アリーローズ(2)
反論できない。湧磨が言葉に詰まると、ゆりりんが妙に大人びたような笑みを浮かべて続ける。
「まだ公にはされてないけど、実はこの技術って、もうこんなレベルにまで発達しちゃってるんだみゅ。でも、信じられなくても無理ないみゅ。これは国家機密レベルの超機密技術なんだみゅん」
「超機密技術……って、それってつまり、ここが違法とかそういうレベルじゃないくらいヤバい場所っていうことか?」
「まあ、そうでしょうね」
なんということもないように微笑み、アリシアは広い窓の前へと歩いて行く。湧磨はその背中を目で追いながら、
「『そうでしょうね』って……。お前は俺を脅迫しておきながら、俺よりずっとヤバいことやってたのか。どうしてくれるんだ、もし逮捕なんてされたら……!」
「大げさな人ですわね。余ほどのことがない限り、そんな心配など不要ですわ。
何せ、ここへいらっしゃるお客様方のほとんどは、我々庶民とは生きている世界が違う方々――社会の『よいこと』と『悪いこと』を決める側にいるような方々ですもの。そんな方々の遊び場を乱すようなことなんて起きようもありませんわ」
「…………」
「ここが何をする場所なのかは、もうアリシアから聞いてるんだみゅ?」
言葉を失った湧磨の顔を、ゆりりんが猫のように首を傾げて覗き込んでくる。
「あ、ああ……自分の力で商品を勝ち取って、同時にファイトマネーも得る、とか……」
「そうだみゅん。まずは欲しい商品が戦い(オークシヨン)に出されてたらそれに入札エントリーして、同じく入札エントリーした人と戦って商品を奪い合うんだみゅ。それで、勝てば商品とファイトマネーをゲットっていう流れだみゅ」
「いや、流れって言われても……」
そうね、とアリシアはこちらを向いて笑い、
「まあ、実際に見てみるまでは到底信じられないでしょうね。ですから、これからわたくしが直々に、あなたのお勉強のためにも戦ってさし上げますわ。見ていなさい、清里。わたくしの優雅で華麗なる戦いぶりを」
言って、そのマイクロビキニ姿のまま、モデルのような歩き方で玄関へ向かっていく。すると、「あ」とゆりりんが口を開き、
「そうだ、アリシア。ちょうどいいから、清里くんにポータルの使い方を教えてあげといてほしいみゅん」
「そうですわね。じゃあ、ついていらっしゃい」
アリシアはドアを開けながらこちらを見て、それからリビングを出て行く。湧磨は言われるがままそれに従い、アリシアの斜め後ろで玄関の前に立つ。
「よく見ていなさい」
アリシアが扉と向き合うと、その扉すぐ横の壁あたりにホログラム画面が浮かび上がった。アリシアはその画面を指で縦にスクロールしながら、
「移動をする時は、ポータルをくぐる前にこれで行き先を指定しますの。でないと、サイトから出て行ってしまうことになるから注意なさい」
「ショッピングモール、映画館、和食レストラン、カラオケ屋、道場、グラウンド、アリーナ、アリーナ観客席、海岸A、海岸B、森の公園……?」
これ以外にも様々な行き先があるが、パッと目についた行き先を、呆然と湧磨は口にする。信じられない。全感覚型VR空間というこの場所は、こんなにも広大なのか。これはまるで、一つの街が丸々構築されているようなものじゃないか。
「ちなみに、オークションに向かう時は、事前に指定されている『アリーナ』を選択するんですのよ」
言葉を失う湧磨を置き去りにして、アリシアは手慣れた様子でスクロールを止め、『アリーナC』と記された欄をタッチ。それから扉を押し開くと、そこにあったのは先ほど湧磨がいた青一色の空間ではなく、上へと向かう狭い石階段だった。
覗き込んでみると、上のほうには両開きの硝子扉があり、そのほうから白い光が差し込んできている。
まるで地上へ向かっていく地下鉄の階段のようだ。そう思いながら玄関から顔を覗かせていると、
「鼻が潰れますわよ。ああ、失礼。今は鼻も何もありませんでしたわね」
裸足のまま玄関から出たアリシアはそう笑ってから、ふと神妙な顔になって、
「ところで、あなたは、その……今でも……」
「……?」
言葉の続きを待つ。が、アリシアは何やら落ち着かなさそうにソワソワしながら口を噤む。なんだ? と尋ねようとしたが、その気配を察したように、
「い、いいえ、なんでもありませんわ」
真っ直ぐな金髪から覗く耳を朱くしながら、別れの挨拶もなしにバタンと扉を閉じてしまった。
なんなんだ。困惑しつつリビングへ戻ると、
「清里くん、こっちこっち。このモニタでオークションは観戦できるみゅん」
と、畳一枚と変わりない大きさのようなモニタの前のソファから、ゆりりんが手招きしてこちらを呼ぶ。その手と一緒に揺れる胸を思わず見てしまいながらその後ろに立って、大きな窓と窓の合間の壁、その手前に浮かび上がっている画面を見る。
「あれ?」
と、湧磨。
「どうしたんだみゅ?」
「え? いや……」
画面に映っている景色――どうやらこれから戦い(オークシヨン)の繰り広げられるらしいアリーナの映像を見て、湧磨は戸惑う。
広い幅の、石造りの橋。その両側に等間隔で建てられた、巨大な天使の石像……。
この景色、見覚えがある。なんだろう? そう考えて、すぐに思い出す。そうだ。これは今朝、俺のパソコンに届いた、あの妙なメールに添付されてた画像の景色だ。
じゃあ、やっぱりあのメールは俺の勘違いなんかじゃなかったのか? でも、どうしてこの場所の画像が俺の所に……? というか、もしあれがこのアリーナを撮影したものだとして、それにどうして泉が写っている?
