第34話



この日ランスロットは朝からげんなりとしていた。




「ランスロット・リズ・ド・クレメンス!!」

「.......」



ランスロットは一つため息をつくと、できるだけゆっくりと叫び声の方へ振り返る。そこには案の定の声の主、キースベルト・ロドワットが佇んでいた。



「.....いい加減にしてくれ」

「いいや!ここは引けない!!良いから表に出ろや!!」

「いま仕事中だ」


そう、仕事中なのだ。現にいま、ランスロットは紙の束を持ち騎士団内を闊歩している。先ほどまで隣にいたロイは、あらゆる仕事上の指示の確認で席を外しているが忙しい事には変わりがないのだ。現状を見ればわかるその場面ではあるが、目の前にいるキースベルトいう男にとってはそんな事は関係が無い。目をギラギラとさせて肩に担いだ大剣に手をかけている。



「仕事なんて後でやれ!それより俺と勝負しろ!」

「お前を相手にしている時間は無い」



何度目かわからないため息をつく。ランスロットは朝からこの文言を何度も聞いているのだ。

すでに1ヶ月前になってしまったあの公開訓練は大盛況に終わった。しかし、それは周りの反応であり、現にこの男は納得していないのだ。

理由は至極簡単。ランスロットとキースベルトの勝負が【引き分け】で終わった事のせいだ。



本来模擬戦では大きく東西2つ、小さく10組に分かれて戦い勝者を決定する。10つの組みの中で団体戦か個人戦かどちらで戦うのか決めて先に5戦した方が勝利となる。

そして、今回はバルサルト殿下の意向もあり、その模擬戦とは別にシフォニア国ランスロットナカルタ国キースベルトによる代表戦が組まれていた。

勿論、この戦いに勝敗は求められていなかった。ある一定の時間で区切る予定でありそれは両国にも伝えられていた。これによりシフォニア国とナカルタ国の親睦を周りに知らしめるそんな役割があったのだ。だからこそ、模擬戦ではルールに従って行動をした。少しだけ



「お前なぁ、団長殿にお咎めを食らっだだろ」

「お前はバルサルト殿にな」


呆れた顔で見つめるランスロットに対して、キースベルトは「ハハッ」と笑う。にこやかに怒るバルサルトを思い出しランスロットは肩を揺らした。滅多に怒らない人間が怒る事ほど恐ろしく、後味が悪いことはない。だからこそ今は名誉挽回も兼ねて仕事に邁進しているのだ。



「エレに良いところを見せるチャンスだったのに」



何を言ってもランスロットが勝負してくれないとわかったキースベルトは殺気をおさめた。苦虫を噛み潰したような顔でキースベルトが低く唸る。。その呟きにランスロットは仮面の奥で瞳を瞬かせた。



「...喜んでいただろ」

「は?」


ついっと正面を向いたランスロット。キースベルトと向かい合う形になる。目の前の訝しげに首を傾けた彼を見つめながら、ランスロットへ最愛へと思いを馳せた。

たしかに彼女は喜んでいたし、たのしんでいた。自分達の戦いが常日頃の仕事の積み重ねの結果だと理解してくれていた。刃を人に向けることの恐ろしさ、残忍さをきっと彼女は半分も理解していないだろう。それでも「国を守る」という力や覚悟が自分にあると言う事を開示した。少なくとも「死ぬリスク」より「生きぬく意志」の方が伝わったとランスロットは思っている。そして何より。



「....あれは勝敗よりも、どちらも怪我をしなかった事を喜ぶ娘だ」

「....!!」



そう。ランスロットはあの時大きな怪我もなく引き分けで幕引きできた事に、納得しているのだ。

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