第18話「戦場にちらつく可能性」
激しい砲火が、外の城壁を揺るがす。
何発かはそれを飛び越え、街の中へと着弾していた。
先程の夕食時、確かに
大戦末期から終戦の混乱期、時代を暗躍した謎の人物……それは、成太郎に優しかったあの女性、レッドだというのだ。自分に『未来で待ってる』と言ってくれた彼女が、
否定しようにも、スカーレットの顔を思い出すと気持ちが揺らぐ。
「ええい、今は目の前の作戦に集中しろ! しっかりしろ、平成太郎!」
四人の少女達はもう、各々自分の騎体へと乗り込んでいる。
片膝を突いた
周囲で
見送りに来たのか、夜風に髪を押さえる灘姫の姿がそこにはあった。
「成太郎、どう? いける?」
「やってみせるさ。灘姫はバックアップを頼む」
「オーライ、まかされて! ……ねえ、本当に大丈夫?」
「俺は冷静だ」
「冷静な人は、わざわざそんなこと言わないけど?」
図星だ。
ニマニマと笑う灘姫の言う通り、今も気付けばレッドのことを考えてしまう。成太郎にとって彼女は、聖女のようでもあり、慈母のような存在だった。そして、約束した……必ずまた会うと。
だが、現実には彼女のその後はようとして知れず、成太郎は今も戦いを続けている。
自分と生まれを同じくする負の遺産、甦ったD計画と戦っているのだ。
「灘姫……レッドは戦争を憎み、
「らしいわね」
「そんな中で生み出され、多くが死にゆく中で生き残った俺に……彼女は優しかった」
「うんうん、美談よねえ。そりゃ、
惚れる……そう、成太郎はレッドが好きだったのだ。
恋も知らず、愛されたことのない人工の生命体。ただ魔力を供給するための動力部として生み出された人造人間、
過酷な実験が続く中、レッドは成太郎に人間として接し、多くを教えてくれたのだ。
そのレッドが、現代に蘇った戦争の悪夢と関係がある。
考えたくはないが、今は灘姫の調査を待つしかない。
「灘姫、俺は
「もち、その方向でよろしく! ……ところで、なんかエルちゃんの三号機、どしたのあれ」
「うん? ……なにをやってるんだ、あいつは」
既にムラクモは立ち上がり、武器を手に所定のポイントへ移動する時間を迎えていた。
だが、
やれやれと成太郎は、騎体に駆け寄りその
「エル、どうかしたか? なにかあるなら、言ってくれ。調子、悪いのか?」
だが、中からは意外な声が返ってきた。
「はうう……指揮官さぁん。わたし、わたしもぉ……」
「どうした、エル。……怖いか?
「ふええ、ぐすっ! ふうう」
短い期間で成太郎が感じたのは、エルがとても感受性の高い少女だということだ。
そういえば、彼女は他の三人と違って、D計画との戦いに何の因縁も遺恨もない。
祖先がD計画の誕生に加担していた灯やすおみ、そしてD計画の延長線上として現代に生まれた霧沙。彼女達は自ら望んだ訳ではないが、戦う理由がある。
エルは本当に、たまたま魔力を持ってしまっただけの人間なのだろうか。
そんなことを考えていると、周囲から外部スピーカーを通して仲間達の声が響く。
『エル、大丈夫? なんか具合、悪い?』
『ボク等に任せて、少し休みなって。ね、灯。すおみも、いいよね?』
『
今、夜空を断続的に砲火が照らす。
爆発音が距離を変え位置を変え、振動と轟音で成太郎達を包囲しつつあった。
太古の名城も、
だから、少しでも城壁が持ちこたえてる内に、成太郎達が攻撃に転じる必要がある。ディフェンスの体力があるうちに、オフェンスとしての仕事をしなければならない。この砲撃の根源、
そんなことを考えていると、不意に三号機のハッチが開いた。
そこには、浮かぶ
彼女の頬は今、涙で濡れていた。
「う、うう……指揮官さぁん」
