第7話:こうなったらやってやります!

 廊下を駆ける紅、それを追う金の風。彼らが走るたびに黄色い声が廊下に響き渡る。



「どうして逃げるんだい、神威!」

「用事があるっていってんだろっ、グラン!」



 神威は廊下を全力疾走していた。乱れる長い髪など無視し、ひたすらに。彼を追い駆けているのはグラン・ウォーカー、神威の一年先輩でありプロトーカーである。


 周囲から二人はライバル扱いを受け、それはグランも自覚していた。彼は神威を見つけては何かと構っている。普段は近況報告など世間話のほうが多いのだが、今回は違う。



「この前のリベンジをさせてくれ!」

「今度っつってんだろう!」



 勝ち逃げは許さないぞと短い金髪を掻き上げる。彼が廊下を駆けるたびに黄色い声援が飛んだ。外国人である彼の面立ちに惹かれ、学園内の女性ファンは多い。


 咲夜との約束があるため、神威は急いでいた。彼是、三十分は経っているだろうか。待たせてしまっていると足を速める。



「あー、あれもう駄目だろー」

「だよねー」



 教室の廊下は人混みでごった返していた。何事かと野次馬を掻い潜っていくとそこではカードファイトが行われていた。



「あいつっ!」



 誰が対戦しているのか。咲夜に気づいた神威は額を押さえる。対戦相手がマリアであるのも視認できた。



「おや。カードファイトかい?」



 神威に追いついたグランがその様子を興味深げに眺めていた。神威の両肩を掴み、逃げれないようにしながら。



「女性同士のカードファイトじゃないかっ!」

「離れろ、グラン」

「嫌だね。君、逃げるだろう。そんなことより、カードファイト見物しようじゃないか!」



 グランは楽しそうに目を輝かせていた。そんなグランに諦めたのか、神威は息をつき、咲夜のほうを見た。


          *


「無駄ですのよ。このナイトがいる限り、女帝には攻撃できません」



【氷の騎士―アイス・ナイン攻撃力(1500)HP(1500)


 モンスター効果 自フィールドに「氷の女帝―スノー・ブルーム」が存在する時、そのカードが受ける攻撃を代わりに受ける】


 咲夜の場にはゾンビ・ガール、ゾンビ・ボーイ、常夜の国―妖精コピット02が召喚されていた。ゾンビ・ボーイのスノー・ブルームへの攻撃はアイス・ナインの盾で防がれている。



「ちゃんと、モンスターカードを確認しなくてはいけませんことよ?」

「うぅ……西園寺さんだってコピットさんのHP確認できてなかったじゃないですかーっ!」


「うっ、モンスター効果はしっかり確認していました!」



 むーっと思いつつも咲夜はそれ以上、言い返せない。頭が混乱していたせいでモンスター効果を確認するというそんな初歩的なことも忘れてしまっていたからだ。



「あのバカ……」



 神威は何度も焦るなって言ったのにと呆れる。


 咲夜はオルターを操作しながら悩んでいた。相手の場にはモンスターが二体。アンラビーの破壊には成功したが、アイス・ナインを倒さない限りはスノー・ブルームには傷一つ残せない。


 必死に頭を働かせていると、背後から誰かの欠伸が聞こえてきた。



「やっぱ、女のカードファイトはつまんねぇな」

「女がカードゲームしてるってなぁ」



 その男子の言葉にぴたりと咲夜の動きが止まる。


 様子がおかしいと神威は咲夜の様子に気がつく。指を動かしていた手も止まり若干、俯いていた。


 咲夜の後姿しか見えない神威はマリアのほうを見た。固まっている咲夜を見詰めるマリアの頬が強張っている。



「女の子がカードゲームしたっていいじゃないですかっ‼」



 咲夜の怒号が響き渡り、しんと静まり返る廊下。咲夜はばっと身を翻すと欠伸をしていたであろう男子を睨みつける。それはまるで鬼のよう、般若のような形相であった。


 男子たちはその形相にびくりと肩を震わせ固まった。逃がすことを許さないその瞳に睨まれては動くこともできない。



「女の子がカードゲームしたらいけないって理由あるの? プロトーカーだけなの、やっていいのは? 違うでしょ?」


「は、はい……」


「面白くないのは対戦している私のプレイングが悪いだけでしょ! 西園寺さんは関係ないはずです! むしろ、西園寺さんは私のペースに合わせてくれているんですよ!」


「えっと……」


「だいたい、なんでカードゲーム=男子向けなんですか! 女子向けのだって男性がやっていたりするじゃないですか! 女子がやっちゃいけない道理なんてあるんですかっ!」



 何かが切れたように咲夜は捲くし立てる。


 嫌だったのだ。女だから、男だからと区別され、悪いわけでもないのに悪い事をしているみたいで。小学生の頃に言われた「女がカードゲームやってんじゃねぇよ」という言葉が頭を過ぎる。


 二人の男子生徒は咲夜の地雷を踏み抜いていたのだ。二人はその剣幕にただただ「はい」、「すみません」と謝っていた。



「もーー、いいです! やってやりますよ!」



 もういい、こうなったらやってやる。女子だの男子だの関係はない、これはカードファイトなのだから。


 吹っ切れたのか、咲夜は手札から魔法カードを発動させた。



「ゾンビ・ボーイの効果で手札に加えたディフェンスマジックを発動! このカードは自身のバトルフェイズ中にも使用できる!」



 ぐわんとフィールド全体が歪む。暗雲が広がるように薄暗くなるフィールドに何かが現れようとしていた。



「【常夜の扉】を発動、セメタリーにカードを一枚送り、デッキ・手札から通常モンスターを一体召喚、または召喚条件を満たし、進化または魔法モンスターを召喚する。私は手札から魔法カード【コピットの贈り物】をセメタリーへさらにコピットの贈り物の能力を発動!」



