を動かしたが、
イフロムは淡々と言う。
「怖くても、記憶の無い無機質な世界よりはずっといいでしょう?
貴方は実際にも哲学的にも、ちゃんとした人間です。
もっと知りなさい。
教えることがありますから……」
「で、でもさ……。すごいな?
ほんとに教えてくれるのか」腕を組むシュウ。
「ええ、ただです。
お金が無い人からは受け取れません」イフロムは笑って言う。
「少しだけは……」
「いりません。旅の楽しみに。偉大な秘術を授けてあげます」
シュウの革製の黒い服を引っ張ろうとしてうまく掴めずに止め、
その黒いネクタイを引っ張ると、額をくっつけて言う。
「整合させるストラクチャー・イン。ニューロンを」
「ん、……うんん」
シュウは一瞬、反射的に目を閉じたが、その目を開く。
シュウから見て少女の顔がキスでもできそうな近さだ。
青年と少女の額どうしがぴったり、くっついている。
イフロムの赤い瞳のように周囲が薄暗くなり、
オレンジ色と赤みを帯びている。
「……」
額を離し軽く頬を染めてイフロムは言う。
「色々なことも近いうち思い出せるでしょう」
「? あ、ありがとう……」
礼を述べるシュウも上気している。馬車の御者からヤジ。
「けー、出会ってすぐいちゃつきやがって! つきました、お二人さん!」
「ええと」
「ここでしょう? 下りましょう」
馬車の外は、すでに夕方の町であった。
近くに川が流れ東部には温泉があるベルゼの町。
レンガの家屋に紛れて何故かたまに木造の家屋がある。
ぽつぽつと明かりがともる。
もう人影は少ないが家屋の中から明るい人の声がする。
この町からそう離れていない場所に小さな洞穴と神殿があり、
神殿の地下には大きなダンジョンがあるが、
大昔に攻略され切っているという。
はーっと御者のおじさんがため息、
「最近じゃ、額をくっつけるのがチッスの代わりかねぇ。
50分間もくっついてたかぁ」
確かに。目を閉じて開けただけのはずだが、
太陽を見ると思ったよりも時間がたっているようだ。
「そ、そんなにしてました? オレ、たち……、
あ、あたた、……体がこわ張ってしまった」
「おうよ。クソーッ。もう乗るなよな!」
「……」
少しショックを受けるシュウ。二人が下りると馬車は少し進み、
「冗談だよ!」
と御者のおじさんが乗り出して叫び身体を引っ込めて走り去っていく。
「冗談か、良かった」
小さな馬車だが、今のシュウにとっては重要なものだ。旅には必要だからだ。
代金はとられない、国営で営利的なものではない。
シュウの手を引っ張るイフロム。
「あっちですよ」
心地よさと薄寒さを感じる夕方の町。風が吹いている。
会ったばかりの二人で不思議な事だが、
まるで散歩のよう歩く。
「シュウ、レンガの町でどうして、
木で出来た家屋がたまにあるのでしょうね?」
「他の国の大工が住んでいるのかもしれないね」
「あぁ、そうですね。久しぶりに来ました」
「オレは初めて……」
「ここは秘密のお店があるんですよ」
「へえ。高いんだろうね」
山も近く丘にあって起伏の多い町、三分ほど町を歩いたら、
「ギルドに着きましたよ」
「あー、詳しい場所は知らなかったんだ。
ありがとう」
「ええ。もう少しで気が狂う所を助けてあげたのです。
私は本当に偉いんですから。何よりもどこまでも……?
シュウ、今後よろしく」
「えっ……狂う? 何を」
「ここまでくるだけでも精いっぱいだったでしょう。
私が付いて行ってあげますよ。ふふは」
「ええ? ……は、あ……?
