第19話「その手に握った想いを力に」

 戦車タンク、それは地上の覇者。

 有史以来初めての世界大戦を経験した時代、機械文明の申し子として戦場に舞い降りた暴君タイラントである。歩兵や騎兵を蹂躙じゅうりんし、塹壕ざんごうを突破するその力……やがて戦車同士が戦う地上戦で、彼女等は強力な火砲を得て都市を焼いた。

 強力な走破性と突破力、強靭な攻撃力と防御力。

 まさしく、戦車とは近代のテクノロジーが生んだ小さな移動要塞である。


「数が多いよ、みんなっ! 迂闊うかつに飛び出さず、少しずつでいいから丁寧にやっつけていこう!」


 朱谷灯アケヤトモリは、コクピットの中で揺れるほうきにしがみついていた。

 彼女の乗る砲騎兵ブルームトルーパー01式マルイチシキ"ムラクモ"一号機が躍動に震える。手にしたアサルトライフルから放たれる徹甲榴弾APHEが、次々とD計画ディーけいかくの戦車を縫い上げていった。敵は次々とはちになるが、擱座かくざして爆発する炎の中から新手が押し寄せる。

 全て、陸上戦艦りくじょうせんかんラーテが魔力で生み出す下僕しもべの戦車群だ。

 深いきりの中で、ノイズ混じりの回線から仲間達の声が響く。


『ちょっとエル、前に出過ぎっ! ボクの横にいて、いい?』

『はいですっ! 霧沙キリサちゃんもみんなも、わたしをアテにしてくださいです!』

『街の門はわたくしが死守しますの。皆様はラーテを! 根本を断たない限り、無限に敵が湧き続けますわ!』


 クレナイすおみの言う通りだ。

 この白い闇の向こう、夜のとばりの奥に陸上戦艦ラーテがいる。

 だが、先頭に立つ灯は、敵の大軍に押されて思うように進めない。

 狙撃手スナイパーであるすおみと、隊長である灯、その間に入ってインターセプト中の緋山霧沙ヒヤマキリサ咲駆サキガケエル……誰もが皆、苦戦中である。

 そんな中で、足元を走る小さな車両から声が飛んだ。


『各機、落ち着いてくれ。ネルトリンゲンは健在、まだ無事だ。だが、ラーテの直接打撃が続けば、ヨハン少佐達の避難誘導に支障が出る。そこで、だ』


 平成太郎タイラセイタロウは嫌になるほど冷静だった。

 彼自身が、戦争で兵器の動力となるべく生み出された人造人間だと、いやでも灯は思い出してしまう。

 だが、彼女にとって成太郎は、昭和脳な機械音痴きかいおんち、いつも寝不足な戦中生まれの変な男の子でしかない。それが不快ではないし、滑稽こっけいなまでに生真面目なのでいつも笑ってしまう。彼が一緒に戦ってくれるから、普段は意識しない平和のとうとさを知ることもできたのだ。

 その成太郎は、意外な行動で灯を仰天ぎょうてんさせる。

 すぐ目の前で停車した指揮車から、彼はドアを開け放って降りた。

 砲火が行き交い、地形が変わるレベルで砲弾が降り注ぐ中で、だ。

 泰然たいぜんと揺るがぬいつもの眠たげな表情で、彼は振り向き見上げてくる。


『どうだ? 俺を見ろ……狼狽うろたえるに値しない、ただのピンチだ。さて、これより敵陣を突破、ラーテを一気に落とす。すおみはすぐに、灘姫ナダヒメの持ってきた88mm砲アハトアハトを準備。灯は霧沙とエルを連れて、俺についてきてくれ』

「ついてきてくれ、って……戦車の群に突っ込むの? 私達はともかく、成太郎は!」

『安心しろ、運転には自信がある。そして、俺自身の目でラーテの謎を見極める』


 陸上戦艦ラーテの謎……それは、

 魔力を動力源とする自律兵器、D計画の産物はどれもが物理法則を容易に捻じ曲げるのだ。例えば、周囲に満ちる霧もそう。ドイツの黒い森シュヴァルツヴァルトを包む夜よりも、なおも暗い漂白された世界。そこでは、目も耳も閉ざされ味方とさえ連携が困難だ。


