第212話 親族いろいろ。

 いとこが結婚式をあげるというので、熊本から伯父伯母夫婦とその娘(従妹)が横浜に来た。

 ホテルにインする前の、ちょっとした時間帯に、我が家で時間をつぶしていただきましょうと、母がもてなした。

 私はスコちゃんを紹介し、なかよくしてねと言ったのだが、人懐こいはずの彼女が、なぜか寄り付かない。



「ああ、他の猫のにおいがするとだろ」



 っていうけれども、本当だろうか。

 猫のにおいをつけて、はるばる熊本から横浜まで飛行機できたというのか。

 家に来て、手洗いとうがいをしたのは、無駄だったというの?


 スコちゃんは、近所の野良猫ともコミュニケーションしようとする、社交的な子なのに。

 おやつを食べさせてやってと、従妹に渡したおやつを食べてくれない。

 スコちゃんが遊んでほしいときにくわえて、持ってきてくれるのよと言って見せたボールで遊ばない。


 そして従妹は言った。



「この子は顔はおもしろいけれども、私はちょっとだめだなあ」



 そういうことを言うから、スコちゃんはすたこらさっさと逃げたのだ。

 従妹はマナーの悪い猫を飼っているらしく、しつけの失敗を自慢げにしていた。

 なんでも、メスネコを二頭、飼っているらしい。


 動物病院に行きたがらない、キャリーケースの出入りにも神経質な猫だそうだ。

 武勇伝(?)を聞いていると、喧嘩で負った傷口を診療してもらうとき、前脚を刈ろうとしたバリカンにかみついたそうである。

 その病院、大丈夫なのか。


 何年かぶりに、診てもらいに行ったとき、カルテを見た獣医師が「あ、この娘は雄々しい性格の子ですね」と表現したらしい。

 雄々しいっていうか、お野生でしょう。



 スコちゃんはなんと、初対面の伯父の足にからみついたので、注意したのだが、伯父は雄々しいメスネコに好かれるらしいのに、スコちゃんの餌場を蹴ったくってくれた。

 足がお悪いそうである。

 わたくしはこの方のために、灰色の型崩れをした(足をひきずるからだろう)埃っぽいスニーカーを、タタキの一番真ん中の手前にそろえておいた。


 あんなにも、従妹が「猫に好かれてる、ストーカーされてる」と言っていた伯父は、農業高校に入学してから成績がトップクラスになり、司法書士になった(資格もいっぱいもっている)のがたいそう自慢らしく、ニコニコと微笑みつつ母を見ていた。

 おしゃべりはどうも、達者ではないようで、奥さんに横から話題をかっさらわれて、でも、うまいことほめちぎられていた。


 自分で自慢を始めた時は、どうなることかと思ったが、女性陣がうまくフォローを決めていた。

 たいへんほっといたしました。

 お孫さんがTVで活躍したので、その録画を公開したら、じっとその様子を見てらした。


 わたくしは、この方々に、龍の絵の手ぬぐいと、昇り龍の絵ハガキセットと、銀のユニコーンのオーナメントをプレゼントした。

 手元に何もない、貧乏人がせめてもと選んだ贈り物だ。

 ありがとうの言葉はなかった。



 まず人の家を訪ねたら、家の何かをほめろという。

 叔母は心得ていて、



「この家は大層なものたいね」



 といった後で、わたくしに、



「日当たりが悪いのは隣の家が高いからたいね?」



 と言った。


 日当たりが悪いのは、マムシ谷を埋め立てた住宅街だからで、そんなふうに言われる筋合いはない。

 しかし、わたくしは正直者なのでペロッとしゃべってしまう。



「前はもっと(庭が)低かったけれど、父がブロックを組んで、セメントを流し込んで駐車場をあげたんです」



 すると、叔母は、



「ああ、セメントが一番たい」



 とコメントした。

 そのあとで、リビングから玄関を見下ろして、



「花壇は立派なブロックを使ってあるけれども、ない方がいいたいね」



 ああ、そうか。

 住宅のプロであることを、主張したいのだ、とわたくしは悟った。

 そうですね、母は車をガシガシぶっつけてます、と言ってからわたくし。



「あれは父が母のために作ったもので、(花壇をさして)プラムが実ると、孫が遊びに来て、もいで食べるんですよ」



 と言ったら、背後で従妹が、



「うちにもあるたい」



 と張り合ってきた。

 たぶん、それはプラムじゃなくって、三太郎だと思うけれども。

 そういえば、夏になると紅いすももの三太郎を送ってくれたこともあったっけ。


 とりあえず、無視する。

 ていうか、日差しの入り方などの話をしながら、叔母にソファを勧める。

 従妹と叔母が視界に入るように、体を移動したが、従妹はその背後へすっと入ってしまう。


 うん、なら無視しよう。

 TVで「小さな旅」を流すと、従妹は独りじっと観ている。

 彼女は母と話があいそうだなと思う。


 というか、わたくしのキャパシティーは少ないので、会話する際に何名もの人に気を配るのは難しいのだ。

 横入りは無視する以外にない。

 お好きな番組で憩っていてください。


 食事の後でコーヒーを飲まれたから、空のカップを見て、わたくしが、のどは渇いていませんか、と尋ねたら、伯父は一瞬きょとんとして、おかわりをもらうと言った。

 伯父の好みは知らないが、うちにはインスタントコーヒーしかないので、せめてもと、少量の水で粉をとき(こうすると本場の味がでるそうだ)さて、砂糖は何杯か、ミルクはどこかと母に聞く。

