第11話 古より伝わる儀式

「これでもかなり堅牢に作ったんだが、まぁ見事に大破だな」


跡形もなく吹き飛んだドーム跡をミストラが感心ながら見つめる。


ただでさえ濃縮された魔素を生成する白麓の樹木であるが、それを密閉空間に充満させていたとなるとその濃度は前例を見ない。


その想定以上の魔素濃度はバリオスにもコントロール不能で、取り込まれたその魔素によって獄炎が暴発した結果がこの大爆発であった。


まさにガスに直接引火したようなものなのでバリオスに抗う術はなし。


あの爆発した瞬間に関しては世界最大級の火力であったと言える。


「……げほっ」


その爆心地で、ウサギのシルエットをした黒すすだらけの生物が呆然と立ち尽くしていた。


「おー。あれでも無事なのか。何はともあれ、作戦成功じゃな」

「これ作戦なの!?」


倫太郎が黒凱に送り込まれる時にミストラから言われた事といえば、


"バリオスを罠に嵌めるため誘き出せ"

"倒せるならそれでよし。無理なら時間は稼げ"


だけである。


倫太郎なりに頑張って立ち回ってはいたが、元より倒すということは念頭にはなくずっと時間を稼いでいた。


唯一〈バーサク〉を発動した時だけ一か八かの攻めに転じたが、後にも先にも攻めたのはその1回だけである。


しかし、その1回がバリオスを誤認させた。


立ちはだかってくる敵として用心をしてしまったバリオスは、倫太郎の狙いを見逃してしまった。


時間を稼げれば倫太郎にとっては勝ちだったのである。


結果として、勝ったと油断したところをミストラが転移でマグマの中から倫太郎をバリオスのもとへと送り、ラビ太ボディに直接仕込んでおいた転送の魔法陣を発動させてこの結末を迎えさせた。