そういえばそうだったなあ……。なんか怖い子だ」
そういえばそうだったなあ……。というのは、
シュウが今の目的を見つけるまでに、
そのうまくいくかどうかも不明瞭な目的を見つけるまでに、
多くの盗難と数度の瀕死状態に陥ったことである。
詳細に記す価値は低い出来事だが、彼には重大な出来事だ。
冒険を始めるその前に、そんな目に遭っていて力が落ちている。
そのせいで、腕のいい冒険者なら中堅どころの年齢に達しながら、
まだ冒険者でさえないシュナイヴは、
根本的なやる気というものが出ない事がある。
少し記憶が戻っていた。――。
しかし記憶は……信頼できない語り手。そんな言葉が浮かぶ。
信頼できない語り手とは物語の手法であり、
登場人物ごとの見識や受け取り方が、
作中の事実と異なることを活かすことを指す。
話を集める途中で知ったのだと思う。きっと他にも忘れていることがある。
「でも、オレに?」
「あなたに」お花のような可愛い子にも見えるし、ひねまがった強さも見える。
「しかし、わたしはイフロム、
ついていく、とはどうして?」
当然な疑問。
イフロムは思う。この人は途中で自分の人生に、
耐えられなくなったから、だんだん記憶を失ったのだ。
それはしょうがないことだ。人間として生まれても、
全員が同じ風に生き抜いていけるわけではない。
「なに? どうかしました? ……あぁ、背が高い」
見上げるイフロム、身長は156センチ。
シュウは180センチ。
「イフロムさん。オレ、だまされてない???」
「いいえ。酷なようですが、
今の貴方は一人で生きていく力はありません。私が必要です」
「それも占い? ともかく、面接があるから行こう」
「はい」
「夕方だけどギルドは夜もやっていないか?
酒を出したり。
まだ入れるかな?」
近づいても窓から明かりは見えず、しーんとしている。
始まる前に時間切れか。
イフロムが急かす。
「早く。もう少しで閉まりますよ。
早く。外で待っていますから」
「うん……。あいさつだけでもしてみよう。
一緒に入らなくていいのか?」
馬車でのイフロムはギルドに用がある様子だったが、
そうではなかったようだ。シュウだけ入れようとする。
「いいから」
「押すな……」
シュウが中に入るとガラガラに空いている。
誰も居ない。やはりイフロムも入ってこないので、扉を閉める。
壁沿いにはいくつも魔法の明かりが点いている、それでも薄暗い。
少し幻想的である。
誰も居ないので、とりあえず荷物を適当に置いて入っていく。
猫の耳を生やした女の子が一人で受付、ちょんと座っている。
「いらっしゃいニャン。もう閉めるところニャ~……でもいいニャン。
お客さん? ご依頼かニャ」
とても可愛い少女だ。猫の耳とは獣人かソウル保持者だろう。
大昔と違い獣人は特別ではない。人間族に分類されるので詳しく記さない。
ソウルというのはあらゆる生き物がもっている魂ともいえるが、
異種族のそれを得て強化がなされていくと、
人であっても他の動物の耳や尾が生える。
ソウルは非常に優れていて人間が得するだけのものもあるが、
人間をひたすら堕落させるだけのものもある。その中間もある。
強力になるほど、それを制御できるのは特別なものを持っている人だけだ。
できない人は怪物になってしまうだろうから、こんな所には居られない。
この猫の女の子は獣人かソウル保持者か分からないが、
ひょっとすると普段は受付じゃないのかもしれない。
いや。名高い冒険者かもしれない。
「あの、面接に……」
「ああ~。シュナイヴさん。手紙くれてた」
猫の女の子の笑顔は親しげだった。
「はい、あ! あなたが読んでた……んですか」
いま気が付いたことだがシュナイヴとこの少女はずっと、
ギルド所属の冒険者と、それに憧れる者として連絡を取り合っていた。
シュウとしては顔や性別などは知らなかった。
少女の方があえて書きもしなかったのだ。シュウの方はさらけ出して書いていた。
先輩の方が年下であろう事に驚くシュウだが、少女の方は飄々としている。
「そうですニャ。文通でしたね? うふふ」
「じゃあ、連絡を取り合っていたのは、キミ、あなた……だったんだ」
「どんな冒険者だと思いましたニャ?」
「うーん。翻訳してもらって、それが無骨な文体でしたから。
ソウルを操る無敵の冒険者、
男の先輩だと思い込んでました。でも可愛い耳です」
やめてと手を振っている。
「ちょっと大げさに書いちゃったニャン。
ボクからは……思ってた通りの人ですニャ。シュナイヴさん」
「それはどういう……。
ギルド支部ですよね? こんなに空いてるものですか?」
「この支部は……ヒマなのニャ。面接どうぞ~」
