第6話


「これはこれは、エレーナ・ラド・ソフィア御令嬢」



とあるお茶会に参加したエレーナに、横から声がかかった。数ヶ月のスパルタ教育のおかげでようやく人前に出られるまで習得した貴族マナー。それでも不安はあり、茶会でもできるだけ隅っこで佇みその場をやり過ごしていた。

今日は特に、ランスロットが仕事で参加出来ない茶会だ。レイヴンが護衛にいてくれ、ティナも後ろで控えていてくれているが色々一人でこなす必要がある。



声のかかった方へ振り向くと、父親くらいの年齢の男性とワインレッド色のドレスを着た女性が佇んでいた。2人とも顔立ちが良く立ち振る舞いも惚れ惚れしてしまう。特に女性のウェーブのかかった菫色の髪は、真っ黒な髪のエレーナにとって羨ましい物だった。

エレーナは脳内で、詰め込んできた情報を引っ張り出す。



「御機嫌よう。シーラ殿」


できるだけ優雅に微笑んで淑女の礼を取る。

みなクレメンス家の同等の上級貴族の領主とご令嬢だ。シーラ家は数十年の間に何人か王家に嫁いだ物がいる。目の前にいるサマンサ・シーラ嬢も期待をされている様子だった。そしてサマンサの父、サラマンも優秀だ。



「ソフィア嬢、ご婚約おめでとうございます。とても素晴らしい婚約式だったとか。本日クレメンス殿は?」

「ありがとうございます。これもひとえに皆様のおかげでございます。本日ランスロットはあいにくの仕事が立て込んでいるとの事で参加を見送られております。」



エレーナは笑顔を浮かべたまま内心で震えながら答えた。合格点をもらえたと言っても言葉遣いや立ち振る舞いは自然にできて平均である。気をぬくと粗が出そうなのだ。

そんな様子を感じたのだろうサラマンは品定めをするような目を続けながらにっこりと笑った。



「それは残念だ。是非ともサマンサに挨拶をと思ったのですが。ほら、サマンサ挨拶しなさい」

「サマンサ・シーラです。よろしくお願いします。」



綺麗な礼を取るサマンサに、エレーナも礼を返す。顔をあげるとギラリと鋭い視線を向けられエレーナは思わず肩を揺らす。



「いやぁ。実はうちの娘はクレメンス殿に好意を持っておりましてね。何度も婚約者にと話をしていたのですよ」

「....そうでしたか」

「以前は仕事を理由に断られておりましたが、婚約者が出来た今それは理由になりませんな」


カラカラとエレーナを気にする様子もなく話を続けていく。血の気が引いていくのを感じた。



「私も娘が可愛くてね。娘に幸せになって欲しい一心です。例え愛人が居ようとも気にしない器量はこの子も持っていますのでね。」

「!!」



これは挑発だとエレーナは嫌でもわかった。ソフィア家は歴史ある家元ではあるが、クレメンス家やシーラ家から見れば格下になる。一夫多妻を認められているシフォニア国では未だに貴族階級による格付け意識が強い。仮に何かの縁でランスロットの元にサマンサが嫁ぐ事になったら正妻は格上のサマンサになる。

この男は「正妻の座を明け渡して愛人で満足していろ」とあからさまに伝えて来ているのだ。



貴族ならではの洗礼にエレーナは胸の奥が冷えていくのを感じた。ソフィア家の陰湿な虐げも堪えたが、見ず知らずの人から受ける圧に慣れていないエレーナは笑顔を向けるので精一杯だった。







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