番外編 レイヴンの花



レイヴン・ハーツ。

シフォニア王国、第2騎士団師団長であるランスロット・リズ・ド・クレメンスのお屋敷で庭師をしている。

元々、兄であるロイ・ハーツに無理やり入れられる騎士団に入団した。しかし、そこでの生活も騎士団としてのやる気も合わず新人教育を終えてから退団した。

そして縁あって、ロイの上司であるランスロット様の元に来たのだ。

俺の役目はランスロット様の庭を守ること。



庭師をする生活はとても好きだ。自分にもあっている。

そして何より、最近ひとつ楽しみができた。




「レイヴン」

「っ!!」


優しい声色で自分の名前が紡がれる。ガサリと草が擦れる音とともに勢いよく立ち上がりその声の主の方へ振り向いた。



「おはようございます。エレーナ様」

「おはよう」



鈴が鳴るような声だ。自分はこの人以上に優しい声を知らない。

彼女はレイヴンの隣に来るとそこに広がる庭を見渡した。


「今日もとても綺麗なお庭ね」

「エレーナ様。昨日もおっしゃっていましたよ」


苦笑をしつつエレーナに応対する。エレーナは「そうだったかしら」と花が咲いたように笑った。


彼女がこの屋敷に来てから半年。よく笑うようになったと思う。

先日の誘拐事件で俺は失敗を犯した。

罠と分かっている場所に彼女を見送ってしまった。それは俺の生涯で1番の後悔だ。

あの奪われた時間は彼女にとってなにより恐ろしかっただろう。

それ以来、俺は時折ロイに剣術を習っている。

もう二度も負けないように。間違わないように。



しかし、あの事件の後嬉しい事が起こった。

ランスロット様と彼女が本当の婚約者になったからだ。

その報告は、屋敷に使える全ての物が歓喜した。



「今日は何をするの?」

「今日はカスミソウを植えます。」


用意していた種をそっと彼女に差し出す。

小さな種は植えると小さな白い花を咲かせる。

最近都で流行る祝いの花だ。



「カスミソウは小さいけれど集まると綺麗で華やかで、エレーナさまのブーケにも使用できますよ」

「....!!」


"ブーケ"という言葉に彼女は顔を輝かせる。

1年後に控えた彼女の結婚式の事だとすぐに理解したようだ。

もう一度その種を見つめると嬉しそうに微笑んだ。その顔をみた瞬間、自分の胸の奥が暖かくなるのを感じた。



「ありがとうレイヴン」

「他にも好きな花があったらおっしゃってくださいね。」


最近では様々なブーケがある。

選ぶのは彼女達だが、実はこっそりブーケの本を買って勉強している。

もし声がかかったら、2人が想像する理想の物を手ずから作れるようにだ。

庭師の域を超えていると、ティナやロイに言われたがそんなのどうだっていいのだ。

2人の笑顔のためなら、花をよく知る庭師レイヴンの出番だから。




「レイヴンに任せるわ。レイヴンならきっと素晴らしい物になるわね」



心底嬉しそうに笑う彼女に、また胸が熱くなった。



その時、後ろから彼女の名前を呼ぶ声がする。

彼女は顔を赤らめてその声の方に振り返ってみせた。



「ランスロット様」

「おはようエレーナ」


彼女が俺から離れていく。

彼女に優しく微笑むのは屋敷の主人であるランスロット様だ。

最近、屋敷内では仮面をつけることが減ったように思う。

ティムに聞いたら「エレーナ様の顔をよく見るためですってよ」と呆れたように笑った。



朝の挨拶と言わんばかりに、ランスロット様は彼女の腰に手を回し、その頰に口づけをする。

その口づけを嬉しそうに答える彼女は、シフォニア国一幸せだと物語っている気がした。



「おはようレイヴン」

「おはようございますランスロット様」



主人への挨拶をすませると、ランスロット様は再びエレーナへ顔を向けた。



「婚約者よりも先に他の男の元へ行くのは感心しないなエレーナ」

「レイヴンのお庭を散策するのは、私の日課ですもの」


眉を寄せるランスロットに心外だと目を丸くする彼女は心底愛らしい。

そう。これは日課なのだ。彼女が屋敷に訪れた当初からの。

まだランスロット様が仕事人間で中々屋敷に戻って来なかった時からの。

それを指摘されると、言い返せないランスロット様は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。



「そうか。ならば今度から私もその散策に同行しよう」

「....そうですわね」


ランスロット様の言葉に俺は少しだけ気を重くした。

失礼だとは思うが、それは少しだけやめてほしい。



「では、時々ならご一緒しましょう」

「は?」



彼女の返答に俺だけではなくランスロット様も驚いたようだ。



「だって、レイヴンのお庭を散歩するのも、レイヴンとお話をしながらお花の話をするのも私の特権ですもの」

「エレーナ....」


心底絶望の表情を浮かべるランスロットにエレーナはクスクスと笑った。



「ね?レイヴン」


クルリと振り向いて微笑むエレーナに、レイヴンは少し躊躇した後同じように微笑んだ。




ランスロット様には悪いけど、この時間は、この時間だけは邪魔されたくない。

そう思ってしまうのは俺のこと密かな願いだ。



「それならレイヴン....」

「はい」

「..........エレーナを頼む」



不本意だと言うのを隠そうともしないランスロット様に俺は笑顔で「はい」と答えた。




俺の名はレイヴン・ハーツ。

クレメンス家の庭師だ。

俺の役目は、ランスロット様の庭を守ること。

ランスロット様のエレーナを、俺が守るのだ。











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