第45話


ロイとメニエルに会った王都へのお出かけから数週間が経った。エレーナは今日も穏やかな時間をクレメンス家で過ごす。しかし、数週間前とは少しだけだけ変化があった。

エレーナはふうっと一息をついて、窓辺で読んでいた本を閉じ扉の方に目を向けた。



「ごめんなさいね。レイヴン」

「いえ、ランスロット様のご命令ですから」



そこにはエレーナの部屋の扉の端に佇むレイヴンの姿があった。ランスロットの苦渋の決断によりレイヴンがエレーナの護衛を務める事になったのだ。

ランスロットはあの日、屋敷に帰るなり使用人達にエレーナの一階への部屋移動や地下への軟禁(使用人命名)の提案を行ったのだ。しかしその提案はテイラー達によって却下された。その後主人と使用人達による攻防戦があった後落ち着いたのが「レイヴンによるエレーナの護衛」案だった。



そのためいつもの庭師服や草刈鋏というレイヴンらしい格好ではなく、守衛服と帯刀というエレーナとしては未だに慣れない姿をしている。着ている本人も最初はぎこちなく剣を壁などにぶつけていたが、数週間も経つとだいぶサマになってきていた。

勿論、庭師の前は騎士団に所属していたレイヴンだ。慣れるというより感覚が戻って来たという印象らしい。




「ランスロット様が護衛に着くといった時は驚きましたね。」

「ふふ。そうね」



レイヴンが護衛に着くまでの過程を思い出してティナは紅茶を用意しながら呆れたような顔をした。扉の前でも困ったような表情のレイヴンがうんうんと頷くのでおもわず笑ってしまう。



「それだけエレーナ様に心を砕いているのでしょう」

「これ以上は申し訳ないわ」



ティナの入れてくれたお茶を一口飲んでホッと息を吐き出す。美味しい紅茶の味に心をも体も暖かくなった。

ここに来て沢山の人に気遣われて優しくされて穏やかな時間が過ごせる事がエレーナには十分なのだ。



「私の働き口が見つかればランスロット様の心労も減ると思うのだけれど」


なんたって今回の騒動も自分が元凶だ。エレーナという居候が減れば気苦労する事も無くなって仕事に専念できるだろう。



「ここに来て半年過ぎたけれど、働き口って見つからないものなのね」

「エレーナさま」

「それはそうよね。貴族の娘が働くなんて、相手方も扱い方だってきっと困るわ」



仮にもソフィア家は旧家に連なる名だ。そんな出の娘が仕事を探してると言ったらきっとそれを聞いた相手方は困惑するだろう。ランスロットの口利きになれば、身分を隠すにしても色々あらぬ噂や事実とは違う憶測が飛ぶのも理解できた。

庶民の暮らしに入って仕事に就く事も考えたが、今の今まで貴族として暮らしてきた何も持たない娘が一人で生きていけるとは到底思えなかった。

いま時間ができて考えると、クレメンス家を訪れた日の自分は随分楽観的で愚かだったと思う。しかし、あの時は野垂れ死すら自由への希望だと思っていたのだ。そして今は。



「働き口をどうにかして、早く自立したいわ」



自立して、ランスロットや屋敷の人々にに恩返しがしたい。恩返しなんて烏滸がましいかもしれないがせめて、お荷物にはなりたくないと思うのだ。



「わたくしどもは、エレーナさまがクレメンス家に来てくださってとても感謝しておりますよ」

「感謝?」



そっと微笑みながらティナが呟く。感謝なんてされる理由がわからない。でもその後ろにいたレイヴンも困ったように顔をくしゃりと歪ませて頷いた。




「あなた様が望めばランスロット様はあらゆる手を使ってでもそれを叶えてくださいます。働きたいという事も、ここに居たいという想いも」

「ここに....」

「ランスロット様もエレーナ様と共にありたいと思っていらっしゃると思いますよ」




優しく笑うティナを見てエレーナの胸ははドクリと大きく跳ねた気がした。ティナの言葉が頭の中で反芻する。




自分の中でずっと閉ざした何かを、気持ちに触れた様な気がした。

共にありたいなんて思っているのは私の方だ。だってこんなにも毎日に幸せをくれる

あの人の近くに居るだけ胸が締め付けられる感覚になる。笑顔を見るともっと見ていたいと思うのだ。

あの笑顔をいつか、私以外の女性に見せる事を.......

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