第70話 スコちゃんをいかにせん

 ああ、虞よ。虞よ、汝をいかにせん。


 と歌った敗戦の武将がいたっけな。

 いまちょうど、そのような感じです。

 スコちゃんは、暴れまくっていたのが嘘のように、またわたくしの周りをくるくる回ってすりすりしてきます。


 正直、彼女には救われているのです。

 夕べはコーヒーを飲みすぎて(KIRINFIREデミタス自販機限定。なんと五本)一睡もできず、逍遥としてスコちゃんのもとを訪れた。

 スコちゃんはご機嫌で、ベッドに横たわるわたくしに添い寝してくれた。


 甘えん坊の坊やたちは、例外なく寝ているわたくしを起こしにきたが、スコちゃんは違った。

 のどをゴロゴロ言わせるほかに、何もしないでそばにいてくれた。

 ほっと肩の力が抜けて、癒された。


 これだけで、わたくしの一日は勝ったも同然。

 ノートづくりを計画し、プロットを書き、下書き用のノートを用意した。

 ちょっと方向性について考え直すことがあったが、おおむね順調。


 まあ、なんというか。

 とてもすばらしい小説を短編でやるのは不可能だったので、次にWeb小説として多くの読者をひきつけるものを書こうと思った。

 まずはカクヨムWeb小説短編賞の応募用に、量産してやろうと思ったのだ。


 残念ながら、プロットは一本しかできていない。

 今日一日かけて、構想を練らねばならない。

 スコちゃんにかまってる場合ではないのだ。


 そう、わたくしは心の中で、スコちゃんと向き合うことより、彼女を捨てることを考えた。

 実際に捨てるのではない。

 彼女に対する愛着の心を捨てようと思った。


 動物なのだし、なにも人間の赤ん坊のようにつきっきりでなくてもいいのではないか。

 ほんの少し、(いや、絶対的に多くの時間を)小説にかまける時間をとっても許されるのではないか。

 わたくしはわたくしの目標のため、一瞬一瞬をスコちゃんのためだけに捧げるのではなく、小説と両立させられるのではないか。


 そう思った。


 スコちゃん、かわいいことはかわいいのである。

 クマノミみたいに、カーテンの隙間から顔を出したり引っこめたりして、まあるいおめ目でこちらをのぞく姿は、どこかしらひょうきんでもあり、愛らしく思える。

 ベッドでくたばっていると、わたくしの腕にあごのせしてきたり、足の裏に両前脚をのせてきたりして、なにかしらの接触をしてくるので、スキンシップがうれしい。


 孤独な生き方を選んでしまいがちだったわたくしには、天使のような存在だ。

 とてもとても、もったいないし、心から愛おしい。

 しかし、それはわたくしの側の勝手な思いなのだ。


 スコちゃんは、頭を擦りつけてきはしても、頭をなでてほしいのではないかもしれない。

 足にすりよるのは、単にそういう性質だからで、わたくしに特別の思いはないのかもしれない。

 わたくしが部屋をでようとして、彼女を見るとき、まるで信じられないというような目つきをするのも、わたくしの勘違いかもしれない。


 とにかく、彼女に何かしらの期待を抱くことをやめよう。

 彼女がありのままであることを、素直に喜ぼうではないか。

 勝手でもいい、従順でもいい、彼女がわたくしの存在に安心して暮らせるよう、わたくしが取り計らうべきなのだ。


 彼女はなにか、わたくしの期待に応じようとしているきらいがある。

 背中を踏んでほしいとカクヨムに書けば、次の日踏んでくれるし。

 豪放磊落な方がいいと書けば、天井近くから飛び降りて部屋中駆け回ったりもした。


 だが、だが――人間は変わるものである。

 その日その時の気分と体調によりけりなのだ。

 スコちゃんが、それにいちいち振り回される必要など、ないではないか。


 わたくしはスコちゃんがかわいい。

 可愛すぎて心配になるくらい愛おしい。

 また、大切に思っているし、できる限り彼女との接触を増やしたいと思っている。


 だが、それとプライベートの時間を別に持つというのは、もはや生理的に不可欠である。

 赤ちゃんのスコちゃんには少し気疲れしている。

 距離を置きたくて、リビングに避難したりしている、わたくしだったりする。


 一人の時間を楽しく過ごしてきたわたくしなのだから、もうしばらく、スコちゃんにはわたくしが慣れるまで待っていてほしい。

 いつもご機嫌で、おもしろいことをしてくれる、そこはもちろんうれしいし、かわらないでほしいが、無理はさせたくない。

 わたくしの部屋で居心地よく共存する手立てを考えだすまで、少し時間がいただきたいのだ。






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