星条旗の下で
黒岩トリコ
第1話
5月のテキサスは、しばしば嵐に見舞われる。
昨日は竜巻に出くわし、今日は朝から雨ときどき雹。こんな日は酒場で暇をつぶすのが一番だ。
「キングのスリーカードだ、これ以上強い手はあるか?」
「すみませんフルハウスで」
「チクショウまたやられた!」
テキサス州南西部、カタリーナという小さな町。
先の戦争でメキシコと領有権を争った地を調査するため、私は数名の部下を引き連れやってきた。
戦争の爪痕はどれ程か?
メキシコ人やインディアンといった外敵の有無は?
鉄道を敷設できそうな土地はどの辺になりそうか?
本格的に測量を始める前にそうした予備調査を行うため、ルイジアナ・バレー鉄道会社から派遣されてきた私たちは……テキサスの春を象徴する悪天候に足止めを食らっていた。
「ラッセルさんも一緒にトランプやりませんかー?タフトの野郎から、俺の3ドルを取り返して下さいよー」
「妻への手紙を書き終えたらな」
「あいよー」
部下からの誘いを丁重に断りながら、私はサルーンの隅に腰掛け、静かな時を過ごしていたのだが……
「なんで皆してブタなのにテメエだけワンペア決めてんだよ!サマやってんじゃねえだろうな!?」
「店のトランプでサマ出来るわけないでしょ!変な言い掛かりはやめてくださいよ!」
酒場ではしばしば、こうした諍いが起きる。このカタリーナという小さな町にたむろする客といえば私たち位のもので、当然ながら部下の諍いを諌めるのも私の仕事となる。
「どうした、何があった?」
「ああラッセルさん!聞いてくださいよ、タフトの野郎が……」
「待って下さいよ!俺は何にもしてないって何度も……」
「サマやってる奴は皆そう言うんだよ!」
興奮する部下たちを宥め、事情を聞く。馬子兼用心棒として調査に同行させている青年が、 部下とのポーカーで勝ち続けているようだ。
「……それで、サマやってる現場を誰か見たのか?」
「い、いえ……それは誰も見てません……」
「そうか……タフト、済まないが半分だけ返してやってくれないか?」
タフトという青年は、やや不服そうに賭け金を手渡す。まだ不満そうな部下に、私は窘めるように言った。
「身内同士の賭博は遊び程度にしておけよ。これが街の賭博師相手だったら、今ごろ無一文で骨でも折られてたところだ」
騒動の後、部下たちはタフトを卓から外してポーカーの続きを始めた。手持ち無沙汰になったタフトを、自分の席に招き入れる。
「すいませんラッセル義兄さん、僕なんかのために……」
「お前は悪くないが、金は人を殺気に追いやる。勝ち過ぎには気をつけることだな」
「はあ……」
「それに、お前がイカサマなんてやらない事は私がよく知ってる」
タフト・コルニッションという青年は、我が妻シャーレイの弟にあたる。
東南部の牧場で生まれ育った姉弟は、物心がつく頃にはロバに跨るなど活発な子どもだったそうだ。
乗馬は不得手だった私が、なぜ牧場の娘と結婚したかについては、またいずれ記そう。
馬術や牛追いの技術に優れ、いずれ牧場を継ぐと目されているタフトだが、まだ若さの目立つところがある。米墨戦争の兵役を終えても、シャーレイと比べると大人しくぼんやりした雰囲気が残っている。
皮肉にもこれが私たちに幸いした。
此度の調査には、テキサスの気候や馬に詳しく、銃の扱いに慣れている護衛が必要だったからだ。
現地で雇うのは、憎悪や裏切りのリスクを加味すると現実的ではないし、その点タフトなら裏切るような事は決してないと言える。
私たちは信頼できる護衛を得られ、タフトはテキサスの旅で男になって帰ってくる。両得の旅となるはずであった。
星条旗の下で 黒岩トリコ @Rico2655
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。星条旗の下での最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます