第16話
ティナに連れられてエレーナが二階へと上がっていく。その様子を呆然と見つめていたランスロットにキースベルトは声をかけた。
「こんな事だろうと思ったんだ」
「......なに?」
「エリアナ様が亡くなって、俺たちが出て行ってそのあともずっと気にしてた。少しでも早く強くなってエレを迎えに行くと。ようやく会いに行けると思ったらお前の噂が耳に入った」
"ソフィア家の令嬢が変人軍人と婚約をした"
その噂はキースベルトにとって吉報ですら無かった。
もし、幸せなら、エレーナが幸せで笑っているなら身を引くつもりだった。だが、いざあってみれば作り物のの笑顔を見せたエレーナにキースベルトは祝いの言葉すら出なかった。
「お前、ちゃんとエレを大事にできているのか?あいつは昔から心配されないように自分を隠す。愛しているだけではダメなんだ。体調不良にも気づかないような、変人軍人なんて呼ばれているような男にエレは渡さない。こんな婚約認めない」
息をつくまでもなく捲したてるキースベルト。
なにも言わないランスロットに舌打ちをして、「またエレに会いにくる」とつぶやき屋敷から出た。
「ランスロット様」
「....なんだ」
キースベルトと入れ違いで戻ってきたテイラーの手には薬袋が携えられていた。
クレメンス家御用達薬師の袋だ。
テイラーはランスロットに袋を差し出す。
「医者によると心臓のお薬だそうです」
「....心臓」
「エレーナ様にお渡しください」
「....ああ」
心臓とは人の原動力だ。
そこが弱いなど、考えた事も無かった。
ランスロットは腑抜けた声で答えると袋を受け取りそのまま階段を登る。それを見送ったテイラーは心配そうにその姿を見つめた。
コンコンコン
エレーナの部屋の前でランスロットは扉を叩く。しばらくしてティナが姿を現しランスロットを部屋に通した。薬用の水を頼むと「2人分の軽食を用意してまいります」と伝えられ、ランスロットはランチを食べ損ねていた事を今更ながら思い出す。
ランスロットはそのままエレーナの元へ歩いて行った。新調した家具が並ぶエレーナの寝室だが、すでに新しい主人を受け入れエレーナらしい雰囲気がこの部屋を満たしている。
ベットの中にはエレーナが上半身を起こして横になっていた。ネグリジェの上に羽織りものを羽織っただけのラフな格好は今まで殆ど見たことがない。彼女はいつも身なりを整えてランスロットを出迎えてくれていた。エレーナはすこし困ったように微笑んだ後ランスロットに近くの椅子へ腰掛けるように促した。
「お見苦しいところをお見せします」
「体調が悪かったのか?」
エレーナの言葉を遮るようにランスロットが言う。エレーナは少しだけ瞳を瞬かせると「すみません」と謝った。
「このお薬は昔服用してたものなんです。お母様は心の臓が弱い方でした。それをどうやらわたしも受け継いでしまったようで。でも次のお継母様達が来てから飲まなくなってしまって。それでも体調に変化は無くて治ったと思っていて....」
エレーナの言葉にランスロットは目眩を受けた。つまり、その言い方だとネア達親子が来なければ服用し続けていた薬という訳だ。それだけエレーナにとって不可欠な代物だと物語っていた。
ランスロットはじわりと頭に熱が集まっていくのを自覚した。
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