不可解
テレスティアの令嬢。
正確に言うと、王の娘という立場に迎えられた上で、この国に来た。普通の令嬢がついて来るのは不自然なものがあるが、その立場となれば見えてくる目的があり自然となる。
その令嬢の姿は、一部の人しか見たことがない。夜会の会場での養父と王弟の会話を聞く限りでは、今宵の夜会に出席予定ではあったようだが体調不良で欠席。その姿はやはり多くが目にするところではない。
「なぜ、こんなところに」
養父と王弟が凝視する先は、部屋の隅。
あの女性がいる。
「この人は」
シルビアが声を出すと、養父と王弟が同時に見た。
二人の視線に一旦止まってしまうと、アルバートが「シルビア、知っているのか」と聞く。
頷いて、シルビアは以前の記憶を思い起こしながら話しはじめる。
「この女性は、街中での邪神信仰者捜索途中に保護された人なのです」
「話に聞いていたあれか」
「はい」
「間違いないか」
「はい」
服装と様子が変われど、確かだ。
「と言うことなんだが、父上、叔父上。テレスティアの令嬢というのは本当か」
養父と王弟は、「間違いない」と言う。
「怪我をしているな。血が出ている。あれだけ魔物がいたんだから当然か」
アルバートが女性の身を起こし、壁にもたれさせる。彼女の白い衣服も、ところどころ赤かった。腹、肩。
「治します」
神官の怪我を治してきた流れで、シルビアは彼女の傷も癒す。
その傍らで、王弟が、シルビアに女性が保護された過程について詳しく問いかけた。
「細い路地で侍女と思われる人と二人で、怯えた様子で……。事情を聞こうとしたのですが、『誓い』を使われているようで話すことが出来ない様子で、教会に保護されることになりました」
「……それはいつの話だ」
頭の中で日数を数えて答えると、王弟が養父を見る。
治療のため、神通力を流すシルビアは、妙な感覚を得てわずかに眉を寄せる。……何だ。
「私達が会ったのは一度で、初日か。それ以降は見ていない。……城の外に出ていたとして、その状況は何なんだ。テレスティアの内輪揉めか?」
この令嬢がテレスティアの人だとして、なぜ侍女と二人だけであのような場所にいたのか。
城には行きたくない様子だった。逃亡?
テレスティアに複雑な事情があると思わせる。
「それだけの日数いなかったのに、テレスティアが気がつかなかったはずはない。だが、父上と叔父上が知らないということは、テレスティアからは何も言われず、そんな様子もなく隠していたということだな」
「そうなるな。こちらに言わなかったということは……彼女から出ていったと予想出来る理由があって、その理由はこちらに言えないことだったということなのかもしれない」
王弟、養父、アルバートが、この不可解な状況を話し合う。
シルビアはというと、傷を癒し終え、女性が小刻みに震えはじめたので、何か羽織わせるものはときょろきょろする。
ベッドがある。その上から、一枚薄い毛布を引っ張り出して、持っていってみる。
「内輪の問題は内輪で留めて欲しかったな。単に嫁入りを嫌がられていて、『誓い』まで使って黙らせている、という中身でなければいい」
「テレスティアに知らせるかどうかだな」
「知らせるしかあるまい。こちらで隠していて良いことはない」
「とりあえず、この場は任せてもいいか。魔物はいたが、邪神信仰者は他にいることになるから、探さなければならない」
「そうだったな。……どんな事情と経緯であれ、魔物に襲わせてしまったな……」
女性の震えがひどい。
毛布をかけたが、酷くなっていく一方だ。これでは寒いのではないか。怯えによるものか。
シルビアはどうして良いか分からなくて、女性を見たまま、側に助けを求めようとする。
「あの、この方、」
言い切る前。
女性が顔を上げ、シルビアは息を飲む。恐ろしい形相をして、その目が、シルビアを睨んでいた。尋常の目付きではない。
「────!」
声にならない叫び。威嚇。拒絶。──呪い。
女性の体から、靄が滲み出た。
黒い靄が、形を変じる。口を得て、手を得て、シルビアに牙を向き、手を伸ばす。
至近距離からの襲撃に、為す術なく飲み込まれてしまうかと思ったが。
白い刃が、背後から『それ』を一突きした。
瞬きも出来ない間に、後ろから引き寄せられ、庇われる。
アルバートだった。間一髪、異変に素早く反応した彼はシルビアごと下がり、距離を取った。
「アルバートさん……」
シルビアは、分かってしまった。今目の当たりにしたものと、治療のときの感覚。
「魔物を生み出しているのは、」
その女性だ。
そう言っている間にも、女性から、黒い靄が生まれていく。
「父上、テレスティアの令嬢だというのは本当なんだろうな」
「間違いない」
「だが、──これはもう邪神の影響を受けているだろう」
魔物とは、このように生まれるものなのかと言えば、違うはずだ。
しかし、明らかに女性から……。
靄が固まり、魔物のようなものが増えていく。
「訳が分からんがやむを得ん! 魔物を片付け、一度気絶させるぞ!」
気絶させれば、祈れない。魔物を産み出せない。魔物とは、邪神信仰者の信仰心によるものだ。
数が多くても、力の弱い魔物など敵ではない。シルビアに一直線に向かう魔物は全て消滅させられ、