 全て「すこしだけ」というが、具体的に言ってもらわないとわからないのだ。


 砂糖はスプーン一杯、ミルクは色合いで決めるしかない。

 伯父は、ぺちゃぺちゃと口を鳴らして、コーヒーを残した。

 まずかったのだな。


 その様子が不愉快だった。

 たとえば、わたくしが「少しってどれくらい?」などと聞けば「少しは少しだ!」と返ってきそう。

 男尊女卑のイメージ。


 足がお悪いからといって、猫のエサ皿ののったおせんべいの缶を蹴ったくるのは、いただけない。

 わたくしは、いけないと思って、すぐさま缶ごとエサ皿を窓際によせた。

 口で言えばいいのに、乱暴な人だ。


 ちょっと、この叔父は苦手だ。

 従妹からの手紙で、悪口を聞いていたからなおさらだ。

 しかし、この従妹はほぼほぼ、父親の介護兼秘書のようになっている。


 表裏がはげしくて、わたくしは嫌な気分になった。



 猫の話題は楽しかった。

 従妹のうちの猫は爪も切らせないそうで、巻き爪になっているところで、病院で切ってもらった経験があるそうだ。

 わたくしは言った。


「慣らしてやるんだよ。こう、(やわやわと握る手つきで)前脚を持って……くちづけする」


 変態丸出しだが、ちょっとは笑ってもらえた。

 まあ、実際そうしてきたから、腹も痛くない。

 従妹の家の猫は、かわいがられてないんじゃないのかと思ってしまう。


 なんという猫なのと聞かれて、スコティッシュフォールドのストレートだというと、母が「近所のペットショップだと5万円だったけど、行くところへ行くと、30万するの」余計なことを言うから、わたくしは内心どっときた。

 模様で言うならタキシードキャットですと、控えめに加えるだけだった。


 従妹は、長生きのダブルの猫たちが自慢らしく、もう年よりなのというから、体が丈夫でうらやましい、という話をした。



「やっぱり血統が違うのかしら? 種類? 血筋?」



 と由緒を正そうとするから、いっぱい飼ってきたけれど、猫は性格それぞれ。

 オスは甘えん坊よと言ったら、同意された。

 わたくしはアメショを失った時の、散歩の思い出を語った。


 寿命が来ると、猫は甘えん坊になり、飼い主につきまとうようになる。

 外へ行くにもついてきて、一緒に散歩をするのだ、と。

 そして、レモンの花が、ほとりはたりと舞い落ちるのを、見上げる猫を、わたくしはそばから見ることになるのだ。


 ようするに、丈夫で長生きなのが一番よ、と言いたかったわけだ。

 アメショの子は、腎臓が弱かった。

 今でも死ぬ間際に撮った3DSの画像がとってある。


 ついでなので、部屋に飾ってある、スコちゃんのヘソ天の画像を見せようと部屋へ呼んだら、スコちゃんが不機嫌な表情でドアの前に陣取って動かない。

 構わず出たけれども、スコちゃんはなんだか、従妹が好きでないようだ。

 従妹は色白ですらっとした美人なのだけど、猫にとってはどうでもいいようだ。


 従妹がゲームする会でパンデミックというものをやったとき、画伯とほめ殺されたという話を聞いて、あ、と思い立ってわたくしは部屋からぬりえを持ってきた。

 色違いの女の子(ケモ耳しっぽつきである)がダンジョンで見栄を切っているもの、二枚。

 どちらが好みか、聞いてみたかったのだ。


 金髪碧眼がいいそうだ。

 これにきめた。

 そして、スコちゃんを描いたコスモスの絵を出してきて、キャラクターの顔は配分で決めるのよと詳しく教えてあげた。



 もう、画伯とは言われまい。

 従妹は、書類入れの透明ファイルを出してきて、あげた絵をしまった。

 折らないでくれるのね、とうれしかった。


 従妹はその書類ファイルの入るカバンを求めて、かばん屋さんを選んだそうだ。

 質実剛健、という言葉が浮かんだ。

 5万もするカバンを、学生の身で持っていた、妹の浅はかさをののしってやりたくなった。


 その妹は、商業高校で、PCを習ったらしく、ネットでやった占い結果が「コギャル」と出たので自慢していた。

 なんでも、自分はお金がかかる女子なのだということだったが、なぜ自慢になるのかわからなかった。

 価値観の違いだなあということにしておく。






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