もう異世界召喚するんじゃない

ゴッドさん

第1召喚 異世界拉致

 異世界という場所へ初めて召喚されたのは、俺が高校2年生のときだった。


「お願いです勇者様、この世界の人類を脅かす魔王を倒してください!」


 高校からの帰宅中、気が付くと俺は全く知らない場所にいたのだ。

 足元には魔方陣。石造りの壁には紋章の描かれた赤いタペストリ。天井には凝った装飾のシャンデリア。

 そして目の前には白いドレスの美少女。さらさらとした絹のような金髪に、エメラルドを連想させる碧い瞳。血色のいい唇に、透き通るような白い肌。全体的にすらっとした体格だが胸部だけは突き出ており、ドレスの開いた部分から深い谷間が露出している。

 彼女は俺に向かって跪き、不安げな表情で俺の瞳を覗き込んでいた。


 なぜ俺はこんな場所にいるのだろうか。

 それに、ここにいる美少女は誰なんだ。ほんの数秒間は彼女の美貌に見とれていたが、謎だらけの状況にすぐ冷静に戻った。


「あ、あのさ……今の俺に何が起きてるわけ?」

「あなたはエスメラルディナに召喚されたのです!」

「え、エスメ……何?」

「この世界、エスメラルディナに住む人間族の生活は魔眼族によって脅かされています。あなたの持っている『勇者の力』を使って魔眼族の軍勢を撤退させ、彼らの王である『魔王』を討伐してください!」

「説明が唐突すぎて分からないんですけど……」

「ご、ごめんなさい……私としたことが、説明を省きすぎてしまいました。私はルミエーラ王国の王女、パルナタード・ランス・ルミエーラです。王家に伝承される『勇者召喚魔法』を使い、あなたを別世界から召喚しました。召喚魔方陣の仕組みはですね、カナカティオン光粒子を限界加速させ異次元の世界に住むあなたを光の粒子へと変換し、ホールデプス付近から減速させて肉体を再構築させることで、今あなたは魔法陣上にいるのです。さらにマリナイバ鉱石の破片を魔方陣線の記料成分に加えることで私の魔術伝導率が飛躍的に向上され――」

「あ、あのさぁ……」


 初耳な固有名詞の多さに、俺の頭は理解に追い付かない。この女はさっきから何をベラベラと饒舌に説明しているんだ?


 話をまとめると、俺は剣と魔法の異世界に召喚され、その世界に住む人間を脅かす魔王を討伐しなくてはいけない、ということらしい。

 随分と勝手な話である。何の予告もなしに他人を変な場所に拉致して、その挙げ句、未知の存在と「戦え」なんて、彼女や王国のモラルを疑ってしまう。大丈夫なのか、この国は。

 俺の住んでいた世界には『異世界召喚』なんていう二次元ジャンルは余るほど流行っていたが、どうやら俺はそういう拉致被害に巻き込まれてしまったらしい。面白いものからクソ以下につまらない作品まで数あれど未知の危険な世界を冒険する楽しさを求めて愛読していたが、実際こうも滅茶苦茶に理不尽で身勝手な要求を叩き付けられると嫌気が差してくるというものだ。俺の場合、さすがに「よっしゃあ! 異世界ライフの始まりだ!」とはならなかったのである。


「あなたが魔王を倒してくれた暁には、私からあなたにお礼を差し上げましょう」

「お礼?」

「はい、我家に伝わる最高の国宝を授けます。ですから、どうか魔王を倒してください!」

「あの、具体的にどんな報酬なのか教えてもらえませんか?」

「他では入手できない貴重なものです! 魔王を討伐するだけの価値はあると思います!」

「あのさぁ……」


 モラルの崩壊した国の宝なんてあまり期待はできないが、どうしたものか。

 そもそもその宝とやらは実用的なものなのか?

 そもそも俺は日本に帰れるのか?


「あのさ、魔王を倒さないで帰ることは可能か?」

「それはできません! 私が『あなたを帰還させたい』と思わない限り、あなたはこの世界に留まり続けるのです!」

「えぇ……」


 お前の思考次第じゃねぇか!

 どうにか彼女に俺を帰還させたいと思わせなければ、ずっと日本に帰れないままだ。


「ああぁぁぁ……これは夢だよな?」

「何を言ってるのですか勇者様、これは間違いなく現実です! 早く魔王を倒してくれないと、私たち人間族の多くが滅ぼされてしまうのです!」


 何か、もう滅茶苦茶だな。

 この女、とにかく強引に俺を魔王討伐に駆り出そうとしている。オレオレ詐欺でもここまで強引に話を進めたりはしないだろう。

 彼女は本当に困っているのかもしれないが、俺とは何の因果もないであろう未知の異世界のために命を張って協力するなんて馬鹿げている。自分の世界のことは自分の世界でどうにかしろ、と言ってやりたい。