「はい……。あの手紙、女の人が読んでるとは思ってなかったから、おかしな話を……。
それに今日来ても、はんぶん直々に怒られるのかと思ってました。失礼しました」
「いえ~、だったら呼びませんニャ。
裸の忍者の話、うふふ、けっこう気に入ってますニャ~。おかしい!」
「ええっ、ほんとですか」
馬鹿話の一種である。多くの魔法を修めた男が魔法使いを辞め、
忍びの道を志したところ頭角を現し、魔法忍者が誕生したという始まりだ。
魔法忍者誕生。強い忍者、彼に敵の攻撃は当たらない。敵の手段も罠も見つける。
さらに、その術は魔法と周囲にある物の利用だから戦闘でも事前に何もいらない、
ドラゴンと死霊と罠が同時に襲い掛かっても全裸で応戦できる、という話。
確かに居たら面白いかもしれないが、
最後は魔界に突入したらしいので会えないだろう。馬鹿な話だ。
(他にも恐怖とエロの話も送っちゃったよな~。
なんか、1ギルやるから帰んなとか言われるのかと……。頼む)
始まる前に、面接はもう始まっているぞ。そういう言い方があるが今そう感じた。
案内されると奥の部屋は広くはないが受付よりも明るい。
この部屋は魔法で明るいようだ。
布に、ある木から取れる発光の魔力を逃さないように込めて、
幾重かにして天井に貼ると部屋が明る準備ができる。
それはランタンの炎と魔法的につながっている。
だから点火すれば天井も光る。
もしランタンを消すと上の明かりも消えてしまうが、
また点火すればいい。そういうものだ。
入口の棚には大きなランタンの他、
ドラゴンに打ち掛かるナイトの小さなブロンズ像があり、
あとはティーカップ、大きいボンボニエール(お菓子入れ)。
それを尻目に入っていくシュウ。
大きな窓がある。夕日が沈んでいくのがよく見える。
外は橙色と紫の薄暗い色が溶け合う。月が出てきた。
窓を背にティーポットを持って猫の女の子は笑った。
「じゃあ改めまして。ボクはフォエン……、
今はこのギルド支部の全権を持ってるニャ。カップを取って」
カップを取ってというので、
シュウがティーカップを取る。すると、
女の子の手でポットから注がれてお茶が出された。
熱く湯気が出ている。手前の椅子に座る。
硬い椅子だ、身長に合っていないので余計に固く感じる。
奥の方にもあり、合わせて2脚の椅子。
2脚なんて言わないか。
椅子が2つというのが口語的で良い。
奥の方には彼女が座るのだろう。
猫の女の子、フォエンはポットを置きに戻るとき、
尾っぽをシュウの鼻先にゆらゆらと動かした。
空いた手にお菓子を渡される。
「どうぞ~」
お菓子は確かマカロンとかいう、これはピンク色。
ピンクの外観で中がチョコのようだ。両手がふさがった。
これを食べるかどうかを試しているのであろうか。
何かの作法でお茶を少し残せば、
この一杯で結構ですという意味になるとか。
それで何を見極めてくるんだろう。
シュウの座った椅子と空いた椅子が向かい合っているので、
座るんだと思うが、なかなか座らずに、彼女は尻を揺らしたり、
尻尾をシュウの鼻先に近づけたりして遊んでいる。
「あっ、あのー? 面接は……」
「あ~。しますニャ。
あなたはどうして冒険者になりたいのかニャ」
それから、という様子で、
尻尾でシュウの鼻先を丁寧に撫でまわす。すとっと椅子に座る。
シュウはくしゃみをするほどではなく、
鼻をひくひくさせながらマカロンをかじり、
「ウン。どうして冒険者に……ええと……はい。奇譚を。
変わった物語を集めてまとめて売ろうと思っているんです」
これは仕事になりそうだからだ。
「手紙にも、そう書いてたね?
でも、変わった物語、
というのを集めている途中で事件があったらどうするの?
魔王が倒されてもまだまだこの世界は危ないんニャ」
明るい部屋で良く見ると猫の女の子フォエンは、肩までの薄紅色の髪、
ギルドの紋章と赤いリボンのついた茶色のブレザー、
金の模様のある灰色のミニスカート。
白いタイツをはいてはいるが、
椅子に座ると大股を開いて見せびらかし、
身体が柔らかいでしょ、どう、下着は見えていないけど、
とでも示すように狭い部屋ながら足を左右に伸ばしたり組みかえたりしている。
形がくっきりと見えている。
「じっ。事件ですか? ど、どういう?」
ちなみにシュウは――美少女からの、こういうの、うれしい。
困惑するが。終わるまで逃げ帰らない。
「おはなしみたいな……。例えば、とっても珍しい魔界の秘術を今、
一人の可哀そうな村の人が強制的に受けさせられたり。
さんざん悪事を行ってきているのに誰も倒せない怪物とか、
逆にザコ同然のモンスターにさ、か弱い女の子が……。
滅茶苦茶にされちゃってたり……?」
何でこんなことをする?
