欠陥職の最強武王 ~ステータスカンストした最強武闘家は転生して限界を突破する~

紅乃さくや

第1話

「くそっ……、どうやらここまでか」


 目の前に転がっている漆黒のローブに身を包んだ『死神王ジエンド』の屍を前にして、俺は溜息交じりにそう呟いた。


 俺が今いる場所は【巨大迷宮ラビリンティア】の500階層。

 魔族に追われた人類がラビリンティアの中に国家を作り住むようになって1万年。

 恐らく人類の歴史上もっとも深層まで潜り、そこに生息する強大無比なモンスターを倒したというのに、俺の心には虚しさばかりがつのっていた。


 なぜなら、こいつを倒すのに、5分も掛かってしまったからだ。


「こんな有り様じゃ、とてもこの先には進めない……!」


 もう一度溜息をついてうつむいてしまう。


 確かに『死神王ジエンド』を倒した俺は、王都に戻れば英雄としてもてはやされるだろう。


 王都随一のS級冒険者パーティーでも、400階層あたりまでが限界なのだから、500階層まで踏破し、そこのモンスターを5分で撃破したとなれば、人類史に残る大英雄だ。


 だが、この程度ではダメなのだ。


 巨大迷宮ラビリンティアは、下の階層へ潜れば潜るほど生息するモンスターは強力化していく。


 そして、500階層より下の階層には、『死神王ジエンド』をはるかに上回る強力無比なモンスターが徘徊しているのだ。


 ステータスも500階層のモンスターより2倍、3倍、それ以上にインフレしていく。


 こんな500階層のモンスターごときに5分もかかっているようでは、とてもそんな化け物じみた奴らに勝てるわけがない。


 そして、修行して更に強くなろうと思っても無駄だ。


 俺は自分の左腕を見る。

 そこには不思議な形をした黒い模様が刻まれている。


 これは『武闘家の証』。

 そう、俺の職業は【武闘家】なのだ。


 この世界の人間は生まれた時に身体のどこかに『証』というものが刻まれていて、その証によってなれる職業が決まる。


 証は途中で変更できないので、人々は皆生まれた時に授かった証の職業について一生を終えるのだ。

 そして、職業にはもう一つ、『一般職』、『上級職』という概念がある。

 『一般職』と『上級職』ではステータスの成長にも到達できる限界値にも天と地ほども差がある。


 『一般職』を10だとすると、『上級職』は1000くらい、埋めがたい差があるのだ。

 だから基本的に迷宮の奥深くに潜って探索し、モンスターと戦って戦利品を得ることを生業とする冒険者になるのは『上級職』の証を持っている人間だけだ。


 俺の職業【武闘家】は『一般職』なので、『上級職』よりもステータスの伸びも悪く成長の限界も低い。


 普通『一般職』に生まれた者は戦闘とは無縁な生活を送るか、浅い階層を探索する専門の冒険者になるものだ。


 だが俺は、『一般職』の【武闘家】であるにも関わらず、『上級職』ばかりで構成されるS級パーティーですら到達できない500階層まで踏破した。


 しかも誰ともパーティーを組まず、単独でだ。


 長い人類の歴史で誰も成し遂げられなかったであろう大偉業と言えるだろう。


 それでも、どうやらこの500階層が俺の到達できる限界だったようだ。

 既に【武闘家】としてのステータスはカンストし、これ以上成長できないところまで俺の能力は開発されきっている。


 ここから先に行くには、『上級職』にならないとダメだろう。

 だが証の変更はいかなる人間でも不可能だ。

 過去幾多の賢者や学者の研究により証明されてしまった、動かしがたい事実なのだ。


 そこまで考えて、俺はバックパックから真紅に光る水晶玉を取り出す。

 これは『転生の宝玉』。

 ここに来る途中、487階層で偶然見つけたものだ。


 確か300階層にあるイグネスの町にある図書館の文献をあさっていたとき、偶然見つけた本に書いてあった記述。


 この世界のどこかに、使った者のステータスを保ったまま、次の人生に生まれ変わる――いわゆる転生させることができる宝玉があるという。


 今俺が持っている水晶玉が、まさにその宝玉なのだ。


 炎のようにきらめくその転生の宝玉を見つめながら、俺は考える。


 今の俺では、500階層から先へは行けない。

 そして【武闘家】のままでは、これ以上強くなれない。

 生まれ持った証は変更不可能。


 ならば、転生して生まれ直せばいいのではないか。

 そうすれば、今度は『上級職』の証を持って生まれるかもしれない。

 しかもこの宝玉を使えば、今の俺のステータスを持ったまま転生できるのだ。

 その上で『上級職』になれば、俺は更なる高みに到達できる。


 500階層から先に進むには、もはやそれしか手はない気がした。

 もちろん上手くいく保証はない。

 転生の宝玉を使っても、無事に転生できるかどうかわからないし、仮に転生できたとしても『上級職』の証を得られるかどうかは神のみぞ知る、だ。


 だが、思考を巡らせれば巡らせるほど、これ以外に方法はないと確信する。


 どうせ俺はもう65歳だ。

 老い先は短い。

 今更普通の人生など送れるはずがない。

 ましてや結婚なんて夢のまた夢だ。


 迷宮探索に捧げた人生だったが、500階層より先に進めないとなるともう今の人生には未練はない。


 ならば、これに賭けるだけだ。

 俺はそう決意すると、右手に力を込め転生の宝玉を握り潰した。


 すると、目の前の光景が赤色に染まり、俺の身体を幻の炎が包んでいった。

 その様子を眺めているうちに、次第に意識が遠のいていき……そこで俺の65年の生涯は終わった。

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