アルテは知りたい(2)
やって来たのは、女性向けの服屋である。
ポータルの移動先で目についた服屋を適当に選んで来たのだが、どうやら当たりらしい。南国的な雰囲気の漂う、ちょうどお洒落な女の子が好きそうな垢抜けた店だった。
店内にはウクレレのBGMがそよ風のように漂い、至る所に配置された観葉植物の緑と、白いTシャツにジーンズというラフな服装のNPC店員たちが目に鮮やかで、いかにも夏らしい。
まるでハワイかどこかにでもアルテと一緒に来たような、そんな気分で店内を歩きながら、
「アルテ、何か着てみたい服はないか?」
「ありません」
「そうか。じゃあ、ち、ちなみに、俺的にどういう服を着てほしいかってことを正直に言わせてもらと……こういうのはどうだ?」
と、ちょうど通り過ぎようとしていたラックに掛けられていた、真っ白なワンピースを取ってアルテに見せる。アルテは数式を見るような目でそれを見て、
「DEF、SER、MAD、いずれも現在身につけている装備よりも性能が劣ります。したがって、私はそれを装備することを拒否します」
「……なるほど。じゃあ――」
「しかし、どうしても、というわけではありません」
ワンピースをラックに戻そうとしていると、アルテが言った。
「先ほどのように一時的であるならば、装備の変更をしても問題はありません」
「じゃあ、つまり……着てくれるのか?」
「はい」
首肯。その表情はあくまで無で、なんの感情の色もない。それゆえに、むしろ嫌がっているようにも見えなくもないが、着てくれると言っているのにそれを断るのはむしろ失礼である。
「じゃあ、試着してみてくれ」
「解りました」
と、アルテが湧磨の手からワンピースを受け取った瞬間、湧磨は嫌な予感を覚えて釘を刺す。
「待った。一応、あそこに試着室があるから、あそこで着替えてくれ」
「私はここで構いません」
「ダメだ。これは社会一般のルールだ」
「理解しました」
従順に頷いて、アルテはスタスタと試着室へ入っていく。そして三秒と経たないうちに、ワンピース姿で試着室のカーテンを開いた。
「は、早いな。でも……ああ、やっぱり似合ってるな」
いつものヤツも悪くないけど、こっちも可愛い。マネキンのように無反応なアルテの前で湧磨はうんうんと頷いて、ふと閃く。さっき通り過ぎた場所に、確かヘアゴムがあったはずだ。
「ちょっと待っててくれ、アルテ!」
急いで来た道を駆け戻り、やはり置かれてあったヘアゴムを見つけると、アルテに似合いそうだと真珠色のそれを選び取ってアルテのもとへ戻り、
「これで髪を束ねてみてくれ」
「なぜでしょうか」
「な、なぜと言われても……単純に俺の趣味だ。髪を束ねてる君が、その……み、見てみたいんだ」
中々の勇気を振り絞って言ったのだが、アルテは冷淡に、
「理解不能。ですが、それを装備した場合にこちらが被る悪影響が認められないため、その申請を許可します」
と、さっと湧磨の手からヘアゴムを取り、機械的な手早さで長い髪を束ねると、無機質な瞳でこちらを見る。
真っ青な髪をポニーテールにして、真っ白なワンピースを身につけたアルテは、まるで夏だけに現れる妖精のように儚く、美しい。
やっぱり、アルテの青い髪と白い肌にはワンピースとポニーテールが最高に似合う。俺はこれが見たかった。この姿のアルテを見ることができて、もう何も思い残すことなんてない……はずなのだが。
――違う。
胸に湧き起こったのは、そんな煮え切らない感覚だった。
こちらのワガママでこの格好をしてもらっておきながら何が不満なのだという話だが、違うのだ。確かに自分は、アルテのポニーテール姿が見たかった。だがそれ以上に見たかったのが、アルテの表情に現れる感情の輝きだったのである。自分は別に、着せ替え人形で遊びたかったわけではない。
「これで終わりでしょうか。では、私はホームへ――」
「ま、待ってくれ」
仕事を終えてさっさと帰ろうとするようなアルテの腕を掴み、
「まだだ。そ、そうだな……次はカラオケだ!」
ポータルの移動先にカラオケ屋があったはずだ。そう思い出して、湧磨はアルテが試着している服とヘアゴムを購入してから、そこへと向かった。そして、店員NPCに連れられて入った個室で、自ら率先してマイクを握った。
「……ふぅ」
誰でも知っているような無難な曲を一つ歌い終えて、ソファに姿勢正しく座ってこちらを見ているアルテに尋ねる。
「どうだ? 別に音痴ではないだろ?」
「私に歌の善し悪しを判断する機能はありません」
「そ、そうか。じゃあ、次はアルテが歌ってみてくれ」
「理解不能。なぜでしょうか」
「俺がアルテの歌を聴きたいからだ」
「私は歌を知りません。したがって、歌を歌うことはできません」
「……なるほど。じゃあ、カラオケはダメだな。次は……」
どこへ行く。どこならばアルテを少しでも楽しませられる。デート経験のなさを激しく悔やみながら、湧磨が必死に考えを巡らせていると、
「まだどこかへ行くのでしょうか?」
どこか別の部屋から響いてくる楽しげな歌声に、アルテの平坦な声が重なる。
ハッとアルテを見ると、回転する色とりどりの照明の光の中で、アルテだけがじっと動かずにこちらを見つめていた。
――空回ってるな、俺……。
心が痛いほどそれを感じて、『もう帰ろうか』と思わず言ってしまいそうになる。だが、ふと思い出した。そうだ、泉は――ゲームの中にいる俺の『彼女』は、あの場所が好きだった。そして確かポータルの移動先に、あの場所はあったはずだ。
次が最後だな。そう覚悟しながら、湧磨は言った。
「悪いが、もう一カ所だけつきあってくれないか」
「どこでしょうか?」
「海だ。海を……見に行こう」
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