第79話 もはやさっそく思い出にひたる
今日は24日だから、おとといの夕方になる。
わたくしは、レンジで加熱して、冷ましておいた鶏ささみを細かく裂く作業に熱中していた。
スコちゃんのためならえーんやこーら。
とにかく、集中していた。
かいあって、スコちゃんのステンレスのお皿にこんもり、ササミの夕食ができあがった。
スコちゃん、わき目もふらずに食べてくれた。
よかった。
食べてくれた。
うれしかったけれど、それだけではなかった。
朝にもササミ、日中はふやかしたフード、そして夕食にササミ。
これはちょっと与えすぎで、スコちゃん、お腹がパンパンになっていた。
苦しいだろうに、わたくしになついてきて。
家じゅう、どこへ行くにもついてくる。
ベッドに横になれば、ぴたーっと張りついてくる。
瞳をのぞきこむと、うっとりと目を細める。
部屋は彼女の発する、のどの血管の音でいっぱいになった。
呼吸はなんだか浅く速いけれど、大丈夫か?
だけど、なでてやると、初めて家にきたときのように、頭と肉球が熱を持っていた。
わたしは熱に浮かされたようになって、決心した。
スコちゃんを幸せにするぞと。
きっと満足させてあげる。
そう思っているわたくしのほうが、もう気が遠くなりそうに幸せだった。
実際意識がとびそうだった。
それだけスコちゃんの満たされた顔は、わたくしを多幸感でいっぱいにした。
猫っていいな。
これからも、こうして仲良くしようね。
おいしいご飯をあげるからね。
ところで、23日水曜日、またスコちゃんの犬歯が抜けた。
ペロリペロリと口を動かしていて、ベッドの上でぽちっと、何かが落ちたから、見ると光沢のあるちっちゃな歯が落ちていた。
二度目なので、しげしげ見て、彼女の口の中を確かめると、右の下の犬歯があったところが、赤く充血していた。
なんだなんだ? 悪い病気じゃないよな?
一瞬不安になりながら、スコちゃんに話しかける。
これから、おまじないをしておくから、と。
部屋を出てベランダに行こうとすると、スコちゃんが足に絡みつくようについてくる。
近所では、えらく人なれした白猫が、また鳴いているのが聞こえた。
わたくしはベランダで、おまじないを唱えてから屋根の上に犬歯を放った。
うんこれでよし。
それが昨夜のことだった。
スコちゃんとわたくしは、相変わらず、家の中をうろうろとしながら、駆け引きじみたことをしてる。
しかし、母が言うには、基本的にスコちゃんはわたくしが行くところへついてきているらしいから、かわいらしいなとつくづく思う。
わたくしがベッドに寝そべっていると、体当たりするようにのどとお腹としっぽを顔面にこすりつけていく。
匂いつけかな、これは。
スコちゃんがわたくしのペットなんじゃなくて、わたくしがスコちゃんのペットなのかな。
すれ違いざまに、「んっ」と声をかけていくスコちゃん。
ゴミ箱の中からこっちを見ているスコちゃん。
駆け回って疲れたのか、窓辺に飛び乗れなくなってしまったスコちゃん。
今から介護の予行演習みたいだ。
野良出身でない歴代の猫たちは、死が近づくと、わたくしの後へついてきて、一緒に近所を散歩したりした。
あれを再びやるのか、と玄関先で長靴の影に隠れるスコちゃんを見ながら思った。
でもまあ、廊下を跳ねる様子は、楽しそうで、ドアをかいくぐるスピードは毎日記録更新されている。
もはや脱走ではない。
この家の造りを掌握しつつある。
たくましい。
3
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます