第18話「戦場にちらつく可能性」

 激しい砲火が、外の城壁を揺るがす。

 何発かはそれを飛び越え、街の中へと着弾していた。

 すでに出撃体制を整えた砲騎兵ブルームトルーパーを見上げながら、平成太郎タイラセイタロウは自分に平静を言い聞かせる。だが、彼の精神は動揺の只中で鼓動を加速させていた。

 先程の夕食時、確かに卜部灘姫ウラベナダヒメは言った。

 大戦末期から終戦の混乱期、時代を暗躍した謎の人物……それは、成太郎に優しかったあの女性、レッドだというのだ。自分に『未来で待ってる』と言ってくれた彼女が、D計画ディーけいかくの復活に関わっているかもしれない。

 否定しようにも、スカーレットの顔を思い出すと気持ちが揺らぐ。


「ええい、今は目の前の作戦に集中しろ! しっかりしろ、平成太郎!」


 四人の少女達はもう、各々自分の騎体へと乗り込んでいる。

 片膝を突いた01式マルイチシキ"ムラクモ"は、暗くなった空を見上げて立ち上がろうとしていた。

 周囲でせわしくドイツ兵達が走る中、成太郎も指揮車のドアを開ける。

 見送りに来たのか、夜風に髪を押さえる灘姫の姿がそこにはあった。


「成太郎、どう? いける?」

「やってみせるさ。灘姫はバックアップを頼む」

「オーライ、まかされて! ……ねえ、本当に大丈夫?」

「俺は冷静だ」

「冷静な人は、わざわざそんなこと言わないけど?」


 図星だ。

 ニマニマと笑う灘姫の言う通り、今も気付けばレッドのことを考えてしまう。成太郎にとって彼女は、聖女のようでもあり、慈母のような存在だった。そして、約束した……必ずまた会うと。

 だが、現実には彼女のその後はようとして知れず、成太郎は今も戦いを続けている。

 自分と生まれを同じくする負の遺産、甦ったD計画と戦っているのだ。


「灘姫……レッドは戦争を憎み、かなしみに胸を痛めていた」

「らしいわね」

「そんな中で生み出され、多くが死にゆく中で生き残った俺に……彼女は優しかった」

「うんうん、美談よねえ。そりゃ、れるっちゅーもんよね」


 惚れる……そう、成太郎はレッドが好きだったのだ。

 恋も知らず、愛されたことのない人工の生命体。ただ魔力を供給するための動力部として生み出された人造人間、被検体零号ひけんたいゼロごうが成太郎の正体だ。

 過酷な実験が続く中、レッドは成太郎に人間として接し、多くを教えてくれたのだ。

 そのレッドが、現代に蘇った戦争の悪夢と関係がある。

 考えたくはないが、今は灘姫の調査を待つしかない。


「灘姫、俺は一時いっときレッドを忘れる。俺は……この街を守り、アカリ霧沙キリサ、エル、すおみを守らなければならない。必ず皆を、生還させる。それが俺の戦いだ」

「もち、その方向でよろしく! ……ところで、なんかエルちゃんの三号機、どしたのあれ」

「うん? ……なにをやってるんだ、あいつは」


 既にムラクモは立ち上がり、武器を手に所定のポイントへ移動する時間を迎えていた。

 だが、何故なぜ咲駆サキガケエルの三号機だけがまだ屈んでいる。

 朱谷灯アケヤトモリ緋山霧沙ヒヤマキリサクレナイすおみも心配そうに三号機を取り囲んだ。

 やれやれと成太郎は、騎体に駆け寄りそのひざに飛び乗る。そこから手を伸べて、コクピットが収まった胸部の装甲をトントンと叩いた。


「エル、どうかしたか? なにかあるなら、言ってくれ。調子、悪いのか?」


 だが、中からは意外な声が返ってきた。


「はうう……指揮官さぁん。わたし、わたしもぉ……」

「どうした、エル。……怖いか? すくんでも誰も笑わない。お前が抜けても俺が穴を埋める、それだけだ。戦いを強要だけはしたくないからな」

「ふええ、ぐすっ! ふうう」


 短い期間で成太郎が感じたのは、エルがとても感受性の高い少女だということだ。喜怒哀楽きどあいらくの表現が多彩で、その表情は驚くほどに豊かだ。

 そういえば、彼女は他の三人と違って、D計画との戦いに何の因縁も遺恨もない。

 祖先がD計画の誕生に加担していた灯やすおみ、そしてD計画の延長線上として現代に生まれた霧沙。彼女達は自ら望んだ訳ではないが、戦う理由がある。

 エルは本当に、たまたま魔力を持ってしまっただけの人間なのだろうか。

 そんなことを考えていると、周囲から外部スピーカーを通して仲間達の声が響く。


『エル、大丈夫? なんか具合、悪い?』

『ボク等に任せて、少し休みなって。ね、灯。すおみも、いいよね?』

勿論もちろんですわ。誰だって、戦いは怖いですもの』


 今、夜空を断続的に砲火が照らす。

 爆発音が距離を変え位置を変え、振動と轟音で成太郎達を包囲しつつあった。

 太古の名城も、流石さすがに戦車砲の前では鉄壁とはいかない。

 だから、少しでも城壁が持ちこたえてる内に、成太郎達が攻撃に転じる必要がある。ディフェンスの体力があるうちに、オフェンスとしての仕事をしなければならない。この砲撃の根源、陸上戦艦りくじょうせんかんラーテと下僕しもべの戦車群を駆逐くちく殲滅せんめつするのだ。

 そんなことを考えていると、不意に三号機のハッチが開いた。

 そこには、浮かぶほうきの下に座り込むエルの姿があった。

 彼女の頬は今、涙で濡れていた。


「う、うう……指揮官さぁん」

「エル……わかった、もうなにも言うな。お前は悪くない、それで普通だ。銃後じゅうごを頼めるか? 少し休んでてもいいし、なんなら――」

「わたし、何度見ても泣いちゃいますうううううう!」

「……は?」


 顔をあげたエルは、両手にスマートフォンを握っている。

 確か、あの厄介な演算装置、ノートパソコンとかいうのと同等の性能を持つ現代の電話機である。成太郎も持たされているが、相変わらず操作は苦手だ。

 エルは、自分のスマートフォンを成太郎に向けてくる。


「熱いですぅ……最っ、高ぉ、にっ! 熱いですっ!」

「な、なんだ、どうした? なにが」

「待機中、ひまだったのでアニメを見てました! お気に入りの、超銃棄兵ちょうじゅうきへいガンダスターです! これは第24話の、にせガンダスターが出てくる話で、もぉ燃え燃えで、萌えでっ!」

「……あ、ああ」

「うう、いつ見ても泣いちゃうです……熱血王道ロボ、かくあるべしですぅ」


 周囲で三騎のムラクモがずっこけた。

 コクピットで箒を介して繋がっているため、搭乗者のリアクションがそのまま騎体に出やすいのだ。

 あきれたような声が連鎖し、地上から見上げる灘姫も肩をすくめる。


『ちょ、ちょっと、エル!? 緊張感ないなあ、もぉ』

『まあまあ、霧沙。ねね、エル。大丈夫、なんだよね? 一緒に戦える?』

『エルさんなりの、戦意高揚、でしょうか。わたくし、アニメには詳しくありませんが』


 エルはゴシゴシと涙をぬぐうと、スマートフォンをポケットにしまう。

 ほおをパン! と叩くと、気合を入れ直して彼女は箒にまたがった。


「すみませんっ、指揮官さん! わたし、やれますっ! 頑張れます!」

「あ、ああ」

「ガンダスターみたいに、スーパーロボットみたいに、やるんです! みんなを守って戦うです……あ、でもですね、指揮官さん。ガンダスターは凄く神アニメなので、今度一緒に」

「わ、わかった。わかったから……フッ、心配する必要はないようだな」


 成太郎が飛び降りると、再びハッチが閉まる。

 そして、三号機も重々しく立ち上がった。

 どうやらなんの心配もいらないようである。

 呑気のんきにエルは、何事もなかったように仲間達と城門の方へと歩き出した。それを見送り、成太郎も指揮車に搭乗、エンジンをかける。

 緊張感のない灘姫に見送られ、成太郎も四騎の砲騎兵ブルームトルーパーを追った。

 市街地はもう、あちこちで火の手があがりはじめている。

 だが、成太郎は音で気付いていたし、論理的な確証があった。


「城壁を超えての砲撃は、これは恐らくラーテだな……28cmセンチ砲の音だ」


 街を取り巻く城壁は、迫る敵意から今も市民を守っている。

 戦車の砲は基本的に、重力に作用されて放物線をえがく。投げたボールのように、を描いて飛来するのだ。そして、通常サイズの戦車砲では射程と最大仰角さいだいぎょうかくの関係で城壁を超えるのは難しい。仰角、すなわち上向きに砲を持ち上げても、角度や飛距離が足りなくなるのだ。

 外での音と振動を感じるだけで、それが成太郎にはわかる。

 そして、シャルンホルスト級巡洋戦艦の三連装砲、その中央の砲身を取り除いたものを砲塔として搭載するラーテだけが、遠距離から市街地を狙い撃てる。

 陣地を構築してある城門の前まで来て、成太郎は仲間達に声をかけようとした。

 だが、少女達は頼もしいことに、あまり緊張していないようである。


『まあ、それはとても面白そうですわね』

『そうなんです! すおみちゃんにも、オススメです! 帰ったら一緒に見るですっ!』

『もぉ、エルってば少し子供っぽくない? それにさあ、だいたい主役? と、偽物? 一発で見分けがつくじゃんかー』

『まあまあ、霧沙。そゆとこに突っ込むの、無粋ぶすいだよ』


 まだエルは、アニメの余韻よいんひたっているらしい。

 その時、成太郎の脳裏をなにかが通り過ぎた。

 それは、一瞬のまばゆさで、言うなればひらめきにも似た可能性を運んでくる。

 偽物……つまり、本物リアルに対しての偽物フェイク

 見分けがつかない程に、そっくりな偽物。


「……まさかな。だが……俺達は先入観から、とんでもない思い違いをしていたかもしれん」


 成太郎は改めて、初めて接敵遭遇した先日のことを思い出す。

 陸上戦艦ラーテの、ありえない高速移動。そして、深い濃霧のうむが支配する、通信もレーダーも効きにくい戦場。

 今、成太郎の中で点と点とが線を結びつつある。

 だが、そんな思考に沈む成太郎を、激しい砲撃の音が引きずり出そうとしてくる。


「よし、ともあれ今は迎撃が最優先だ。いくぞ、みんな! 悪いがまた、俺に命を預けてもらうっ! ブルームB-ROOM各騎かっき、出撃ッ!」


 アクセルを開けて、成太郎は指揮車を走らせる。

 はがねの魔女達を引き連れ、彼は鉄火場てっかばと化した街の外へと飛び出していった。

 立ち込めるきりが出迎え、その奥から無数の光が襲い来る。

 あっという間に周囲に土柱つちばしら屹立きつりつし、轟音が耳を塞いできた。

 インカムに向かって叫びながら、成太郎は四人の少女と決死の防衛戦を開始するのだった。

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