 現実世界への未練だって沢山ある。ゲームがしたい、とか、カラオケで叫びたい、とか、和食を食べたい、とか。こうなると分かっていたら、もっと準備してから臨んでいただろうに。現代日本に住む一般人がこういう状況に置かれたら皆が皆同じことを言うだろう。「そんなの困ります」と。


「それでは、行ってきてくださいね勇者様!」

「待てよ! まだ俺は承諾してな――」

「それでは、ご活躍を期待しております!」


 これが強引召喚王女、パルナタードとの出会いである。








     * * *


 気が付けば俺の学生服は脱がされ、代わりに軽装鎧を着させられていた。剣と盾を持たされ、魔王が住む城への大雑把な地図を懐に入れられている。俺を魔王討伐に差し向ける気満々だ。

 ついでに護衛としてパルナタードの部下らしき騎士やら魔法使いやらを随行させられた。


「それでは勇者殿、一緒に参りましょうぞ」

「まだまだ魔術師としては未熟ではありますが、全身全霊でお供させていただきます!」


 やめろ。俺を勝手に巻き込んで戦場へ送るんじゃない。

 よくよく見れば、彼らも皇女と同じような目をしていた。薬でもキメているような、何かを一心不乱に盲信しているような、そういうヤバい目つきである。王女が王女なら部下も部下だ。


 それからすぐに王国を出発し、魔王城へ旅立った。北アメリカ大陸を横断できる距離を移動するのだからクソ疲れる。主な移動手段は徒歩と馬。おまけに道は舗装なんてされていないため足場も悪い。激流を小舟で下る、ドラゴンの背中にこっそり乗る、なんてのもあった。高い山を越え、深い谷を越え、移動だけでも命懸けだ。

 こんな任務なんか途中で放棄してやろうと何度も思った。しかし護衛のヤツらが常に俺のことを監視しており逃げ出すことができない。それに、現実世界に残してきた家族やら友人やらも気がかりである。逃げればいつまでも彼らの顔を見ることは叶わない。


 結局、俺は魔王城へ辿り着いた。

 あのパルナタードとかいう王女から出された第一条件は『魔王を討伐すること』だったので、城を守る四天王をなるべくスルーして立ち向かった。四天王と戦っている間に逃亡されても困る。不意打ちを狙って魔王に突撃した。


 結果は、勝てた。

 勇者の力だとか変な加護が俺に付いていたので血も涙もないワンパンの圧勝だ。気が付くと内臓を玉座にぶちまけた魔王が横たわっており、俺たちはそそくさと王国へ帰還する。


 帰りも徒歩と馬車だ。移動だけで何日もかかる。やはりクソ疲れた。ゲームにあるような瞬間転移魔法とかいう便利な魔法は存在せず、俺は足腰に多大な負担を強いられたのだ。

 正直、俺にとって魔王よりもパルナタード王女の方が圧倒的に憎い。この世界とは何の関係もない俺にこんな重労働を科し、何の恨みもない魔王を倒させるなんてサディストもいいところだ。このままではアイツをグチャグチャにしてやらないと気が済まないだろう。俺の労働に見合った報酬を用意してくれることを願うばかりだ。






     * * *


「まあ、魔王を倒してくださったのですね勇者様!」


 王国に戻って城に入ると、あの憎たらしい女が俺の前に満面の笑みを浮かべながら現れた。


「それじゃ俺に早く報酬を……」

「おお、そうでした。この国に伝わる宝をあなたに与えるのでしたね」


 すると、彼女は傍に立っていたメイドに合図し、何かを持って来させる。王女に手渡したのは、古臭い巻物だった。パルナタードはそれを手に取って広げると、俺の前で朗読を始める。


「これは我家に代々受け継がれる古文書です。『魔王を倒した勇者よ、汝に我が王国の誇る最高の財産を与えよう』」

「いいから早く寄越せよ」

「『汝にはこれまでの戦いを振り返ってもらいたい。友情、愛情、経験……その旅で得てきた『思い出』こそが、我が国が与えられる最高の財産なのだ』……以上です。魔王討伐の報酬は、あなたの心にある仲間との思い出です!」


 ハァ!?

 いらねえんだよ、そんな思い出!

 海賊漫画の最終回みたいなオチはやめろよ!


 しかし周囲を見渡すと、俺に随行してきた騎士や魔法使いは感涙を流して喜んでいた。「ありがたいお言葉ですね王女様」などと呟き、その場に泣き崩れ落ちた。

 この世界の人間との価値観の違いを、まざまざと見せ付けられた気がする。俺が薄情なのか、それともこいつらがアホなのか。


「それでは、勇者様のお役目はこれで終了となりました。お疲れ様です」

「え、お礼って、マジでそれだけなの?」

「はい。魔王を倒されたことで魔眼族は弱体化することでしょう。後は我々にお任せください」

「いや、だって俺、あんなに苦労したのにこれは――」

「それでは、さようなら勇者様!」

「おいいいいいい! 俺の要求をの――!」


 こうして俺は現代日本へと強制的に帰還した。

 あの王女を殴れなかったことが、唯一の後悔である。

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