異世界に行ったら負けだと思ってる
森山智仁
1-1 夜中に美少女がやってきた
くっそ、書けねー。
ノートパソコンの真っ白な画面がよく晴れた日の雪原のように俺の目を刺す。
時々立ち上がる。背伸びをする。歩き回る。座る。
書けねー。
御年29歳、男性。1DKに独り暮らし。憧れの作家生活は「一発屋」で今にも終わろうとしている。
昨年、某新人賞で金賞というのを賜った。俺は賞金100万円を獲得し、作品は書籍化された。
浮かれたさ、それはもう。数少ない友人を集め、寿司やらピザやら取りまくり、浴びるように酒を飲んだ。調子に乗って引っ越しもした。2つ掛け持ちしていたバイトは1つ辞めた。
そして、いきなりのメシウマ展開。2作目でつまづいた。スランプに陥ったわけじゃない。担当さんがプロットにOKをくれないのだ。
一応プロの作家になった以上、会社と協議して「商品」を製作するのは当然のこと。それ自体に文句はない……が。
プロットすら通らないまま、受賞からもう10ヶ月になる。妊婦なら完全に臨月だ。俺は妊婦ではないので帝王切開もできない。このままでは京極夏彦先生の『姑獲鳥の夏』みたいなことになってしまう。
後悔しているのは、
①バイトを片方辞めてしまったこと。
②家賃の高い部屋に引っ越したこと。
③あの日、浴びるように酒を飲んだこと。
つまり受賞直後にやった全てである。
正直、生活が苦しい。プロットにOKが出ないのも苦しいからダブルで苦しい。逃げ出したい。
現在、夜の21時。一息入れよう。何も書かれていないワードファイルを保存せずに終了し、昼間にゲオで買ってきた新しいゲームソフトを開封。
そして1時間後。俺は部屋の真ん中に突っ立って、天井を見上げていた。
何だろう……
何となく……
いや、何となくじゃない。
明らかに、クソゲーだ……!!
なんてこった。楽しみにしていたゲームが楽しくなかった時の虚無感は、これ告ったら絶対イケるだろと確信していた女の子にフラれた時のそれに等しい。
あてにしていた息抜きで息が抜けなかった。こうなると、夜が長い。頭を切り替えてプロットを書ければいいのだが、切り替えスイッチがバカになっている。
掛け時計の秒針が流れていくのを、突っ立ったまま、意味もなく目で追う。かっ、かっ、かっ、かっ。ずっと右回りなのは良くないと思う。筋肉の成長が偏るぞ。
ああ……俺はもうダメかもしれない。
生活が苦しい。プロットにOKが出なくて苦しい。ゲームが面白くなくて苦しい。
三重苦だ!
これは、つらい。逃げ出したい。ささやかな避難場所だったゲームが避難させてくれなかった。
もう何もかも投げ出してハワイにでも行ってしまいたい。日本人がいっぱいいるらしいから英語なんて話せなくても大丈夫だろう。
ワイハーのビーチでパツキンの美女を眺めながらキューバリブレを……
……
飲んでる場合か!!!
逃げちゃだめだ。本末転倒ではないか。俺は作家として「逃げない」をテーマに掲げているのだ。
昨今は現実逃避にしかならない軟弱な作品が多すぎる。
いくら現実がクソだからといって、異世界に転生してチート能力で無双して何が楽しいのか。本を閉じたらまた暗い現実と向き合うしかないじゃないか。現実を大切にしない作品なんて大嫌いだ!
「ピンポーン」
と、その時、呼び鈴が鳴った。
夜の10時過ぎである。誰だ、こんな夜更けに?
ガチャ。
俺の目に飛び込んできたものは――
裸足。ギリシャ神話の女神みたいな白い布を巻きつける系の服。恥じらいのある谷間。くりっとしたヘーゼルの瞳にふわっとした栗色の髪。
「あ、あのっ!」
と、美少女がもじもじしながら言った。
「私と契約して、異世界を滅亡の危機から救っ」
バタンと俺はドアを閉めた。
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