死にたがりの勇者と守り人
かいり
プロローグ
巨大な学園都市『キシリア』。人間も鬼も獣人も妖精も、あらゆる種族の子供達がそこに集結し、共に学舎で生活する。時に喧嘩し、時に助け合い、彼らは様々な形の絆を作りながら、やがて学園を卒業していくのだ。
希望に満ちた、夢溢れる学園都市―――誰もがそう認識している一方で、とある噂が存在した。夢とも希望ともかけ離れた、「負」の噂……。
―――学園はいずれ、魔物に支配される。
あなたは、そんな学園に転校生としてやって来る。その理由は、次代の勇者を守るよう、現代の勇者に頼まれたからだ。
夢と希望と噂に包まれた学園に潜り込み、次代勇者を魔物の手から守ろう!
「………というものです。いかがですか?」
にこにこと笑う男の前で、俺は沈黙した。まず何と返せばいいのか分からず、思わず黙りこくってしまった。
その反応に不安になったのか、薄毛の男は俺の顔をおそるおそる覗き込む。
「あのう……」
黙ったままでは進展しない。それに、話を聞いて嫌な気はしなかった―――だったら、答えは決まっているだろう。
「起きてますか? もしかして寝落ちたとか……」
「いいよ」
「え?」
男の言葉を遮るように言い、微笑を浮かべてみせた。
「そのゲーム、やる」
刹那、男の表情がパッと明るくなった。嬉しそうに何度もお礼を言うもんだから、逆に何か騙されたのかと不安になる。
「それじゃ準備をしてきますね! 待っていてください!」
男は意気揚々と、奥の部屋へ駆けていってしまった。再び部屋には沈黙が流れる。
一人旅の途中、俺はふらりとこの館に訪れた。坂の多いこの地域は、観光地以外はとても静かな場所であるため、あまり人も見かけないし、だが立派な建物が多かった。別荘が集結しているらしく、そのため休暇シーズンでもない九月半ばの今は過疎っているのだという。
そんな町中で、隔離されたような行き止まりに建っていた、一軒の館。入り口の前には看板が立てられており、
『新開発! 無料体験型ゲーム、やってます!』
と可愛らしい丸文字で書かれ、周りにはウサギや猫のイラストが描かれていた。その可愛らしさもさることながら、「ゲーム」というジャンルを好む俺にとってはかなり魅力的な言葉であり、吸い込まれるように館へと足が動いたのだ。
ところで、字面からして可愛いらしい女性が出迎えてくれるのかと勝手に想像していたが、なんと出てきたのは先程の男ただ一人。しかもハゲ予備軍の幸薄い顔をした、それでいてピッチリとスーツを着る男だった。テンションがだだ下がりしたのは言うまでもないだろう。
「あの男があの字やイラストを描いたのかと思うと……」
「なんですか?」
「―――わあ⁉」
間近で声が聞こえ、思わず肩が跳ね上がった。真後ろに男が立っており、笑っている。いや、目は笑ってない。
「いっいや! 何でもないです!」
「そうですか? それではこちらへ」
ドアの隣の壁に設置された巨大モニターの前に立つ。男がリモコンのボタンを押すと、モニターに電源が入った。ブルースクリーンには『名前』、『性別』、『学年』の三つの欄が表示された。
「お名前は?」
「え?」
「お好きなお名前をどうぞ?」
なるほど、あくまでゲームの体か―――少し考え、本名である『渚』と答えた。男が必死に入力をし始める。どうやらボタンの効きが悪いようで、何度も同じところを押していた。
「すみません、結構使っているもんですから……ああ、やっぱりあとで直そう」
「いえ、大丈夫です。時間ならいくらでもあるので」
名前の入力が終わると、男は性別の欄にカーソルを移した。何も言わずに『男』と入力する。その後、ちらりと横目で俺を見た。
「あのう………失礼ですが、おいくつでしょうか?」
「十六です」
「ということは、高校一年生ですか?」
「まあ、そうですね」
「ありがとうございます」
学年の欄に『高等部一年』と入力される。すると、画面下部にあった『決定』ボタンが赤く点滅し始めた。男はそれを確認すると満足そうに頷き、くるりと振り向いた。
「これでいつでもスタート出来ます! 始められますか?」
「え? あの、具体的に何をするゲームなんですか?」
「ああ! すみません! 大切なところを言うのを忘れていました!」
ぺこぺこと頭を下げながら謝る男。しかし、上がった顔はへらへらと笑っていた。その顔に一抹の不安を覚える―――ちゃんと説明してくれよ?
「えっと……このゲームは、『次代勇者』という一人のキャラクターを守ることが目的です」
「次代……勇者?」
「ええ。『現代の勇者』が死亡した後、勇者となる者のことです」
「へえ」
次の勇者が決まってるなんて、ちょっと珍しい設定かも。少しだけ期待度が増した。
「舞台は『キシリア学園』。国中から、あらゆる種族の生徒が集まる学園です」
キシリア学園には、次代勇者を狙う魔物がしばしば現れます。あなたはその魔物から次代勇者を守り、世界の未来を救って下さい。
「無事守り切れたらハッピーエンド、ゲームクリアです」
クリア条件としては、ありきたりか。とはいえ、あまりぶっ飛んでいても複雑になって充分に楽しめない。このくらいがちょうどいいかと、俺は自分を納得させた。
「期限とかはあるんですか?」
「魔物の王である魔王を倒すまでです」
「つまり、魔王がラスボスってわけですか」
「ええ。ですが、途中で次代勇者が殺されたり、あなた自身が死亡した場合、ゲームオーバーとなります」
ゲームオーバーとなった場合、罰ゲームがありますので、ご了承下さい。
「あまり言うとネタバレになるので、このくらいまでしか説明は出来ないのですが……よろしいですか?」
罰ゲームが気になって尋ねたが、男はその詳細を答えることはなかった。
まあ……それはその時になればいいか。どんなことになっても、どうでもいいし。
男にリュックを渡すと、不思議そうに首を傾げられた。
「ずいぶん軽いですね?」
「ああ……まあ。そんなことより、早く始めてくださいよ」
「了解しました!」
モニターに向き直った。男は俺の背後に立ち、リモコンのボタンに指を添える。
「それでは開始します……」
どくんどくんと高鳴る心臓。不安と期待が胸の内で浮遊する。男は薄く笑い、ボタンをゆっくりと押した。
――――――――――――ゲームスタート。
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