「成太郎っ、危ないって!」

『心配するな、灯。俺は死ぬつもりはない。お前達に守ってもらえるしな。頼む……もう少しで、謎の正体がつかめそうな気がしている。それを確かめるためにも、直接接触したい』

「わ、わかった。という訳で、いい? みんなっ、前進っ! 攻撃は最大の防御だよ!」


 徐々に通信状態は悪くなってゆくが、雑音の中から仲間達の返事が聴こえた。

 成太郎は再び指揮車に乗り込むと、ホイルスピンで土を巻き上げ走り出す。並み居る戦車の大群の中へと、右に左にと車体を横滑りドリフトさせながら分け入ってゆく。

 続く灯が念じれば、箒を通して繋がるムラクモ一号機が駆け出した。

 二本の脚で地を蹴るイメージは、普段運動をしている時と全く違わない。

 もともと灯はスポーツが好きだったし、剣道を始めとする武道も得意だ。


「よく考えたら、律儀に真ん前から当たらなくても、いいんっ、だよ、ねっ!」


 以前、自衛隊とのプラクティスで戦車には惨敗している。

 戦車とは、砲騎兵から見れば地面に張り付いたように見える。圧倒的に前面投影面積が違うのだ。そして、そのことを知った今は灯にも考えがある。

 まるで自分の肉体が動いてくれるような、抜群の追従性。

 ムラクモ一号機は、疾走しつつ僅かに身を屈める。

 柔らかな膝の沈み込む感触すら、箒の上の灯が念じる通りだ。


「エルはそのゴツいのでバリバリ撃っちゃって! 霧沙は私の撃ち漏らしを! すおみは援護よろしく! ……せーぇ、のっ!」


 ――飛翔。

 全身をバネに跳躍したムラクモ一号機は、霧の中をんだ。

 そのまま滞空して飛ぶ、わずか一秒にも満たぬ刹那……灯は周囲を取り巻くモニターの全てで、不鮮明に映り込む戦車を睨んだ。視線に込めた気迫が、またたく間にロックオンのマーカーを並べてゆく。


「真上っ、ガラ空きだよっ! えっと、残弾……は、いっか! 全部もってけーっ!」


 ムラクモ一号機は、真下へ向かって手にしたアサルトライフルを向ける。

 マズルフラッシュの中から40mmミリ弾頭が、次々と敵の戦車を撃ち抜いてゆく。そのまま射撃姿勢を維持しつつ、スラスターの光を輝かせて着地。何両か外した気がするが、それもサブマシンガンを二丁構えた霧沙のムラクモ二号機が片付けてくれた。

