最後の5分間。始まりの5分間。
zinto
そこにあるのだから。
最終シークエンスが承認されました。スタート後は解除を受け付けません————
赤い背景を映し出すディスプレイに、太い黒文字で“待機状態”と表示されている。待機状態の文字の周りをドットが数回転した後、
開始します————
無機質な合成音声の合図に合わせて、新たに表示された数字が動き出す。
「五分……か……」
「そうね……」
男のつぶやきに合わせて、よりそう女もつぶやいた。
ディスプレイに表示されている数字が刻一刻と0へと近づいていくが、2人はそんなものは見ようともせず、ある一点を見つめ続ける。
男の手が自然と女の肩を抱き、その手に力が入った。
女はそんな男の手の上に、自らの手を重ねると、優しく包み込む。
ポツリ、ポツリ———
2人の足元にどこからか雫が落ちた。
見れば2人の目から大粒の涙がこぼれている。
しかし、2人共それを拭おうとはせず、変わることなく一心不乱に見つめ続ける。
涙を拭えば目を閉じてしまう……その間すら惜しいのだろう。
残り2分です。最終座標チェック開始。……完了————
「すまない……」
声を震わせながら男が口を開き、
「あなた……」
優しく包み込んでいた女の手が、今度は力強く男の手を握りこむ。
「こうするしかない私達を許してちょうだい……」
絞り出すような女の声もまた震えていた。
「たどり着いた先が必ずしも安全とは限らない……だが、しかし! ここでこのまま共に死ぬことを選択できないのが親なんだ……」
ギッギャァァァァァァ!!!!
凄まじい鳴き声と同時に、隔壁が轟音とともに変形した。
「見つけたか……」
「もつ……わよね?」
「ああ……大丈夫だ」
このやり取りの間も2人は一点から視線をそらそうとはしない。
2人の視線の先にいたのは、ハイパースリープによって強制的に眠らされ、何かの装置の中で2人のように寄り添いあう兄妹だった。
2度目の轟音で更に隔壁が変形した。
……10、9、8————
「生きるんだ」
「生きてちょうだい」
限界付近まで高まった装置がまばゆい光を放っていく。
「この星が存在したと言う証……そして……家族の証……」
「いつも貴方達のそばにいますからね……」
この言葉に、ハイパースリープ状態のはずの兄妹の目から一筋の涙がこぼれた。
3、2、1————
「愛している」
「愛しているわ」
0————
転送完了。最終チェック……正常————
指定座標に転送を確認————
「5分とはこんなにも長く……こんなにも短いのだな……」
「ええ……」
「あの子達が生まれてから今日この日までが……駆け巡っていったよ」
「私もです」
どちらからともなく向き合った2人はゆっくりと抱き合う。
「希望は……つないだ」
「……そうね」
3度目の轟音と共に、隔壁はその役目を果たせなくなった————
2人にとっては最後の5分間……
だが、2人にとっては始まりの5分間……
希望は繋がれた。
終わりがあるのと同時に……始まりもまた……そこにあるのだから。
最後の5分間。始まりの5分間。 zinto @zinto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます