第17召喚 圧倒的重症
魔眼族領地。
俺はゼルディンの案内によって別のキャンプ地へ移動し、馬車を降りた。
そこにあったのは木造の診療所だ。現代日本ほど設備は充実していないが、この世界における最先端の治療術を取り入れているらしい。あちこちに魔法陣が描かれ、それが運び込まれる患者の回復を僅かながらに促す。
「僕はこの施設の管理者でね、医師としての役割もあるんだ」
「へぇ……」
「それじゃ、まずは王女様にどんな治療がハッキリさせておかないとね」
早速、俺たちは診察室のベッドにパルナタードを移し、ゼルディンが彼女の容態を調べ始めた。まずはマリナイバ毒の浄化薬を体内に注射器で打ち込み、その様子を見守る。ゼルディンの睡眠魔法が効いているためか、彼女が起きる気配はない。
それからパルナタードのドレスやら下着やらを脱がし、聴診器らしき魔導具で体内の様子を探っていく。俺はそんな診察風景を、固唾を呑んで見つめていた。
「これはね、体内の異物に反応して音を出す検査魔導具さ」
現代日本でいうレントゲンも兼ねている医療器具のようだ。
科学の発展していない世界ではあるが、魔術を使った医療はそれなりに発展しているらしい。
* * *
そして、ゼルディンは一通りパルナタードの体を調べると、今度は彼女の白い肌に赤いインクで×印を描き始めた。その横に様々な文字も書き、彼の横にいた医療スタッフたちはそれを見て表情を曇らせる。
「この王女様……予想はしてたけど、なかなか酷いね。かなり毒を浴びているよ。僕もこれまで多くの患者を診てきたけど、その中でもトップクラスで重症だ」
「治療できるのか?」
「最早、浄化薬だけでは治療できない域にまで進行しているよ。取り込んだ破片が凝縮して、体内に大きなマリナイバ結晶が形成されている。これの除去には手術が必要になるね」
おそらく、ゼルディンが描いている×印は、その結晶が形成されている箇所なのだろう。その横に描かれている文字は、形成されている場所の深さを示している。
医療スタッフは慌しく動き、手術に必要な手順を議論し、道具を揃えていく。これからすぐに手術に取り掛かるようだ。
「王女様は何かマリナイバ鉱石の破片を至近距離で大量に吸引するような作業をしていたんじゃないかな」
「こいつは俺を召喚するための魔方陣にマリナイバ鉱石を使っている、と言っていたが」
「ああ。ここまで悪化したのは、間違いなくそれが一因だね。マスクもせずに至近距離で吸ったんだろう」
召喚時、いつも俺の足元に広がる魔方陣。あれには大量のマリナイバ鉱石が使われていた。いつも魔法陣の線を踏む度に、足の裏に「ジャリッ」という感覚がした気がする。あの硬い粒々の正体こそマリナイバ鉱石であり、魔法陣の面積からしてソフトボールの球くらいの大きさのものを丸々使用したと思われる。
「それにしても、この症状は重すぎるよ。王女様はもっと何か、通常ではあり得ない量の破片を吸引してしまう状況下に置かれていたと思うんだ」
「そうなのか?」
「他にマリナイバ鉱石について、王女様は他に何か言ってなかったかい?」
「いや、それ以外は特に聞いてないな」
「よく思い出してくれ。例えば、マリナイバ鉱石を大量に使用した魔導兵器を試運転した、とか」
俺はゼルディンの話した言葉に違和感を覚えた。馬車に乗っていたときもそうだが、「魔導兵器」というワードが彼の口からよく出ている気がする。
彼は確実に何かを危惧していた。普段から冷静に俺と接する彼だが、今回ばかりはその態度に焦りが見える。一体、彼は何に怯えているのだろう。
「いいや。聞いてないが……」
「分かった。とりあえず、治療は始めるよ。勇者君はその辺の休憩室で待っていてくれ」
「ああ」
「それと、もし思い出したことがあったら、すぐに僕や部下に連絡してくれないか?」
「承諾した」
「難しい手術になると思うけど、最善は尽くすよ。成功を祈っていてくれ」
ゼルディンは俺に見張りの兵を残して踵を返し、眠っているパルナタードを手術室へ運んでいった。手術室の扉には「関係者以外立ち入り禁止」と書かれている。
ここからしばらく、俺の出番はなさそうだ。俺には医療に関する知識もないし、王女の治療は知恵のありそうなゼルディンに任せた方がいいだろう。
もし手術中に王女が死亡すれば、俺の加護が消えて現代日本へ戻れなくなるかもしれない。俺のこれからを決める鍵をかつての敵に任せるなんて、この異世界に来てから今までの中で一番大きな賭けのように思える。
俺はしばらく手術室の扉の前に立って眺めていたが、ふと疲労を感じて休憩室へ歩き出した。
ここまで苦難の連続だった。王女を抱えて城から飛び降り、そのまま城下町を走り抜け、ゴーレムと弓兵の攻撃を掻い潜る。いくら無敵の肉体を持っていても、今回ばかりはさすがに疲れた。これまでの召喚旅はほとんど単独で戦っていたのに、護衛しなければいけない人物が近くにいると、こんなにも体力・気力を消耗するのか。
俺が今すべきことは休養だ。
何かあったときのために、体力を回復させておかなければ。
この診療所は戦場から帰還してきた兵士で溢れている。木製のベッドは満員で、治療魔術を待っている兵士が廊下にも横たわっていた。治療魔術師らしき女性たちが診療所内を歩き回って術をかけているが、それでも治療する側の人数は足りてない。魔力を使いすぎたのか、顔色を悪くしながら床に眠る看護師もいた。
「どの世界でも、戦争って大変なんだな」
俺はそんな彼らを横目に、休憩所へ進んでいく。すでに窓の外は暗くなっていた。夜行性動物の鳴き声が屋外から聞こえてくる。
腕枕をして床にどっかり寝転ぶと、すぐに眠りへと落ちていった。手術が上手くいくか不安はあったが、それでも疲労の方が勝っていた。
* * *
「やぁ、おはよう勇者君」
窓から差し込む眩しい朝陽の光で目が覚めた。上半身を起こして明るさに目を慣らしていくと、ゼルディンの顔が俺の真上にあった。
「ああ、おはよう」
「一応、手術が成功したことを君に伝えておきたくてね。今、王女様は安静にしてもらってる」
「そっか……」
ゼルディンからの報告に、俺は安堵の溜息を漏らした。
今、俺がこうして無事に朝を迎えられたのは、彼が手術に成功してくれたからだ。
これでまた一つ、現代日本へ帰還するための手順が進んだことになる。もう少しで
「くれぐれも、王女様をあそこから連れ出さないようにしてくれよ。いいね?」
「俺も勝手にそんなことはしないつもりなんだが……」
「あの状態の彼女を連れ出せば、傷口が開いて命が危なくなるんだ。ま、護衛がいるから僕の許可なしにそんなことはできないと思うけどね」
ゼルディンは夜通しで彼女の手術に当たっていたのだろう。丸眼鏡の向こう側にはクマができ、目が眠たそうにトロンとしていた。大きく口を開けて
「僕は寝る」
彼は手を振りながらそう言うと、廊下の奥へ消えていった。
* * *
「うわ……すごい部屋だな、ここは」
朝の眠気が完全に消えた頃、俺はパルナタードが眠っているという病室へ向かった。
そこでまず目に飛び込んだのは、部屋全体に描かれている巨大な魔法陣。壁も、床も、天井も、魔法陣の線がネオンのように光っており、チカチカしていて眩しい。この魔法陣が部屋中央のベッドに横たわる患者の回復力を促進させる構造なのだろう。
パルナタードはそのベッドに横たわり、静かに眠っていた。手術に必要だったためか長かった髪はバッサリ切られ、お転婆少女のような印象を受ける。ゆっくりと胸が上下し、その少女がまだ生きていることを示していた。
そして、彼女の横に立つのは護衛する人物。
「ゼルディンが言ってた『護衛』っていうのは、お前のことだったか」
「王女を誘拐したとんでもない男って、あなただったのね」
赤髪の女、スピルネだ。
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