幼なじみなんてのは所詮こんなもん


 講義が終わり、大教室からまるでイワシの大群が3つの掃除機に吸い込まれていくように3つのドアに吸い込まれていく学生たちを横目に見ながら、2限の授業が始まる前に買ってきた弁当を開く。


 ここで疑問に思う方もいるかもしれない。「なぜ外で食べないのか、大学には高校と違って学食があるだろう」と。

 それは間違っている。




 学校法人私立新宿大学。俺が通っている大学の名前だ。

 通称新大。

 日本の首都の中枢に位置する都市にあるだけに、戦前・戦中・戦後と巨大な勢力を誇ってきた我らが新大は、その広大な敷地面積(噂では同じ偏差値レベルの大学の3倍近い大きさらしい)と、文・理をキャンパスで分けない謎の信条が功を奏して、現在では学生数総勢4万人のマンモス大学になっている。一応私立大学の中じゃ日本でも有数の難関大学ではあるんだが、それと同時に大学生文化のあらゆる発信地としての機能も併せ持っている。



 さて、ここで学食という場所を思い起こしてほしい。学生数総勢約3万人を一キャンパスに無謀ながら押し込めているこの大学の学食は、さながら蜂が巣に大量に群がっている様相を呈している。その中にこの友人ゼロ、よっ友数人(だが話さない)、ましてや昼飯をともにする人間など存在しないこの俺が行くなど、もってのほかだ。




 と、そんなわけで、一人でいてもさして存在感が出ず、かといって一人ではないこの大教室の隅(おすすめは左端の一番前)でこっそり食べるのが賢明な判断というものだ。


「おーい、慶くん!」

 甲高い声がして、俺はつららの滴った水滴が背中の服と肌の間に滑り込んだような嫌な予感がした。

「慶くん、慶くんってば!!」

 あたまをぱしんと叩かれて俺はようやく振り返る。目の前には、予想と寸分たがわない景色が俺の前に広がっていた。


 きれいに染まった茶色(栗色といったほうが適切だろう)を肩まで延ばしたセミロングの髪型に、イマドキの女子大生が着そうな(ってもうこいつは大学生なのか)ベージュのワンピースを着て、後ろに物珍しそうな目で俺のことを見る女子数人を連れて目の前に仁王立ちしているその女は、二条由紀奈という。

 幼稚園からの腐れ縁で、まあいわばよくある「おせっかいな幼馴染キャラ」ってやつだ。だがアニメやマンガで描かれるようにかわいげのある(つまりデレる)やつでは決してなく、ことあるごとに俺に突っかかってくる。

「なんだよ」

「呼んだのに振り向かないからだよ。慶くんってほんと耳悪いよね」

 聞こえているが無視しているという発想はこの女にはない。

「慶くん、最近会ってなかったからさ。声かけてあげようと思って。ちゃんと真希さんに迷惑かけずに暮らせてるの?」

「なんで上から目線なんだよ・・・、それにこっちは迷惑かけられてる側だ」

「またそうやって・・・、ねえ、慶くんちゃんと大学楽しんでる?」

 一瞬、心の中がよくわからない感情に満たされる。

「なんだよいきなり」

「なんでって、ごはん一人で食べてるし」

「一人で食べるのは悪いことなのか」

「いや、そういうことじゃなくて、もっとこうさ、大学生っぽいことしないの?遊びに行ったり、いっしょにご飯食べたり、いっしょに授業受けたりさ」

「あいにくおれにはそういう機会に恵まれてないんでね」

「慶くんなら友達くらいすぐできそうなのに」

「余計なお世話だ」

「そんな言い方しないでもいいじゃん」

「それより後ろの子たち待ってるんだろ、はやく行ってやれよ」

 由紀奈は一瞬逡巡したような顔をして、ぷいっと背を向けると

「慶くん、わたし慶くんのそういうまじめなところ、別に嫌いってわけじゃないからね」

 そういって由紀奈は真ん中の掃除機に吸い込まれていった。

 まったく、あいつは何しに来たんだと心の中でぼやく。読者諸氏は幼なじみとは所詮こんなもんだとご理解いただきたい。

 

 俺は心臓のあたりがむかむかするのを深呼吸でごまかして、二つ目のおにぎりを開けた。

 ミスった、梅は今の気分じゃないな。

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