――……解らん。
混乱に続く混乱で、頭がパンクしそうだ。湧磨は球体の頭を棒状の腕で押さえ、一つ息を吐いてから尋ねる。
「ところで、この戦い(オークシヨン)で争う商品はなんなんだ?」
「エインズレイのティーセットだみゅ」
「ティーセット?」
「うん。ゆりりんもよく知らないけどね、結構お高いものらしいみゅん」
「へぇ……」
だとしても、ティーセットくらい、わざわざこんな場所で手に入れようとしないで普通に買えよ。と思っていると、
「さあ、始まるみゅん」
ゆりりんがソファの上にアグラを掻きながら言って、直後、画面の右側に険しい表情のアリシアが、左側に物々しい西洋甲冑と大剣を装備した人物がアップで映し出された。その足元には、『アリーローズ』、『ヤサイ39』という文字が表示されている。
「あの文字は……アカウント名か?」
「そうだみゅ。『アリーローズ』、それがアリシアのここでの名前だみゅん」
『Ready』
『Fight!』
の文字が、画面中央に派手な火花と共に映し出された。
すると、カメラがパッと俯瞰のものに切り替わる。橋のほぼ中央で向かい合っていた二人は、その時には既に動き出していた。
西洋甲冑の人物――ヤサイ39は、その重たげな装備をものともせず素早く後ろに跳躍。
と同時、アリシアはその周囲に出現させていた幾本もの細く鋭い氷を、風を切る音と共に高速で放つ。
間を置かず、アリシアは右手に出現させた掌サイズの火球をヤサイ39へ投射。降り注ぐ氷の矢の中で身を固めることしかできずにいたヤサイ39はそれを避けることができず、炸裂した炎を纏いながら背後へと吹き飛んだ。
「な、なんだよ、これ……!」
「開始直後のアイスアロー、ファイアボール。この派手な魔法攻撃こそアリーローズが『クイーン』と呼ばれて人気を集める理由だみゅん。どう? 驚いたみゅん?」
「あ、ああ、凄い……! おっぱいが、おっぱいが滅茶苦茶揺れてる……!」
あんなに揺れてるおっぱい、俺は見たことがない。魔法の連続も凄いが、それよりも胸の揺れのほうが凄まじい。こんなに揺れているモノをあの小さな布で隠し切れるのか、今にも全てこぼれだしてしまうのではないかと、一瞬たりとも目が離せない。
「他にもっと驚くべき所があるような気がするんだみゅ……」
「そ、それはそうだが……っていうか、俺が言うのもなんだが、女子高生があんな格好をするなんて許されることなのか? これはもうバトルっていうか、むしろいわゆるストリップ的な……」
「ゆりりんも、本当はアリシアにあんなカッコなんてさせたくないみゅん。でも、ああいうコスチュームを着るだけで観客数が段違いなんだみゅ」
見て。と、ゆりりんはテレビ画面の右下隅を指差す。そこには小さく人のマークと『604人』という数字が記されている。
「あれは、この戦い(オークシヨン)を賭けの対象にしてる、お金持ちさんたちの数だみゅ」
「賭けの対象……? なるほど、それがさっき言ってたファイトマネーの出所か」
「そ。で、ここに来るようなお金と暇を持て余したお客さんたちは、十万円くらいはポンと捨てるように賭けるから、ファイトマネーは少なくとも……」
「大体、観客が六百人として……ろ、六千万!?」
「ううん、アリシアが貰えるのはその三十七パーセントだから、二千万と少しくらいだみゅ。ちなみに、アリシアは『Aランカー』だからその割合で、最初の『Gランカー』は八パーセントの取り分からのスタートだみゅ」
「……なんて世界だ」
画面の中では依然、激しいバトル――もとい戦艦と人ひとりが戦っているような凄惨な戦いが繰り広げられている。
凛々しい、強者の面持ちをしたアリシアがカメラにアップで抜かれているのを呆然と眺めていると、ゆりりんがソファの背もたれにゆったりと腕をかけながら、
「ふふん。仲間のゆりりんが自慢するのもアレだけど、アリシアは本当に強くて可愛いみゅ。だから、アリシアに敵う人なんてそうそういないし、アリシアより人気がある人もほとんどいないみゅん。――ああ、そうだ。ところでさ、清里くん」
