第10話 新スキル

逃げながらも判明し事が一つ。


それはマグマが想像以上に深いであろうということ。


来た道を辿って逃げていた倫太郎は、その途中で自分が倒したタイトマルロの亡骸が、そのまま悠々とマグマに飲み込まれて沈んでいくのを目の当たりにしたのだった。


自分よりも明らかに体の大きいタイトマルロが丸々沈んだのだから、ラビ太サイズでも完全に沈んでいくことが確定した。


《〈ヘル・ボマ〉》

《〈ヘル・ボマ〉》

《〈ヘル・ボマ〉》


絶え間なく飛来する火球。バリオスの攻撃は止まらない。


硬質な黒凱の大地ではあるがもうすでにクレーターだらけである。


ここまでして仕留められない敵はバリオスにとっても未曽有の存在であるが、倫太郎を敵認定しているバリオスに慢心はない。


手の届かない空中から徹底した遠距離高火力攻撃をし続けている。


特にバリオスが警戒しているのは〈ブレイク〉による直接攻撃。


初めての対峙で一度〈ブレイク〉の突進をその身に掠っているが、その威力が想像以上に大きいことをバリオスは実感していた。


〈ムスペルヘイム〉によって自身の優勢が変わることがないのを分かっていながらも、徹底的に倫太郎を滅するために攻勢を崩さないバリオス。


そして。刻々とマグマは質量と速度を増大させながら1体の脱兎を飲み込まんと押し寄せる。


タイムリミットはすぐそこである。


「やるっきゃない」


そもそもの話、この領域からの帰還方法がない倫太郎には遅かれ早かれ何か選択肢を変える必要がある。


倫太郎がした決断。


フィールドが完全にマグマ化する前に、〈ミラージュ〉と一緒にインストールしたスキルをここでぶつけてみる事にしたのだった。


「もう発動は出来るっぽいし、えっとここは……怖いからひとまず3で」


倫太郎は、手探り状態で確認をしながら恐る恐るスキルの発動を試みる。


『この感じは?』


バリオスがすぐに異変に気付く。


ずっと逃げていた倫太郎が足を止めて体を翻したということもあるが、それ以上に得も言われぬ"嫌な予感"がバリオスの野生の勘に強く引っかかる。


そしてそれは正確に当たることになる。


マグマが迫る中、2.5頭身のバランスの悪い体を沈めるようにしてがかがみこむと、そこから一気にバリオス目がけウサギの着ぐるみが飛び跳ねる。


『!!!』


一瞬何をしているのか分からなかったバリオスも、眼前に迫って来るピンクの物体を認識してすぐさま空中で体を逸らす。


不意とはいえギリギリの回避。


飛んできたピンクの物体は空振った為そのまま落下する。


「ふんぬっ!!」


しかし。そのままあっけなく終わることはなかった。


まだ溶岩化していない岩石を踏み台にして再びバリオス目がけ跳ぶピンクの砲弾。


続けざまの攻勢に一瞬体の動きが遅れたバリオスは、その攻撃の当確ラインに乗ってしまう。


『小癪……!!〈ヘル・ウォール〉!!』

「ぬおぉぉぉ〈ブーレイク〉!!」


バリオスと倫太郎の間に瞬時に出現する獄炎の壁。


慣性に逆らえぬままその獄炎の壁に突っ込んでいく倫太郎。


それでも、〈ブレイク〉の威力をそのまま推進力にした突撃はガンガン獄炎の壁の中を突き進んで貫通する。


しかし。それのせいで若干勢いが落ちたのか、すんでのところでバリオスはその突撃を紙一重で躱した。


バリオスがここまで決死に回避に力を費やすというのは稀の中の稀である。


そんなバリオスを面食らわせた倫太郎のこのスキル。これも例に漏れずカウンター系スキルである。


その名も〈カウンターバーサク〉。スキル形態としては肉体強化スキルである。


その効果は、蓄積されたダメージ値によって肉体レベルを段階的に強化するというもの。


その強化段階はフェーズ5まで存在し、一時的に爆発的なフィジカルパフォーマンスを発揮する。


まさに形勢逆転のスキルと言えなくないが、常人でこのスキルを使うものは非常に少なく、使えてもせいぜいフェーズ1が限界である。肉体の基盤が高い魔物でさえフェーズ2以上を使えるのはいない。


