通勤電車

白鷺雨月

通勤電車

毎日同じ時間の電車にのっていると、名前はわからないが顔見知りのような人ができてくる。

ドア近くにいつも立って新聞を読んでいるスーツの男。

文庫本を読んでいるセーラー服の少女。

はしっこに座りメイクをしている会社員の女性。

ヘッドホンで音楽を聞いているジャージの男など。

彼らはいつも同じ時間、同じ車輌に乗り、仕事場や学校にむかっている。

彼らも私のことを同じように思っているのだろうか。


ある日、久しぶりに昨晩飲み過ぎたため、私は大幅な遅刻をしてしまった。

起きた時間が、電車に乗る時間であった。

とりあえず会社に電話をかけ、急いで支度をし、外にでた。

上司は珍しいなと言って、笑っていた。


駅まで行くと、ホームが騒然としていた。

駅員や警察官が走り回り、悲鳴や叫び声が鳴り響いていた。

あまりの人だかりで、前に進むこともできない。

ふと横を見るといつも化粧をしている女が、青い顔で震えていた。

化粧はしていない。

思ったより幼い顔をしている。

「何があったんですか?」

私は女にきいた。

「車内で人が死んだみたいなの。自分で首を刺して……」

女は答えた。


結局その日は半日ほどの遅刻になってしまった。

事情を説明すると上司は頭をかきながら、

「仕方ないな」と言った。


日常を取り戻すのには数日かかった。

ニュースやワイドショーでこの事件は連日取り上げられていた。

私はいつもの電車に乗って出勤している。

乗っている人たちもそれほど変わらない。

ただ、スーツを着て新聞を読んでいた男はいなかった。


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