 セメタリーに送られたはずの魔法カード【コピットの贈り物】がフィールドに出現する。それはぽわんと弾けると、そこにはセメタリーにいたはずの常夜の国―妖精コピット01へと姿を変えていた。



「コピットの贈り物が手札からセメタリーへ送られる時、セメタリーにいるコピットと名のつくモンスターを一体召喚する。コピット01の効果でカードを一枚セメタリーへ! そして私はゾンビ・ボーイ、妖精コピット01、妖精コピット02をセメタリーに送り、常夜の扉の効果で進化モンスターを召喚する!」



 ぐらりぐらりと歪んだフィールドから禍々しい扉が現れる。鎖で縛られたその扉が揺れるたびに鎖が一本、一本と外れていく。



「常夜の国を統べる皇帝よ、現れろ! ダスク・モナーク!」



 最後の鎖が解かれた瞬間、扉を破るように常夜の国―ダスク・モナークは降り立った。漆黒の鎧に身を包み、黒く長い一つに結った髪を靡かせ、大鎌を一振りするとスノー・ブルームを見据える。



「ダスク・モナークの能力発動、セメタリーに死霊族モンスターが五体以上存在する場合、HP+1500される!」

「は、はぁっ⁉」



 マリアはオルターでダスク・モナークの能力を確認する。そのHPに思わず声を漏らした。

 

 ダスク・モナークの効果によりそのHPは6500となっていたのだ。そんなHPは早々見ることはできない。



「まだいきますよ!」



 咲夜はセメタリーに送った一枚のカードを選択した。



「妖精コピット01の能力で、セメタリーに送った「常夜の国の料理人―ザッパーリン」の効果! 自フィールドの常夜の国と名のつくモンスター一体のHPを毎ターン+500する」



 選択されたのはダスク・モナーク、そのHPは7000となっていた。


 さらに咲夜はセメタリーに送られた妖精コピット02の効果を発動させる。コピット02は自身のターン時に召喚・セメタリーに送られた場合、一ターンに一度、コピットと名の付くカードをデッキから一枚、手札に加えることができるのだ。


 咲夜はコピットの贈り物を選択するとマリアを指差した。



「ダスク・モナークでランパートに攻撃!」

「プロテクト! 初期防護カードをセメタリーに送り、その攻撃を無効化します!」



 咲夜の指示にダスク・モナークはマリアのランパートへと飛び駆ける。振り下ろした大鎌、すると空間が歪み、薄緑のオーラがランパートを包む。ダスク・モナークの攻撃はその薄緑のオーラによっては弾かれてしまった。



「なら、ゾンビ・ガールでランパートに攻撃!」

「スノー・ブルームでブロック!」



 スノー・ブルームはロットでゾンビ・ガールの攻撃を防ぐ。


【氷の女帝―スノー・ブルーム 残りHP2000】


 咲夜はターンを終了させる。彼女の変わりように驚きつつも、マリアはふんっと鼻を鳴らした。そんなものは通用しないのよと。



「今さら防御を固めても無駄ですのよっ」



 マリアはカードを引くと手札から魔法カードを発動させた。ぱきり、ぱきりとフィールドの氷にヒビが入る。



「【氷の結界―アイス・シール】。フィールドの相手モンスターを一体、行動不能にする。さらにフィールドに氷の女帝―スノー・ブルームが存在する場合、もう一体選択できる!」


「ダスク・モナークは場に死霊族モンスターが存在する限り、相手のモンスター・魔法の効果を受けません!」



 ヒビが入ったかとおもうと氷を貫くように氷柱のようなものが現れ、二体のモンスターの足元が凍る。ゾンビ・ガールはまたしても身動きができずにいた。


 ダスク・モナークは大鎌で氷を掃い、なんともないといったふうだ。



「し、知ってるわよ! 効果の説明をしてあげたの!」



 マリアはそういうと、二体目のアイス・ナインを召喚した。そして、一体目のアイス・ナインに攻撃を指示する。


 咲夜はそれをダスク・モナークでブロックした。ダスク・モナークがアイス・ナインの前に立つと、大鎌でその攻撃を薙ぎ払った。



「これでブロックできるモンスターはいませんわ! おしまいですのよ!」



 スノー・ブルームの氷の息吹が咲夜のランパートを襲う、そう思われた時だ。その攻撃はダスク・モナークに吸い込まれていき、大鎌で防がれてしまった。



「このカードがフィールド上に存在するかぎり、攻撃対象はこのカードしか選べない」



 咲夜は目を細め、マリアに言う。



「カード効果、ちゃんと読まなきゃ駄目ですよ?」



【常夜の国―ダスク・モナーク 残りHP5100】


 防壁カードの効果も合わさり、ダスク・モナークのHPはまだ初期値よりも多く残っていた。



「む、むきーー! 貴女がいきなり怒鳴るからですわ!」



 咲夜の変化にマリアは対応できていなかった。大人しそうな見た目によらず、咲夜は言うことははっきりと述べる。さっきのように怒りを表現することもできる。気弱そうなイメージとは裏腹に、吹っ切れてしまえば怖いものはないと突き進む。


(防御思考だとは思っていたけれど……)


 彼女のデッキは硬い、マリアは考えを改めた。



「二体目のアイス・ナインで攻撃しますわっ」



 二体目のアイス・ナインの攻撃を防ぐと、ダスク・モナークは大鎌を振った。まだまだ余裕といった表情を見せている。


(まだ、4600もありますのっ……)


 三体がかりで攻撃してやっと半分ほどといったHPに、マリアは苦々しくダスク・モナークを見詰めると、ターン終了を告げた。



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