アカウント・カルト

古月むじな

去年の暮れ、知人が亡くなった。

 彼女――香取女史はとても自殺をするような人には思えなかった。常に人に囲まれた明るいムードメーカー、という印象の彼女がまさか首を吊るなんて、告別式で彼女の遺影と対面しても信じられなかった。

「人間関係で悩んでたみたい」

「中傷とか、嫌がらせ受けてたって」

「相談してくれたら良かったのに……」

 あちこちから聞こえるすすり泣きと、彼女の死を嘆く声。香取女史とはさほど親しくなかった私でも、彼女が多くの人から愛されていたことを痛烈に実感できた。

 惜しい人が亡くなってしまった。

 しかし、それでも私は彼女が亡くなってしまった事実を受け入れきれずにいた――何故なら、私は香取女史が生きているとしか思えない証拠を見つけてしまったからだ。

 香取女史のSNSアカウントが更新され続けている。今もなお、生きている。




 香取女史はいわゆる『アルファ』とか『インフルエンサー』などと呼ばれる、SNSにおける人気ユーザーだった。多くのフォロワーを持ち、時折ニュースサイトや雑誌にも取り上げられていて、私もその筋から知り合った。生前の彼女は頻繁にSNSを更新していて、私のアカウントのタイムラインが彼女のコメントでぎっしり埋まる、なんてことも少なくなかった。

 そして今もなお、生前同様に――いや、まさに生きているように、SNSが更新し続けられている。

 家族や実生活リアルの友人には自分のアカウントを伏せているようだったので、その中の誰かがアカウントを引き継いだとは考えづらい――リアルとネットを徹底的に分けていた彼女の主義により、幸か不幸か、香取女史のフォロワーは彼女の逝去を知らないようだった。

 ただただ不可解だった。死んだはずの人間がSNSを更新し、当然のように拡散され、共有されていく。彼女の遺影を見た私にはその光景が、だんだんグロテスクに映るようになっていった。

 私は意を決して、現在のアカウントの使用者とコンタクトを取ることにした。




「なんだか、許せないって思ったんです」

 メッセージ機能で率直に訊ねると、『使用者』はあっさり応じてくれた。アカウントをブロックするどころか、こうして生で、面と向かって相対している。香取女史の少し年下くらいの女性だった。香取女史とは何回か会ったことがあり、彼女が席を外しているときにアカウントのパスワードを盗み見ていた、と教えてくれた。

「許せない?」

「あ、えっと、なんていうか……あの人のことじゃないですよ? だって、おかしいじゃないですか。あれだけ沢山の人に愛されてた、面白くて、素敵で、神ってる人が、もう死んじゃってていないなんて。死んでる人ってもういないじゃないですか。いない人って、忘れられちゃうんですよ?」

 鬱憤を溜め込んでいたような早口で、所々聞き取れなかったが、とにかく彼女は義憤や使命感を抱いていたようだった。香取女史を死なせるわけにはいかない。香取女史は生きていなければならない、と。

「だから、香取さんの代わりに?」

「代わりじゃありませんっ! あの人は生きているんですってば!」

「………………」

「あ、いえ、その……だから、あの人に成り代わりたいとか、奪いたいとかじゃないんです。ただ、本当に、あの人に生きていてほしいんですよ……」

「そうか……なるほど」

 とにかく、謎は解けた。話してくれてありがとう、と礼を告げ、私は席を立った。

「え? いいんですか?」

「何がだい?」

「だ、だって……私を止めに来たんじゃないんですか? 犯罪だからとか、倫理がどうとか言って……」

 法には明るくないが、彼女の行為は多分なんらかの法律に触れることになるだろう。倫理的に考えるなら、私は彼女の行いをやめさせなければならない。

 けれど。

「続けてくれ。続けてほしい」

「え……」

「君の更新を見たとき、本当に香取さんが生きているのだと思った。嬉しかったよ。香取さんは生きているべきだ。きっと、みんなそう思っている」

 彼女はまさしく香取女史を蘇らせていた。フォロワーの誰もが『中身』の入れ替わりに気づかずに彼女を追い続けているのがその証だ。

 彼女という存在は愛され、必要とされているのだ。

 そして今も、香取女史のアカウントは生き続けている。豆知識だとか飲食店のレビューだとか、センスに溢れた小話だとかを今日も発信し続けている。

 彼女を愛する人がいる限り、彼女は永遠に生き続けるのだろう。

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アカウント・カルト 古月むじな @riku_ten

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