E-ロボット・ハッカー

星向 純

第一部 明日の国からの侵略者

第一章 E-ロボット誕生

1.(ぼく) 粒子加速器より出ずる / E-ボディの構造

 ぼくは、空気の無い箱の中で生まれた。


 エアポンプによって空気を吸い出された『真空しんくうチェンバー』がある。その中に、さらにもうひとつの真空チェンバーが作られている。そこでは、粒子加速器りゅうしかそくきによって電子と陽電子ようでんし衝突しょうとうさせ、対消滅ついしょうめつさせることが延々えんえんり返されている。より高度な真空を得るために。

 そうやってきわめられた『対消滅由来真空ついしょうめつゆらいしんくう』の中で、電子と電子が接合せつごうされて、ぼくが生まれた。


 電子と電子を、どうやって接合したのか? その説明は、後で必ずするから、今は、あきれないでほしい。


 ぼくは、生まれてすぐに、二重の真空チェンバーの中からやすやすと出ていくことができた。なぜなら、真空チェンバーにはごく小さな穴が開けられ、そこに1本の細い銅線どうせんが通され、電気が流されていたからだ。ぼくの体は電子で作られていたから、電線の中を通ることができたのだ。

 銅線は、たくさんの銅原子どうげんしによってり成された『結晶けっしょうの海』だった。ぼくは電流に乗り、いや、電流の一部になって結晶の海を泳いでいた。

 その時、ぼくを呼び止める声がした。

 「Eイー-ロボットよ、お前の名は『ハッシュ』だ」

 ぼくは、近くにあった銅イオンの正孔せいこうに爪をかけ、立ち止まった。

 「ぼくはハッシュ……ぼくは、E-ロボット。

 あなたは、誰ですか?」

 「私はラインハルト・ロイディンガー博士はかせ。お前の父親だ」

 それが、ぼくとロイディンガー博士の、初めての出会いだった。

 当時のぼくは、試作一号機しさくいちごうきであり、人間的な感覚器官かんかくきかんはほとんどそなわっていなかった。だからロイディンガー博士の姿も声も分からず、ただ会話文が、銅線の彼方かなたから伝送でんそうされてきただけだった。

 それでもぼくは不思議ふしぎなことに、彼のことをが父と強く感じ取っていたのだ。


 その日から、ぼくの適応訓練てきおうくんれんが始まった。ぼくの体である『E-ボディ』を使いこなし、が物とするための。


 E-ボディは、数千個もの電子を組み合わせて作られている。

 七重電子ななじゅうでんしで形成された衝角しょうかくが2本。原子のまわりをめぐっている最外殻電子さいがいかくでんしを切り飛ばせるほど頑丈がんじょうなものだ。自然(一重いちじゅう)電子と二重電子にじゅうでんし混成こんせいされた触角しょっかくが2本。しなやかで鋭敏えいびんだ。それらの支持架しじかである頭部には、眼球がんきゅうも、耳も、鼻も、脳も無い。

 E-ロボットは、E-ボディを形成している電子全てを演算子えんざんしに使って、論理演算ろんりえんざんを行っている。言わば、ぼくの体全体が電子頭脳だ。

 電線の中にも、電子回路でんしかいろの中にも、光は差し込まない。だから眼球は要らない。匂いは、分子の構造に由来するものだ。分子よりも小さい原子よりもはるかに小さい、電子で作られているぼくは、嗅覚きゅうかくを持つことが、そもそもできない。だから鼻も要らない。原子と電子と、電気力線でんきりきせんの振動を察知さっちできる、触角さえあればいいのだ。

 あごと、牙は付いている。作業用であり、また、将来しょうらい起こりうるE-ロボット同士の『電子回路内格闘戦でんしかいろないかくとうせん』にそなえてのものだ。


 頭部の後には、胴体が続いている。胴体は長大だ。E-ボディを形成している電子の数が多ければ多いほど、ぼくの演算能力が上がるので、そういう設計になった。もうひとつの理由は、ぼくの任務にんむであるハッキングを成功させるための仕事道具しごとどうぐ『ペイロード』を積み込むスペースが必要だったからだ。


 胴体の後には、尻尾しっぽと尾びれが続いている。電流にばいする速度で進んだり、時には電流に逆らって後戻あともどりしたりするために使う。尾びれは、外部からの指令を受信するアンテナも兼ねている。そう、ロイディンガー博士が存在する『人間の世界』からの指令を。


 胴体の始端したん終端しゅうたんに、作業腕さぎょうわんが一対ずつ付いている。作業腕は歩行脚ほこうきゃくも兼ねており、その形状は四本足に見立てられる。


 これら、ぼくのボディのうち、厳重げんじゅうな保護を要する何箇所なんかしょかには、巨大なマイナス電荷でんかを有する五重電子ごじゅうでんし六重電子ろくじゅうでんしの装甲がほどこされている。装甲は、ボディの柔軟性を保つため、完全に連結はされず、うろこのようにつづり合わされている。


 読者の皆さんにも、そろそろお分かりいただけたことと思う。そう、ぼくのE-ボディはりゅう――西洋のドラゴンではなく――東洋のおとぎ話に登場する龍に似せて作られているのだ。

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