第77話



クレメンス家に戻ってから、宣言通りエレーナは浴室に放り込まれた。ティナやテディ、数名の侍女達によって体を隅々まで洗われ、軟禁されていた数日間の聴取をされる。女性ならではの気遣いによってエレーナは躊躇もほとんどなく話が出来た。


その後、ほかほかと温まった体のまま髪を丁寧に梳いてもらい久しぶりに料理長の暖かい食事をいただけた。料理長はエレーナを、見るや否や大泣きをして抱きつきランスロットに止められていた。テイラーも少し涙ぐみ「ご無事で何よりです」と何度も頷き、レイヴンにも何度も謝られたがエレーナは改めて全員にお礼を伝えたのだった。



そして現在────

エレーナはランスロットの執務室のソファに腰を下ろしていた。ランスロットは用事を済ませたら戻ると言い残しエレーナだけここに通された。

1人になってようやく色々振り返る。改めてここ数日は怒涛の日々だった。そしてこれからの事を考える。勢いで自分の気持ちをランスロットに伝えた事を思い出した。そして、宮廷誓約の事も。



「つまり、私はランスロット様の婚約者という事かしら」



"候補"ではないエレーナの肩書き。それはランスロットの事が好きなエレーナにとっては嬉しいことだ。自覚しただけで顔が火照る。しかし同時にランスロット自信の望む事なのか不安になる。



「私を助けるためにした事なのかも」



そうであったら本当に申し訳ない。ランスロットの人生をさらに縛ってしまうのだから。そんな途方のない事をぐるぐると考えているとガチャリと執務室のドアが開いた。勿論ノックも無しに入室できるのは1人しかいない。





「すまないなエレーナ。今日は疲れただろうが、少しだけ付き合ってくれ」



少しだけ慌てたようにやってきたランスロットは、エレーナの存在を確認するとどこか安堵したように肩に力を抜いた。扉前のソファを通り越して窓際の仕事机へ向かう。仮面を外すと卓上に置いた。カタリと音が執務室に響く。



「エレーナ」

「....はい」




名前を呼ばれてランスロットの元へ近づく。ランスロットは無言で手を伸ばした。その手にエレーナはおずおずと自分の手を重ねる。ぎゅっと優しく握り込まれて顔をあげると、ランスロットは優しい瞳をエレーナに向けていた。







「愛してる」




一呼吸。それくらいの短い時間だったが、エレーナにとってはすごくすごく長い一呼吸。

何も言えないエレーナを見て、ランスロットくっくと笑う。そして優しい瞳を残したままそっとエレーナを抱きしめた。






「そばにいてくれ。婚約者候補では無く、婚約者....引いてはランスロット・リズ・ド・クレメンスの妻として」







愛してる。


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