第5話

 打った。

 打って、打って、打ちまくった。

 甲子園初出場の大須高校、四番でキャッチャーの相良賢一郎は、まったく気後れせずにホームランを量産した。

 クリスに比べたらどんな球も打ち頃だ。国虎や、ほかの選手たちも元気に打ちまくっていた。

 国虎が打ち込まれる場面もあったが、その都度、賢一郎がひっくり返した。終わってしまえば、県大会よりも甲子園のほうが成績が良くなっていた。

 最終結果は、優勝。

 大須高校は甲子園初出場、初優勝の快挙を成し遂げ、優勝旗を持ち帰っていった――が、母校に届ける前に寄り道をした。

 部員たちを載せたバスは高速を通って高知に入ると、そのまま山奥に向かって走り出した。運転手が道に迷ったわけではなく、暴走したわけでもない。予定通りの行程だった。

 遠くに日差しを反射する海を眺めながら人家のない道を突き進み、やがて大須のバスは学園に到着する。

 私立の中高一貫校、明豊学園だ。

 母校に戻らず、なぜ外部の学校にやってきたのか。

 もちろん、理由は一つだけである。

 バスが停まると、最前列に座る国虎が部員たちを見回した。


「やっぱり最後はここだよなあ!」


「オオッス!!」


 つまりはそういうわけ。

 試合だ。


                  ○


 縁があった。

 クリス・ロビンソンと相良賢一郎。

 相良賢一郎と安芸国虎。

 安芸国虎とクリス・ロビンソン。

 そして、明豊学園と大須高校。

 秋季大会の準決勝でぶつかっただけか。

 夏の県大会で鎬を削っただけか。

 奇跡的な美しい試合を繰り広げただけか。


 まだだ。

 まだ、足りない。

 そんなもので終わってはいない。終わっていいものではない。

 まだ続けられる。


 真紅の優勝旗を携え、明豊のグラウンドを賢一郎が進んでいく。

 その向かいから、金髪碧眼の最高の天才投手、クリスが歩いていった。

 ちょうどホームベースの真上で向かい合う。

 このとき、賢一郎は笑っていた。それは、彼が幼いころにできなかった笑みだ。

 日曜日、朝早くに友達の家へ出かけていって、大きな声で『遊びましょー』と呼びかける。そんなときの笑い方だった。

 賢一郎は、心の底から野球が好きになったのだ。


「さあ、クリス。まだ終わってない。まだ、甲子園が終わっただけだ。ただ、それだけだ。さあ、また野球やろうぜ」


 クリスも笑っていた。目をギラギラと燃やしている。


「今度は負けんからな。パーフェクトゲームにしたらあ!」


 野球は続く。

 甲子園が終わっても。

 大学になっても。

 プロになっても、引退しても。


 さあ、プレイボールだ。


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二人のエースと一人の四番 @ryoma_kun

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