第19話「その手に握った想いを力に」
有史以来初めての世界大戦を経験した時代、機械文明の申し子として戦場に舞い降りた
強力な走破性と突破力、強靭な攻撃力と防御力。
まさしく、戦車とは近代のテクノロジーが生んだ小さな移動要塞である。
「数が多いよ、みんなっ!
彼女の乗る
全て、
深い
『ちょっとエル、前に出過ぎっ! ボクの横にいて、いい?』
『はいですっ!
『街の門はわたくしが死守しますの。皆様はラーテを! 根本を断たない限り、無限に敵が湧き続けますわ!』
この白い闇の向こう、夜の
だが、先頭に立つ灯は、敵の大軍に押されて思うように進めない。
そんな中で、足元を走る小さな車両から声が飛んだ。
『各機、落ち着いてくれ。ネルトリンゲンは健在、まだ無事だ。だが、ラーテの直接打撃が続けば、ヨハン少佐達の避難誘導に支障が出る。そこで、だ』
彼自身が、戦争で兵器の動力となるべく生み出された人造人間だと、いやでも灯は思い出してしまう。
だが、彼女にとって成太郎は、昭和脳な
その成太郎は、意外な行動で灯を
すぐ目の前で停車した指揮車から、彼はドアを開け放って降りた。
砲火が行き交い、地形が変わるレベルで砲弾が降り注ぐ中で、だ。
『どうだ? 俺を見ろ……
「ついてきてくれ、って……戦車の群に突っ込むの? 私達はともかく、成太郎は!」
『安心しろ、運転には自信がある。そして、俺自身の目でラーテの謎を見極める』
陸上戦艦ラーテの謎……それは、常軌を逸した超高速移動。
魔力を動力源とする自律兵器、D計画の産物はどれもが物理法則を容易に捻じ曲げるのだ。例えば、周囲に満ちる霧もそう。
「成太郎っ、危ないって!」
『心配するな、灯。俺は死ぬつもりはない。お前達に守ってもらえるしな。頼む……もう少しで、謎の正体が
「わ、わかった。という訳で、いい? みんなっ、前進っ! 攻撃は最大の防御だよ!」
徐々に通信状態は悪くなってゆくが、雑音の中から仲間達の返事が聴こえた。
成太郎は再び指揮車に乗り込むと、ホイルスピンで土を巻き上げ走り出す。並み居る戦車の大群の中へと、右に左にと車体を
続く灯が念じれば、箒を通して繋がるムラクモ一号機が駆け出した。
二本の脚で地を蹴るイメージは、普段運動をしている時と全く違わない。
もともと灯はスポーツが好きだったし、剣道を始めとする武道も得意だ。
「よく考えたら、律儀に真ん前から当たらなくても、いいんっ、だよ、ねっ!」
以前、自衛隊とのプラクティスで戦車には惨敗している。
戦車とは、砲騎兵から見れば地面に張り付いたように見える。圧倒的に前面投影面積が違うのだ。そして、そのことを知った今は灯にも考えがある。
まるで自分の肉体が動いてくれるような、抜群の追従性。
ムラクモ一号機は、疾走しつつ僅かに身を屈める。
柔らかな膝の沈み込む感触すら、箒の上の灯が念じる通りだ。
「エルはそのゴツいのでバリバリ撃っちゃって! 霧沙は私の撃ち漏らしを! すおみは援護よろしく! ……せーぇ、のっ!」
――飛翔。
全身をバネに跳躍したムラクモ一号機は、霧の中を
そのまま滞空して飛ぶ、
「真上っ、ガラ空きだよっ! えっと、残弾……は、いっか! 全部もってけーっ!」
ムラクモ一号機は、真下へ向かって手にしたアサルトライフルを向ける。
マズルフラッシュの中から40
灯に軍事的な知識はなく、戦車という兵器への理解度など
だが、戦車の弱点は真上と真下である。
近代の戦場においても、戦車を倒せるのは空からの攻撃ヘリか、ラッキーパンチの地雷だけである。
「やった……急いで成太郎を追わなきゃ。今の要領ね、霧沙もやってみて。エルは……ちょっと重いから、難しいかな。でも、なんとなく真上が弱い、気がするっ!」
すぐに再び走り出すや、飛び石のようにムラクモ一号機は戦車の上を飛び跳ねた。踏み付けては射撃を繰り返して、砲塔から砲塔へと
まるで
大量に溢れ出た下僕の戦車を、その全てを突っ切りつつあるのだ。
『無茶をしてるな、灯! だが、合理的だ。戦車というものは立体戦闘に弱い』
「そうなの? 無理じゃないし! それより成太郎、ちょっと待って……後ろがついてこないよ」
『大丈夫だ、奴の……ラーテの音が近い! この霧の奥に――』
いよいよ回線での通話が不可能になってゆく。
そして、成太郎がアクセルを踏む指揮車の先に、巨大な影がゆらりと浮かび上がった。
まるで山だ。
それも、怒りに
さながら噴火の兆候に震えるかのように、巨大な砲塔が旋回した。
二連装の長い長い砲身が、ゆっくりと灯の砲を向く。
「っと、やばっ! こっち見てる!」
視線を感じた。
それも、冷たく鋭く、まるで値踏みするような眼差し。
どこかそれは、年に何度かしか会わない父を思わせた。
そのことをツギハギの追憶に思い出していた、その瞬間が
父はいつも、議員としての仕事しか考えていない男だった。娘の灯を、家電製品のカタログを眺めるような目でいつも
見てなどくれない、読み取り書き込んでくる。
何度も何度も、見えないバッテンを灯は
「あーもぉ、思い出しちゃったし……父さんの父さんの、そのまた父さんが悪いんだからね! なんでこんなの造って……なにがしたかったん、だかっ!」
丁度手近な位置に、ゆっくり砲塔を旋回させる戦車がいた。
ミーティングの時に手書きの資料を見たから、多分E-75とかってのだろう。
それでも、即座に灯はムラクモ一号機を走らせる。
その歩調を追い回すように、ラーテの主砲がゆっくりと金属音を立てて回った。
「ええい、
前のめりに叫ぶと同時に、灯の意思が
ムラクモ一号機は足元のE-75を踏み付けた。その反動で、フロント部が地面にめり込み、エンジンを積んだリア部が浮き上がる。敵の車体そのものを盾にしつつ、灯がアサルトライフルのマガジンを交換した、その時だった。
ラーテの巨砲が火を吹いた。
耳がキン! と痛んだ時にはもう、衝撃波でムラクモ一号機は吹き飛ばされる。
あまりにも強烈な砲撃で、灯も箒の上からずり落ちてしまった。
盾にした敵戦車は、
「イタタ……あっ、やば!」
どうにか上体を起こしたムラクモ一号機を、急いで灯は立ち上がらせる。だが、体勢を崩した
たちまち物量に押されて、砲撃に装甲が悲鳴を歌い出す。
砲弾で奏でられる楽器とかした愛機の中で、なんとか灯も身を起こす。
だが、ようやく箒を握った瞬間、不思議な感覚が灯を襲った。
「あれ……あ、そっか。だから昔は箒だった、のかな? 魔力を通して伝える……
コクピットに立った灯は、箒に跨がらなかった。
ぼんやりと光り出す自分にも気付かず、彼女は黙って箒を
灯はコクピットがどこまでも広がる感覚の中で、呼吸を止めて箒を振り抜く。
「ようするに、自分に身近で
重くまとわりつく霧を振り払うように、ムラクモ一号機の振るった剣が敵を両断した。それは、灯が父に振り向いて欲しくて磨いた
少なくとも、そういう気持ちがあったからこそ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます