第350話 祖母がボケ始めた。

「おばあちゃん、最近ボケた?」



 なんて聞いたことがあるだろうか、実のおばあさまに。

 わたくしはある。

 どう思われても、そうとしか言えないことが続いたからだ。


 祖母はこの一年間でおしっこ臭くなった。

 お風呂は定期的に入っているはずなのに、彼女が座ったソファから汗とアンモニアの匂いがしてくるのだ。

 そして、廊下にたびたび下着が放り出されてあって、一度注意したら興奮した声で「今、片付けるところだったと!」と言われた。


 何もないところで転倒するし、びっくりして一階から駆け付けたら「大丈夫」と廊下に横たわったまま言うんだ。

 凄い音がしたのよ? 心配するなって方が無理でしょ。

 あと、ぼけっと突っ立ってなにをしているのかわからない時がある。


 母にいちいち、次の行動を指示されて、でも一瞬後には「なんだったかな」と言ってまた母に説明させる。

 たとえばね、足がよくないので、彼女は夜に薬を塗ってガーゼを張るんだけれど、薬がどこいったかわからないっていう。

 わたくしが母に聞いたら「いつも冷蔵庫にいれている」って教えてくれた。


 いつもよ? いつもしまってあるところを忘れるってある?

 無事薬をつけた次の日の夜もまた、ぼけっと椅子に座ったまま、足は靴下を下ろしたまま。

 まるで赤ちゃんみたいなのよ。

 わたくしが「なにしてるの?」って聞くと「薬を塗ろうと思って」って言うんだけど、座っているだけ。


「薬どこか忘れたの?」って言うと「いんや」と言う。

 そして、キッチンをうろうろしてから、「薬は冷蔵庫よ」という声にやっと反応する。

 そしてまた椅子にすわったままぼーっとしている。


「薬ある? ガーゼは? 紙テープはみんなある?」って聞くと「ある」っていうけどぼーっとしている。

 そして結局何もせずに部屋に引っ込む。

 もっと顕著なのもある。


「お風呂で今日、髪を洗ってね」と母が言うのを目の前で聞いているはずなのに、「今日は何をするね?」と聞く。

 なんども繰り返し母が言うけど、どんどんひどくなり、一回風呂場に行っても、洗わずに服だけ寝間着に着替えて戻ってきてしまう。

 もしかして、お風呂場が寒くて入れなかったのかなとも思うけれど、聞いても無視される。


 昨日、祖母がお風呂場と部屋を三往復して、ようやっと髪を洗えたらしいと知った。

 シャンプーの場所や、形状、使い方まで母が口頭で教えてるのを見ると、母にはもうわかってるんじゃないかと思うんだ。

 常々母は、「年をとると赤ん坊に近づいていく」って言っていたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る