「エル……わかった、もうなにも言うな。お前は悪くない、それで普通だ。
「わたし、何度見ても泣いちゃいますうううううう!」
「……は?」
顔をあげたエルは、両手にスマートフォンを握っている。
確か、あの厄介な演算装置、ノートパソコンとかいうのと同等の性能を持つ現代の電話機である。成太郎も持たされているが、相変わらず操作は苦手だ。
エルは、自分のスマートフォンを成太郎に向けてくる。
「熱いですぅ……最っ、高ぉ、にっ! 熱いですっ!」
「な、なんだ、どうした? なにが」
「待機中、
「……あ、ああ」
「うう、いつ見ても泣いちゃうです……熱血王道ロボ、かくあるべしですぅ」
周囲で三騎のムラクモがずっこけた。
コクピットで箒を介して繋がっているため、搭乗者のリアクションがそのまま騎体に出やすいのだ。
『ちょ、ちょっと、エル!? 緊張感ないなあ、もぉ』
『まあまあ、霧沙。ねね、エル。大丈夫、なんだよね? 一緒に戦える?』
『エルさんなりの、戦意高揚、でしょうか。わたくし、アニメには詳しくありませんが』
エルはゴシゴシと涙を
「すみませんっ、指揮官さん! わたし、やれますっ! 頑張れます!」
「あ、ああ」
「ガンダスターみたいに、スーパーロボットみたいに、やるんです! みんなを守って戦うです……あ、でもですね、指揮官さん。ガンダスターは凄く神アニメなので、今度一緒に」
「わ、わかった。わかったから……フッ、心配する必要はないようだな」
成太郎が飛び降りると、再びハッチが閉まる。
そして、三号機も重々しく立ち上がった。
どうやらなんの心配もいらないようである。
緊張感のない灘姫に見送られ、成太郎も四騎の
市街地はもう、あちこちで火の手があがりはじめている。
だが、成太郎は音で気付いていたし、論理的な確証があった。
「城壁を超えての砲撃は、これは恐らくラーテだな……28
街を取り巻く城壁は、迫る敵意から今も市民を守っている。
戦車の砲は基本的に、重力に作用されて放物線を
外での音と振動を感じるだけで、それが成太郎にはわかる。
そして、シャルンホルスト級巡洋戦艦の三連装砲、その中央の砲身を取り除いたものを砲塔として搭載するラーテだけが、遠距離から市街地を狙い撃てる。
陣地を構築してある城門の前まで来て、成太郎は仲間達に声をかけようとした。
だが、少女達は頼もしいことに、あまり緊張していないようである。
『まあ、それはとても面白そうですわね』
『そうなんです! すおみちゃんにも、オススメです! 帰ったら一緒に見るですっ!』
『もぉ、エルってば少し子供っぽくない? それにさあ、だいたい主役? と、偽物? 一発で見分けがつくじゃんかー』
『まあまあ、霧沙。そゆとこに突っ込むの、
まだエルは、アニメの
その時、成太郎の脳裏をなにかが通り過ぎた。
それは、一瞬の
偽物……つまり、
見分けがつかない程に、そっくりな偽物。
「……まさかな。だが……俺達は先入観から、とんでもない思い違いをしていたかもしれん」
成太郎は改めて、初めて接敵遭遇した先日のことを思い出す。
陸上戦艦ラーテの、ありえない高速移動。そして、深い
今、成太郎の中で点と点とが線を結びつつある。
だが、そんな思考に沈む成太郎を、激しい砲撃の音が引きずり出そうとしてくる。
「よし、ともあれ今は迎撃が最優先だ。いくぞ、みんな! 悪いがまた、俺に命を預けてもらうっ!
アクセルを開けて、成太郎は指揮車を走らせる。
立ち込める
あっという間に周囲に
インカムに向かって叫びながら、成太郎は四人の少女と決死の防衛戦を開始するのだった。
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