殺人鬼ハローワークの天職

ちびまるフォイ

殺人鬼いりませんか?

「オーマイゴッド! オーマイゴーーッド!!」


女性の金切り声が聞こえ、カーテンから見えるシルエットには刃物を持った大男。

そして、カーテンに血しぶきが飛んで、声は途絶えた。


「……という夢を見たんです」


「そうですか。何言ってんだお前。ここハローワークやぞ」


「ええ、ですから言っているんです。

 かつて栄華を誇った殺人鬼が恥を忍んでここにきているんですか

 こういった過去の経験が生きる職場を見つけてくれませんかね」


「うーーん……」


ハロワ職員は資料をぱらぱらとめくり頭を悩ませた。


「というか、殺人鬼はなんでハローワークに?」


「もう夏じゃないですか」

「うん」


「夏といえばティーンエイジャーが調子に乗ってレジャー施設に来て

 あえなく殺人鬼の凶刃にはかなきその命を散らすオンシーズンなわけですよ」


「それ自分で言うんだ」


「なのに、もううちには全然来てくれないんですよ。

 いかに不死身の殺人鬼が世間に求められていないか……。

 認めたくはなかったんですが、今の現状を受け入れるしかなくて……」


「まぁ、たしかに殺人鬼は減ったなぁ。

 今じゃ恐怖の代名詞といえば、殺人幽霊とか見えない恐怖とか人間の恐怖とか

 刃物を振り回す不死身の殺人鬼のイメージはないな」


「いい仕事ありませんか? 殺人が生かせそうな仕事」


「食肉加工工場とか?」


「動物はかわいいんでちょっと……」

「基準わからねぇわ!」


職員はブースに収まりきらない大男に向きそうな仕事を探しまくる。


「まあ、無難に土木系ならいいんじゃないか? あんた力もあるんだし」


「そうですね、頑張ってみます!」


殺人鬼は紹介状を手に現場へと向かった。

建築現場に着くと面倒見のいい親方が手取足取り士道してくれる。


「よし、殺人鬼も家を建てられるってとこ、見せてやる!」


 ・

 ・

 ・


それからしばらくして、殺人鬼はハローワークに戻ってきた。


「土木関係以外でお願いします」


「えっ……なにがあったんですか?」


「私、マスクかぶっているでしょう? 視界悪いんですよ。

 でも土木関係って、めちゃくちゃ精密な仕事でミスはできないんです。

 殺人みたいにおおざっぱなことをしていた私には向かないと思いました……」


「まあ、あんたが人を殺して、それをきれいに片づけたり

 まして計画的に跡形もなく殺したりするところ想像できない。

 いきなり出てきて刃物でバサー、だもんな」


「殺人はそれくらい雑なのがちょうどいいんですよ」

「知らんがな」


殺人鬼はまたうかがうように職員を見た。


「で、なにかこの不死身のバディを生かせる職場は無いですかね?」


「うーん……。このぶんじゃデスクワークも難しそうだし……。

 なにか希望はあるの?」


「できれば、また映画関係のお仕事にかかわれればと」


「なめとんのかワレ。そんなほいほい戻れるか」


職員が見つけたのはゴミ回収の仕事だった。


「これならいいんじゃないか? 複雑な作業ないし、誰にでもできる」


「でも私、車の後部座席に潜むことはあっても、車を運転したことはなくって」


「だったらゴミ運びだけやってこい!!」


それからしばらくして、また殺人鬼は戻ってきてしまった。

さすがにハローワーク職員もハローとあいさつすらしたくなくなった。


「……今度はなにやった」


「スプレー缶のごみを回収車の中に突っ込んで爆発させました」


「近所で起きた火災ってお前かよ」


至近距離で爆発に巻き込まれた殺人鬼だったがそこは不死身の体でぴんぴんしていた。


「それで、次の仕事は――」


「もうねぇよ! こっちだって信頼した人しか紹介しねぇんだ!

 紹介先であっちこっちトラブル起こされちゃ信用問題にかかわる!

 仕事を探すなら、ここじゃないどこかで探せ!」


「そうですか……それじゃカフェ店員にでもなります……」


「なんでそのおしゃれな選択肢にいったんだよ!!」


殺人鬼はしょんぼりと肩を下げてハローワークを後にしていった。

それからはもう殺人鬼の姿は見なくなった。


しばらくすると、職員もキツく言い過ぎたことに罪悪感を感じ始めた。


「ちょっと……やりすぎたかな」


適当な仕事を1つ見繕って、殺人鬼の登録先の自宅へとやってきた。


「あのーー! 誰かいませんかーー!」


「はい?」


殺人鬼は家の中からあっさり出てきた。

不死身だとはいえ、元気そうで少し安心した。


「殺人鬼、お前あれからハローワークに来なくなっただろう。

 まぁ、こないだはキツく言い過ぎたからな。ほら、お前にもできそうな仕事

 ひよこのオスとメスと両性具有とニューハーフとオネエを見分ける仕事を持ってきたぞ」


「ハロワさん、ありがとうございます。でも、もういいんです」


「なんだって?」


「実は、私にも新しい仕事が見つかったんです!」


「うそぉ!?」


「これから仕事なんで案内しますよ」


殺人鬼のこぐボートに乗って湖を渡った先には大きな建物があった。

建物の中にはたくさんのスタッフがせわしなく動いている。


「殺人鬼さん、出番ですよ。お願いします」


「はい!!」


殺人鬼は嬉しそうに駆け出すと、映画撮影用のカメラの前に向かった。

撮影がはじまると、殺人鬼の乗ったバイクが車の爆発に巻き混まれて大炎上していた。




「カーーット!! 殺人鬼君、今日も最高のスタントだったよ!!

 まったく君は最高のスタントマンだ! どんな危険な撮影でも傷一つ負わないんだから!」

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