なぜなら、〈バーサク狂人〉の文字通り『強化』というより『狂化』に属するもので、早い話がドーピングなのである。


ゆえに、肉体耐性が低ければあっけなく体が壊れてしまう。しかもスキル自体は持って15秒ほどなので燃費も悪い。


強さの代償としてはあまり割に合っていないスキルと言える。


フェーズ3ともなると常人が使えばその瞬間に体が千切れるであろうが、それを倫太郎は知る由もない。


体への代償が0と言える倫太郎だからこそ選べるスキルであり、ある意味では本物の狂戦士の誕生である。


ちなみに。フェーズ5を発動すれば肉体レベルではかの魔王さえも凌ぐのだが、今回の戦いでは小心の倫太郎がそこまで発動はしないのであしからず。


話はバトルに戻る。


すんでのところで突進を躱された倫太郎は、空中で自由に身動きが取れるはずもなく当然のように落下していく。


今度は足場もなく、向かう先はマグマの海一直線。


なにか策があるのかと思いきや、出たとこ勝負のスキル発動の為特に策はなし。


つまり。大ピンチである。


「ヤッバい!落ちる!!!」


空中で見苦しく平泳ぎのようにジタバタするものの、そんなことで自然の法則をどうにか出来るほど甘くはない。


何の意味もなく落下スピードは変わらない。


慌てる倫太郎。


しかし。それが逆に功を奏す。


もがく様にジタバタしていた手が偶然にも狂化した拳圧を撃ち出す。それは下方のマグマに向かって放たれ、まるで爆撃のようにその一帯を一気に吹き飛ばす。


「!!!!!」


その光景にバリオスも少なからず驚いたが、一番驚いていたのはそれをした本人。


衝撃の圧によって、ミステリーサークルのようにマグマの海の一部にぽっかりと円形の地面を覗かせる地帯を出現させた。


「ごふっ!?」


そこへ後頭部から落下する倫太郎。着地はいつもながら無様である。


「お、おぉ~」


起き上がり周囲を確認すると、直径にして約30mのセーフティゾーンが出来上がっている。


しかしそれも一時のみ。次第にその場所を埋めるようにマグマが流動を始める。


「ゲッ!!えっとえっと、こうか!?」


自分に起きた出来事を全力で思い出し、倫太郎は前方に向かってがむしゃらに腕を振る。


再び生み出された拳圧の衝撃はまたも一時的にマグマを吹き飛ばす。


これで道を作れると悟った倫太郎は、奇抜なエアロビのような動きで右手左手となりふり構わずブンブンと振る。


モーゼの十戒のようにマグマの海の中に出来た1本道の中を全力で駆け抜ける倫太郎。


マグマが元通りの状態に戻る前に、なんとか浸食していない場所まで避難をすることができた。


「あっぶねー……」


丁度〈バーサク〉の効果も切れて滑り込みセーフといったタイミングである。


「攻撃はなんか当たりそうだったけど、やっぱ後先考えずとかダメだな。うん」


追い込まれていたとはいえ、ぶっつけ本番の危険性を身をもって体感した倫太郎。それでも。結果論であるとはいえ〈バーサク〉で空中にいるバリオスに接近が出来て、万一にもマグマを吹き飛ばす事が出来る事が分かったのは大きな収穫であった。


しかし。これも結果論になるが、バリオスを仕留めるなら初見で決めておくべきであった。


なぜなら、バリオスが力だけでゴリ押しをする愚者ではないから。


絶対的な力に自信はあれど慢心はしない。


エルラの地に君臨して幾百年。歴戦の経験をその身に宿すバリオスは向かい来る脅威への対処も心得ていた。


『なるほど……カウンター使いか。わざわざ不要な攻撃で益を生ませることはない訳だ』


対峙する倫太郎の特性を理解したバリオス。獄炎の覇者が選んだ一手は意外なものだった。


『〈ムスペルヘイム〉"支配構築"』


地震のように地面が揺れ出す黒凱。


お次は何事!?と思っている倫太郎の周囲が特に揺れ出すと、まだ溶岩化していない岩石が次第に隆起し始めてせり出していき、気付けばあっという間に重厚な黒色の壁がそびえ立った。


「な、なんだコレ!?」


目まぐるしい展開にリアクションが追い付かない倫太郎であるが、この壁が出現した意味はすぐに気づくことになる。


「あっれ?道塞がれた!?」


見れば壁は倫太郎の進行方向であった側にそびえ立ち、完全に道を断絶していた。


そう。これは急ごしらえされた行き止まりなのである。


『ここは我が領域。地形を操作するのも造作はない。そのまま灼熱の炎海に飲まれてしまうがいい』


カウンターがなければ倫太郎からの攻撃手段がないこと、マグマを極端に敬遠していることを読まれた上での兵法。


ラビ太歴1週間ちょっとの倫太郎と支配者歴幾百年のバリオスとでは、あまりにも実力差と経験差があった。


迫るマグマに抗う術は倫太郎にはない。


ここまで健闘と言えるかも分からない倫太郎の足掻きは、無念にもそのまま炎海に飲まれていってしまった。


『そのまま沈め。永遠にな』


燃え盛る体とは裏腹の冷淡な口ぶりが、バリオスが幾分本気になっていたことを物語る。


本気となった歴戦の覇者に珍妙な新参者が勝てるわけがない。


それはバリオスでさえもそう思っていた。


〈獄炎纏〉を解こうとしたその瞬間だった。背中の辺りに何か感触が芽生える。


見るとそこには、さっきマグマに飲まれたはずのピンクのウサギが自身の背中にみっともない格好でへばりついていた。


『なぜ貴様がそこに!?』

「……俺も聞きたいよ」


突如現れた倒したはずの敵にほんの一瞬だけ気取られた。それが迂闊であった。


ラビ太の背中が発光したかと思うと、バリオスにとって見覚えのある魔法陣がそこから展開される。


それが何かを悟るも時すでに遅し。


魔法陣は発動し、バリオスごと倫太郎もある場所へ転送する。


『こ、ここは……!!』

「ふふ。ようこそ貴様の墓場へ」


念話で聞こえてくる不敵な声。その主は他でもないミストラである。


「この瞬間を待っていた」

『なんだここは!!』


バリオスらいるのはみっちりと組み絡まった樹木で作られたドームの中だった。


その樹木は倫太郎も見覚えがある白麓のものである。


「言ったろ。貴様の墓場だと」

『なに?』

「貴様も知っている通り、我が樹木は濃縮な魔素を生成する。そしてそのドームは外界に空気すら漏らさないよう完全密閉して作ってある」

『何を言っている?』

「分からんか?魔素は魔力の源。取り込めば莫大な魔力を得る。それが密閉してるところで獄炎纏そんなものを使っていたらどうなるか?」

『!!!。貴様!!!』

「自身に焼かれて果てろ」

「ミストラァァァァァァァァァァ!!!」

「俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


異世界版のバッククラフト現象によって、バリオスと倫太郎の相まった絶叫は大爆発の中に消えていった。

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