と、ゆりりんが急にその声と口調を冷たくして、前を向いたまま言う。
「君、アリシアとはどういう関係?」
「関係? 同じ学校の同級生だが……」
「それだけ?」
「ああ……」
ふーん。と鼻を鳴らしながら、ゆりりんはその円らな瞳をまるで警官のように冷たくしながらこちらを見つめる。
なんだ? 幼い少女とは思えないこの圧迫感は。湧磨がたじろぐと、その様子を見て何か安心でもしたように、ゆりりんはその目に無邪気な笑みを戻し、
「そっか、それならいいんだみゅん」
とだけ言って、テレビ画面のほうへ顔を戻す。
『それならいい』って、どういう意味だ? よく解らないが、脂汗が全身から噴き出すようなこの緊張感はなんだ。湧磨がまさしく棒のようにその場に立ち尽くしていると、テレビ画面の中で、ヤサイ39がフラフラとした足取りながら、最後の抵抗というようにその大剣をアリシアへ投げ放った。
危ない。湧磨は思わず呟いたが、アリシアは右手をかざすだけで、触れることもなくそれを受け止めた。
その眼前で磁気のバリアに捕らえられたように大剣は静止し、アリシアがちょいと動かした指とシンクロするようにそれはくるりと刃の先を転じて、直後、矢のような速度で打ち返された。
それは銀色に輝く甲冑の腹部を貫き、ヤサイ39は後ろへ吹き飛びながら白く輝く粉となって空中へ消えていった。ゆりりんがその小さな手を叩く。
「ぱちぱちぱち、流石はアリシアだみゅん。あ、そだ、清里くん。何か食べたかったりしたら、いつでも自由に冷蔵庫から『注文』していいみゅ」
「注文?」
「うん、冷蔵庫を開ける前に、そのモニタで注文してからドアを開ければ、中にそれが現れるようになってるんだみゅん。ちなみに、ゆりりんのおすすめは『グレープサンダー』っていうジュースだみゅ。アリシアおすすめの『こだわりカレーパン』と一緒に食べると最高だみゅん」
玄関からリビングへ入って左手のほうにパソコンのデスクがあるが、その逆、右手のほうにはカウンターキッチンがあり、その奥には銀色の大きな冷蔵庫がどっしりと佇んでいる。ゆりりんはどうやらあれのことを言っているようだが、
――注文して届くなら、あんなデカい冷蔵庫はいらないんじゃないのか。
と思わずにはいられない。やはり、何もかもワケの解らない世界である。
今までアリーナが映し出されていたテレビ画面には、どうやら掛け金の精算らしき表示が映し出されている。そこには億を超えるような金額が示されているような気がするが、もはや頭がついていかず、数える気にもなれない。
ぼんやりと標識のようにその場に佇んでいると、玄関の扉――ポータルが開けられる音が聞こえて、それからアリシアがリビングへ姿を見せた。まるで馴染みの高級レストランへやって来たセレブのような微笑を湛えながら、
「まあ、わたくしにかかればこんなものですわ。とんでもない退屈な相手だったのが残念でしたけれどね」
「ご苦労様だみゅん、アリシア」
ゆりりんの労いの言葉にアリシアは軽く頷いて答え、それからツンと鼻を高くして湧磨へ視線を流す。
「どうだったかしら、清里? わたくしの高貴な戦いぶりは」
「あ、ああ、凄かった。あんなの、見たことがない」
「――って言いながら、アリシアのおっぱいばっかり見てたんだみゅん」
おい、とゆりりんの口を押さえた時には既に遅かった。アリシアはキッとこちらを睨みながら胸を腕で隠し、
「あなたという人は、本当に、いつもそのようなことばかり……!」
「違う! まあ、確かに見たには見たけど……別にそればかり見てたわけじゃない! と、というか、それよりもだ」
と湧磨は逃げるようにゆりりんを見て、話題を変える。
「二人は、俺を仲間にするためにここに呼んだんだよな? ってことは、さっきアリシアがやってたようなバトルを俺にもやれっていうことなのか?」
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