第35話


「1つ伝えておこうキースベルト」




「俺は、君がサラディアナに会いに来てくれた事を感謝しているよ。君のお陰でエレーナの持病を把握できた。君が居なかったら早いうちに彼女を失う結末もあったかもしれない。それを免れた。ありがとう」

「....!!」


瞳を揺らしてランスロットはそのことに思いを馳せる。あの後薬についてテイラーに詳しく調べさせると、やはり心臓の病気の薬だった。比較的軽い症状のものではあるが、命はいつどう奪われるかランスロットは理解している。



「それに、ナカルタ国の現状や彼らの人となりを知ることが出来た。これは騎士団第二師団長としてもシフォニア国国民としても素晴らしい結果だ。これからも交友を続けられればと願っているよ」

「....大人ぶりやがって!!」



くそっ!と大きな声をあげるキースベルト。その瞳の奥は今までにないくらい揺らいでいた。ぐっと唇を噛み締めると諦めたように肩を下げた。




「....俺は、ナカルタ国に移住した事を後悔していない。でもエレの事は別だ。ずっと後悔していた」

「...」



キースベルトはぐっと拳を握る。今にも爪が肌を傷つけてしまいそうなほど力強く握るので、ランスロットは彼の必死に口を開かなかった。


キースベルトがシフォニア国を出たのは、まだエリアナも存命でダダイとの夫婦仲も良好の絵に描いたような家庭だった。当時医師だったキースベルトの父は、技術向上のためナカルタ国へ移住を決めた。シフォニア国で過ごす最後の夜、領主であり親友のダダイは、キースベルト家族を呼んで労ってくれた。

そしてその夜、キースベルトは初めてエレーナの涙を見たのだ。



「いつも笑っていた彼女の涙を見た時、俺は笑顔に戻す方法がわからなかった。だって、泣いている理由が自分と離れる事だ。根本を覆す事は子どもの俺には出来なかった」




「その後エリアナ様が亡くなったと聞いた。きっとまた泣いていると思った。でもこの時も会いに行く事は出来なかった。」




だから死に物狂いで生きた。医師として父を手伝ってきた日々もあったが、ナカルタ国の情勢を知り騎士になる事を選んだ。力をつけたかった。自分の足で進みたい道に進み、自分の力で守れる事を増やしたかったからだ。

そして、騎士団に入った頃極秘で調査したエレーナの状況に驚愕した。詳しくはわからなかったが、ダダイは引きこもり、後妻や義妹とも反りが合わないのだと。すぐにでも飛んで行きたかったが未だに力のない自分ではどうすることもできず、もう少しで会えるという時期になりエレーナが政略的婚約をした事を知ったのだ。


「その間に彼女はどれだけ悲しい思いをしたのか、考えるだけで身を焼かれる思いだった。だからいつからか決めていた。次にエレが泣く事があるなら俺が笑顔にしてみせるって」




そしてついにこの時がきた。友好関係にあるシフォニア国への派遣があると聞いて自ら名乗り出た。戻るのに時間がかかってしまったが、今の自分には出来うる限りの力がある。彼女が望むなら、悲しい思いをしているならば彼女ごとナカルタ国へ連れ帰るつもりだった。

そして、十数年会えなかった彼女は酷くやつれていて、熱があるのに持病の薬さえ飲んでいなかった。酷く腹が立ったのだ。ここまで何もしない婚約者ランスロットの存在が気に食わなくて仕方がなかった。




「ランスロット・リズ・ド・クレメンス」

「.....なんだ」

「おれは...」

「師団長大変です!!」




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