倫太郎を罠そのものにしたミストラの無慈悲な作戦である。


倫太郎もよもや敵と心中させられるとは思っていなく、後に『人生最大の恐怖体験』として語るほどの出来事になったのだった。


「完璧な作戦だったな」

「善良な素人が死ぬ思いをしましたけど!?」

「まぁお主がどうなろうとあんまり関係ないしなぁ」

「理不尽!!」


踏んだり蹴ったりの倫太郎であるが、幼女に蔑ろにされる事に悪い気がしていないあたり、その性癖に磨き(?)がかかっているのは本人も無自覚なところである。


「それでも死なぬのだから、お主も相当怪物じみておるよ。曲りなりにも支配主であるコイツがこの姿なのに」


真っ黒に焼き焦げ陥没したその中心に横たわるバリオス。


あの一撃で絶命に至らなかったのは支配主としてさすがとも言えるが、獄炎の覇者としての風格はもうなく瀕死の状態である。


「これは……どうするの?トドメでも刺すの?」

「本来であればそれも辞さないが、そうなれば黒凱の主が一時的でもいなくなる事になる。それはエルラの生態系にも大きく影響を及ぼす。主に悪い方でな」

「具体的に言うと……?」

「野生化した魔物どもが人里にも平気で行くようになったりする」

「地獄絵図ですやん……」

「人界を守る義務はないが、エルラの沽券に関わることならば同じ主としては看過することはできない。ひとまずは幽閉が最善の案じゃな」


鋭い蛇目でバリオス元凶を射抜くように睨みながら、ミストラが魔法陣を展開させてバリオスを転移させる。


これでエルラでの騒動は一旦終結を迎えた—――のだが。


「さて。あとはお主の処遇だな」

「え?まだ俺って処遇されるの!?やれることはやったと思うんだけど?ほら。結果として目的は達成出来たんだし!」

「目的が達成したら解放などと一言も言ってはいないが?」

「それは約束が違っ—―――――いや。言ってないな。そういや」


ミストラからは「死にたくなくば手駒になって働け」という事を強要されただけで、条件を達成すれば自由にしてもらうなどという交渉はいつもながら一切していない。


完全な言質取りの失敗。簡単に言うと、倫太郎の凡ミスである。


「正直。お主のその不死身の力をここで手放すのはちと勿体ない気もしててなー」

「あれ?俺気に入られた?」

「その体ならどこへ放っても大抵大丈夫であろうし、スキルの試し打ちにも持って来いだし、わしが憂さ晴らしをしても死なぬから中々に使い勝手がよさそうじゃ」

「便利ツール枠!?」

「よし。お主、配下に入れ」


ビシッと指さされる倫太郎。ミストラは至って大真面目である。


考え方によってはスカウトのようにも取れるが、いかんせん条件が不遇以外ない。


倫太郎にとって唯一の魅力はミストラ幼女と過ごす日々ができるという事のみなのだが、そうは言っても相手は支配主。姿を変えれば白銀の大蛇となるSSSランクの怪物なのである。


もし万が一ここでミストラの機嫌を損ねさせる断り方などすれば、どんな破天荒な仕打ちがあるかは分からない。


いくら身体が無事であっても、ミストラの雑な扱い方は倫太郎の精神衛生の方を大きく揺さぶる。


この世界にまだ馴染んでいない倫太郎には、気持ちの処理が追い付かない出来事の方が地味にキツイのであった。


「ほれ。返事は?」


倫太郎は考えた。脳細胞が死滅するんじゃないかってくらい脳をフル回転させて考えた。


そこから導き出されたのは—――。


「勝負をしよう!」

「勝負……だと?」


顔つきが変わるミストラ。当然これを宣戦布告と捉える。


それを見て倫太郎は慌てて捕捉に入れる。


「勝負といっても生死を懸けるとかそういうんじゃなくて、何もなくただ俺の処遇を決めるよりちょっとした遊び感覚で勝負して決めた方が面白いかなって思って!」

「んー?そうかぁ?」

「ほら。主たるもの駒は勝って手に入れた方が気分よくない?」

「んー。それも一理あるか……?」

「それに。あなた様はあの獣と違って知性溢れる気高い主様だから、これくらいの提案は寛容に受け入れてくれると思いまして」

「……今のもう一度」

「知性溢れる気高いあなた様ならあの獣とは違う見事な裁量をして頂けるかと……」

「当然じゃ!わしくらい知性に溢れ気高ければ勝負の一つや二つ甘んじて受けてやろうぞ!」

「それじゃ勝負として受けてもらえると?」

「うむ」

「勝っても負けても恨みっこなしで?」

「うむ」

「勝った方が相手の要求を飲むという約束で異論は?」

「ない」

「…………よし」


心の中でガッツポーズを取る倫太郎。かなり無理矢理感はありながらも言質を取る事に成功した。


「して?勝負方法は?」

「俺の知っている勝負方法でもいいですかね?」

「構わんぞ」

「では。"ジャーンケーン"で勝負しましょう!」

「"ジャーンケーン"?」


聞き慣れない単語に首を傾げるミストラ。当然の反応である。


「ジャーンケーンとは―――偶然によって簡便になんらかの物事を決定する必要があるときに使われる古より伝わりし勝負方法で、3種類の指の出し方で三すくみを構成し勝敗を決めるのです」