「父上、シルビアを頼む」
アルバートが一気に女性に近づく。同時に出現した魔物を切るべく、刃を振り上げる。
「待ってくれ! 殺さないでくれ! ──私の婚約者なんだ!」
アルバートの刃は、もちろん、魔物のみを切った。間髪いれず、物理的に女性の意識を奪う。
女性を横たえ、アルバートが身を起こす。
彼は、出入り口に視線をやった。
出入り口には一人の男性がおり、その後ろにも誰かおり、その後をやって来る足音が今も響く。
「──バゼル殿下、どういうことですか?」
王弟が、問うた。
殿下。この国でそう呼ばれる人の誰でもない人は、もしかしてテレスティアの王子だろうか。
他国の王子は、顔が強張っていた。
口を閉じた様子に、王弟は言葉を重ねる。
「今、我々はここに現れた魔物を退治していました。その女性を傷つける意思はありませんでした。彼は魔物を斬ろうとしただけですから。──しかし、今、不思議なことを聞きましたな。彼女はあなたの国の令嬢で、今回『王の娘』として来たはずですね。あなた方は、彼女の輿入れも示唆しました」
「……」
「どういうことでしょうか。その様子では、彼女は本人で間違いなさそうですが、我々はたった今、彼女が邪神信仰者ではないかという光景を見たばかりです。彼女の様々な状態について説明して頂かなくてはならない。『誓い』を施され話せない状態で、先日顔を知らぬ者に保護されたようでして」
「……」
「それと、なぜ今いらっしゃったのでしょう。まさか賓客の一人がいなくなっていたとはお聞きしていなかったため、他国の方にいらない心配をかけるわけにもいかず、バゼル殿下に来て頂くようには畏れ多くもお願いするはずがございません」
「……」
「万が一魔物が出たとお聞きになったか、何かあったと察して、魔物が出たと予想したか。彼女がいなくなったことに気がついたのはいつですか。『何か』起きれば、彼女が影響しているとお思いになり、駆けつけになりましたか」
他国の王子は、何も言わない。
「何か言えばどうだ」
王弟の口調が変わり、声に怒りが含まれる。
「あなたの国の貴族、それも王の娘に迎えられる家柄の人間が、なぜ邪神信仰者のようになっているのか。婚約者というのはどういうことか。我が国とのやり取りをどういうつもりでしていたのか。どういうことかは知りませんが、我が国に、どういうつもりでいらっしゃったのですか。内輪の問題であれば内輪で解決していただいて結構ですが、今ここであったことについては説明をしてお帰りいただきたい」
「グレゴリオ叔父上、落ち着いて下さい」
王太子が、他国の王子の横からひょこりと現れた。王弟を宥める声をかけ、中へ入ってくる。
王太子は宥めてみせたが、怒りは最もだった。
相手が王族とはいえ、他国の王族だからこそ、問題だった。
この場で、王子と女性はそれぞれ、この国との関係を一気に変えてしまえることをした。事実によっては国間の関係がどうなるか。
王子は蒼白な顔で、部屋の奥に倒れる女性を見た。
「……彼女を先に保護して、身の安全を確保してくれませんか」
「今は身の安全があるようには見えないと仰りますか」
「あなた方を疑っているのではない! ただ──」
テレスティアの王子は恐れるような反応で、周りの者を見た。背後も。
「バゼル殿下、私達はあなたたちに危害を加えようと思っていません」
王太子がにこやかに声をかけた。
「ただ、事情を説明して欲しいのです。私達はあなた達が騙そうとしていたとは思いたくありません。私も今来たばかりの身なので聞いたことと少し見られたことで申し訳ありませんが、そちらの姫が保護された事情は内輪のことかもしれませんから、こちらからは深く聞かないでおきましょう」
ただ、と王太子が真顔になる。
「魔物の出現に関して、知っていることがあるのであればそれは聞かないわけにはいきません。どうか、我が国とあなたの国の良き関係のために聞かせて下さい」
それを聞くまで、帰すわけにはいかないと聞こえそうだった。
強制しても、しなくとも、テレスティアとの関係は芳しくなさそうだ。強制すればテレスティアから文句をつけられる可能性があり、しなければこの国が警戒するまで。どちらにしても、話し合った結果は少なからず破綻するのではないだろうか……?
テレスティアの王子は、他国の王子とは思えないほど切羽詰まった様子で、前のめりになった。
「私達は──」
勢いよく、何か吐き出してしまうかと思われたのに、言葉は途切れた。
テレスティアの王子は続けて口を動かしているが、音は出ない。
シルビアは、ついこの間初めてこの光景を見た。そう、その王子と同じ国から来た女性──
「……『誓い』?」
シルビアの呟きは、小さかったのに、思ったよりもその場に通った。
全員がシルビアを見て、
「まさか」
言ったのは誰だったか。
今日何度目のまさか、だったか。この場にいる人間は、皆『誓い』についての知識があったはず。
それにも関わらず、このタイミングでは単純に思い付いたシルビア以外は連想もしなかった。
なぜなら、当人が当人だ。
王子が、一体誰に、『誓い』を行わせられていると言うのだ。
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