金色の瞳はシュウを見ている。
ミニスカで、まぁ、白タイツがあるとはいえ、
恥ずかしさよりも優し気なあどけない笑顔。
目のまん前に、美しい足をVの形に開いて、密室だからか大胆に。
まるでただ、座っているだけ、という顔。
椅子に両足を置いて座り、クスッと笑う。
これで何をはかるのか。とても試されている。
「ふぉ、フォエン……さん……。うー、……ん。
それは……オレの探すお話しになります」
オレは、最後まで帰らない。
「ニャン。それはお話しになるでしょニャン。
けれどそれを目の前で見ることになったら、どうするニャ?」
すうっと足を戻して閉じる。すぐに、ただ座っている形になった。
「……今のオレは、ギルドに来たばかりで弱いと思うんですが……」
「そう。助けるのが原則ですニャン。あなたの探すお話しが、目の前で起こったら」
「しかし……」
もし、すぐ近くで危険な目に遭っている人を見つけたら助ける?
そんな能力もその意図も今のところなかった。常人には無理だろう。
「そこであなたにクラスと方針をあげますニャ」
「クラスと方針……?」
それから一時間程度の猫むすめフォエンのやり方に、
シュウがほほを染めてギルドから出てきたときに手に持っていたのは、
盗賊のクラスを名乗ることを許諾するという旨の書かれた小さくて硬い木の板と、
ギルド・バッジ、それから非公式ながら、
ギルドからの方針を記した小さな羊皮紙であった。
『ギルドの方針 非公式! 公式に合わせてあるので、これを守ろうね』
自分から誰かを危機的状態に陥れるようでは、処罰の対象。
誰かの危機的状態をダンジョンとかの町の外で覗くだけなら黙認。
助けてと呼ばれて、可能なら助けること。
初心者よ、君はとっても弱い!
クラスを名乗ってもいいけど、早く鍛える事! ニャン!
つよくなったら君のために何でもしてあげるよ。これは強くなるしかないよね!
「ッ……こんなことってあるだろうか?
この条件って……オレには十分過ぎる。このあと、どうしよう!」
5歳以上も歳の離れているだろう女の子に遊ばれてしまったが、
美少女だったから、遊んでくれたというべきだろう。
いろんなことに対処できるようにするために、
普通の人間の考えにとって空虚なところを突いてきたのかもしれない。
味方にあたりうるはずの相手が、
思ってもみなかったことを言ってくる時はどうする?
そんな問いだということなのか。
これが前からの手紙の交換で尊敬する先輩でなければ、
行き過ぎの子供を注意する可能性もあったかもしれないが、
どうも先ほど以上には無茶なことはするまいという予想、安心感があった。
少女から受けたこととはいえ、きっと多く人には受け入れられない場面だろう。
度を過ぎている。が、シュウにとっては良かった。
初めて対面した異性に許容できるエロのギリギリを突かれ、
しかも受かった。何らかの幸運が重なったのだ、と考える。
「WOW!」(わお!)
「何をぶつぶつ、急に喜んだり。少し長かったですね?」
帽子を少し親指でくっと上げ、じとりと赤い瞳がシュウを見る。
「あ、ごめん……」
イフロム。印象に残る瞳だ。冒険者としてはどういう戦いをするのだろうか?
「一人で宿を取ろうかと思いました」――町の道、その先を見ている目。
さきほどのフォエン、このイフロムも常人そのままのシュウは敵わないだろう。
若さだけでなく、実力、才能、そして必要な時にしか用いない切り札は? ――。
いろいろ敵わないはずだ。
こういう勘は当たるのだ。
自分よりも年下だろうというのに、きっと敵わない。
とはいえ冒険者ともなればあまり年齢は関係ない。
十代で偉大な仕事を終えて後は目立たない事もあるだろう。
この子はどうかな? そして自身の今後も……。
「待っててくれたのか」
「ええ。宿へ行きましょう」
許してくれる様子で軽く微笑むイフロム、
少しのお金とどう使って良いのか分からない金塊しか持っていないシュウは、
急に渋った様子で、
「お、お金が……。
実は野宿かギルドに泊めてもらおうと、
最初は思ってて……でもなぁ~。ごくり」
「私が出します。何日でも、いくらでも」
「……。少しは持っている。イフロムさん」
「イフロム。さんづけはいりません」
「名前、いいのか。じゃあ、イフロム。――あ、荷物置いてきた……」
「はあ。待ちます」
イフロムは咳払いし、
「行こうかと思ったけど、
やっぱりもう少し待ちたいですね。
立ちっぱなしで待つのは、とっても楽しいです!」
「すまなかった」
またギルドに入って(今度は受付にフォエンはおらず)荷物を持ってきて、
二人で十分程度歩いた先の宿に到着した。
そのころには完全に夜になっていた。
「やっと休める」
「ええ」
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