 灯に軍事的な知識はなく、戦車という兵器への理解度など皆無かいむだ。

 だが、

 近代の戦場においても、戦車を倒せるのは空からの攻撃ヘリか、ラッキーパンチの地雷だけである。


「やった……急いで成太郎を追わなきゃ。今の要領ね、霧沙もやってみて。エルは……ちょっと重いから、難しいかな。でも、なんとなく真上が弱い、気がするっ!」


 すぐに再び走り出すや、飛び石のようにムラクモ一号機は戦車の上を飛び跳ねた。踏み付けては射撃を繰り返して、砲塔から砲塔へとせる。

 まるで八艘飛はっそうとびだなと思った時には、不意に敵の数が減ってゆく。

 大量に溢れ出た下僕の戦車を、その全てを突っ切りつつあるのだ。


『無茶をしてるな、灯! だが、合理的だ。戦車というものは立体戦闘に弱い』

「そうなの? 無理じゃないし! それより成太郎、ちょっと待って……後ろがついてこないよ」

『大丈夫だ、奴の……ラーテの音が近い! この霧の奥に――』


 いよいよ回線での通話が不可能になってゆく。

 そして、成太郎がアクセルを踏む指揮車の先に、巨大な影がゆらりと浮かび上がった。

 まるで山だ。

 それも、怒りにえる荒神あらがみの山である。

 さながら噴火の兆候に震えるかのように、巨大な砲塔が旋回した。

 二連装の長い長い砲身が、ゆっくりと灯の砲を向く。


「っと、やばっ! こっち見てる!」


 視線を感じた。

 それも、冷たく鋭く、まるで値踏みするような眼差し。

 どこかそれは、年に何度かしか会わない父を思わせた。

 そのことをツギハギの追憶に思い出していた、その瞬間がすきになる。

 父はいつも、議員としての仕事しか考えていない男だった。娘の灯を、家電製品のカタログを眺めるような目でいつも一瞥いちべつする。表情や仕草より、成績や交友関係、素行や評判で読むのだ。

 見てなどくれない、読み取り書き込んでくる。

 何度も何度も、見えないバッテンを灯はきざまれてきたのだ。


「あーもぉ、思い出しちゃったし……父さんの父さんの、そのまた父さんが悪いんだからね! なんでこんなの造って……なにがしたかったん、だかっ!」


 咄嗟とっさに灯は周囲を見渡し、またがる箒を強く握り締める。

 丁度手近な位置に、ゆっくり砲塔を旋回させる戦車がいた。

 ミーティングの時に手書きの資料を見たから、多分E-75とかってのだろう。卜部灘姫ウラベナダヒメのデータは正確らしいが、絵心はない。ないだけならいいが、酷さと稚拙ちせつさ、伝わらなさだけはあった。

 それでも、即座に灯はムラクモ一号機を走らせる。

 その歩調を追い回すように、ラーテの主砲がゆっくりと金属音を立てて回った。


「ええい、畳返たたみがえしっ、的なの!」


 前のめりに叫ぶと同時に、灯の意思が砲騎兵ブルームトルーパーを突き動かす。

 ムラクモ一号機は足元のE-75を踏み付けた。その反動で、フロント部が地面にめり込み、エンジンを積んだリア部が浮き上がる。敵の車体そのものを盾にしつつ、灯がアサルトライフルのマガジンを交換した、その時だった。

 ラーテの巨砲が火を吹いた。

 耳がキン! と痛んだ時にはもう、衝撃波でムラクモ一号機は吹き飛ばされる。

 あまりにも強烈な砲撃で、灯も箒の上からずり落ちてしまった。

 盾にした敵戦車は、端微塵ぱみじんだ。


「イタタ……あっ、やば!」


 どうにか上体を起こしたムラクモ一号機を、急いで灯は立ち上がらせる。だが、体勢を崩したわずかな隙に、敵の戦車が雪崩なだれのように殺到してきた。

 たちまち物量に押されて、砲撃に装甲が悲鳴を歌い出す。

 砲弾で奏でられる楽器とかした愛機の中で、なんとか灯も身を起こす。

 だが、ようやく箒を握った瞬間、不思議な感覚が灯を襲った。


「あれ……あ、そっか。だから昔は箒だった、のかな? 魔力を通して伝える……みちびく」


 コクピットに立った灯は、箒に跨がらなかった。

 ぼんやりと光り出す自分にも気付かず、彼女は黙って箒を竹刀しないのように青眼に構える。それは、ムラクモ一号機が腰のブレードを抜刀するのと同時。近接戦闘用の軍刀で、砲騎兵ブルームトルーパーサイズの巨大な日本刀だ。

 灯はコクピットがどこまでも広がる感覚の中で、呼吸を止めて箒を振り抜く。


「ようするに、自分に身近で馴染なじみやすい、そういうものが相性いいってこと! ――よしっ!」


 一閃いっせん、風切る刃が嵐を呼ぶ。

 重くまとわりつく霧を振り払うように、ムラクモ一号機の振るった剣が敵を両断した。それは、灯が父に振り向いて欲しくて磨いた太刀筋たちすじだ。ただ、父にめて欲しかった気もするし、笑って欲しかった気がする。

 少なくとも、そういう気持ちがあったからこそ稽古けいこにも身が入ったし、最近はあきらめかけていたのが剣道だ。

 剣氣招来けんきしょうらい、孤独な少女が仲間達を背に、旧世紀の遺物から鋼のもののふを生み出した瞬間だった。

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