倫太郎がそれっぽく説明をしているが、お気付きの通り"ジャーンケーン"とはただのじゃんけんである。


色々考えた挙句、思いつく勝負方法が倫太郎にはこれしかなかった。


自分で提案しておきながら内心バクバクなのは言うまでもない。


「聞いたことがない勝負方法じゃな」

「そりゃ門外不出のやつですから」

「門外不出をここでしていいのか……?」

「え?あぁー……一族全員もう滅びているから大丈夫です!」

「そ、そうか」


勢いで乗り切る倫太郎。いつボロが出てもおかしくはない。


しかしもう後には引けない。やるだけやるしかないと倫太郎は腹を括る。


下手に墓穴を掘る前にジャーンケーンのやり方をミストラに説明する倫太郎。


3種類の手。勝敗の着き方。あいこ。掛け声。


ミストラもすぐにそれらを理解する。


「じゃあ、よろしいですか?」

「あぁ。構わんぞ」


両者の準備が整う。


対面するウサギの着ぐるみと幼女。絵面はほんわかだが、空気は逆行してピリつく。


「「ジャーンケーン―――」」


ハモる掛け声。雌雄が決する。


「ポン!」

「――ポン!」


ミストラがグー。倫太郎がパー。


「これは……わしの負けか?」

「……ですよ?」


倫太郎の勝ち―――ではある。


ミストラの歯切れが悪いが、それは負けた悔しさということではない。


自分が出した後にほんの少し遅れて倫太郎は手を出したように見えたからだ。


実際はその通りである。倫太郎は一拍遅らせて手を出した。


そう。完全な後出しである。


「相手の心理を読み取って手を出すのがこの勝負の面白いとこなんですよー」


真っ赤な嘘である。


倫太郎はルールを一通りは説明したが細かな部分はあえてはしょった。


全ては勝ち切るために。しかも初見の相手に対して。


誰から見ても小狡さ満点である。


「なんか、釈然とせんの」

「ジャーンケーンの神髄は心理戦なので!これは違反ではなく戦法なんですよね!」


元の世界ならばバッシング必至の外法であるがここは異世界。それっぽく言えばそれっぽくなる。


倫太郎は必死に整合性をとった。


「んーそうか。まぁ勝負は勝負だしの。潔くこの勝負の郷に従おうか」

「しっ!!」


褒められない勝負に勝った倫太郎。決して脚光を浴びないガッツポーズなのだが、それだけ現状の打破に真剣だったとも言える。


ちなみに。この一件で本人の意とは関係なく《嘘から出た誠》という追加スペックを手に入れたのだが、これはまた余談になる。


「して?お主の要求は?」

「都合いいかもしれないけど、処遇をなしにしてもらいたいです」

「致し方ないの」


少しばかり残念そうな顔をして倫太郎の要求を承認するミストラ。


これで晴れて倫太郎は自由の身となったのだった。


「……最後にスキルの試し打ちとかしちゃダメか?」

「そんなサディスティックな惜別は勘弁です」

「つれないのぉ」

「これってつれないのかな……?」

「これからお主はどうするんだ?行く宛てとかあるのか?」

「いや。困ったことに行く宛てはないんだけど、とりあえずこの山を出て人のいる所に行ってみたいなとは思ってる」

「人界に?なんでまた?」

「なんでって……なんでだろ?うーん、人恋しいのかな?」

「変わった奴じゃの。だったら転移で送ってやろうか?」

「え!いいの!?」

「この際成り行きじゃからな。ええぞ」


まさかの申し出に歓喜に震える倫太郎。


これでこんな危険しかない山からおさらば出来る。人と交流出来る。


そんな気持ちで高ぶった。


「ただ、転移の性質上わしが行ったことのある場所しか行けんけど良いか?」

「もう全然!どこに問題なんてあろうか!」

「よし。なら、あそこにするか」


そう言うとミストラがパチンと指を鳴らす。


何度となく目にした魔法陣が倫太郎の足元に浮かび上がる。


「では送るぞ」

「よし来た!」

「〈転移〉」


滞りなく〈転移〉は発動し、その場からピンクのウサギの姿は消え去った。


「うーむ」


指で顎をさすりながら何か気がかりな様子を見せるミストラ。


「そう言えば、即死レベルのダメージは耐えると経験値になるはず。自分には無縁過ぎて忘れておったな。あれだけのダメージ量食らったらレベルも相当上がっているとは思うが……もう送ってしまったし、わしには関係ないか」


ふと気付くミストラの小さな懸念。


しかし。この小さな懸念が思っている以上の波乱を巻き起こす事を倫太郎はまだ知らない。





【ラビ太(柳 倫太郎)】

所持スキル

〈アーカイブ〉〈インストール〉〈身体操作〉〈ダメージ無効〉〈カウンターブレイク〉〈カウンターミラージュ〉〈カウンターバーサク〉

特殊スペック

〈アディクション〉〈嘘から出た誠〉

所持アイテム

〈女神の命水〉

ランク

SSS

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