知ってるようで知らない異世界

宮條雄麿

序章 異世界

 序章 異世界


結論を先に言ってしまうと、僕は行方不明になっていた。

三日ばかしこの世から姿を消し、その後ひょっこりと戻ってきた。浦島太郎のような話だが、事実なんだ。

でも、本当は三日どころではない。約二ヵ月もの間、僕は違う世界を彷徨っていた。そこで僕はもう一つ世界を見てきた。嘘じゃない。

大人になってあれは壮大な夢か、大作(傑作という意味ではなく、長々しい作品の意)と評価すべき映画だったかのように思う時もあるだろう。だけど、絶対忘れられない旅だった。そのことを伝えたい。



僕こと沖久留稔は、北海道の北広島市で生活する十五歳の中学三年生だ。来年には高校受験を控えていて、志望校の絞り込みや、受験勉強の総仕上げをしている真っ最中。

でも、母さんは学歴重視思考の持ち主だから、とにかく勉強しろってうるさい。それが本当に嫌になる。

父さんは何も言わない。でもこの間一言だけ、

「お前のやりたいことをやればいい。金はいくらでも出そう」

と言ってくれたから、無関心というわけではないようだ。

中学の仲間も何を考えているのかわからない。俗にいう不良の連中は毎日授業が終われば騒いでるし、友達もいつ勉強しているのかわからない。もしかして僕だけしか努力していないんじゃ? 僕以外は一度聞いただけで理解しているんじゃ? という変な懐疑心も時々生まれる。

高校に行ったら何か変わるんだろうか。もしかしたら人間が変わるだけでそれ以外変わることはないんじゃないだろうか。ドラマやアニメや映画の主人公は高校生が多いけど、そんなことは全く起こらずに終わってしまうんじゃないだろうか。そんな風にも思えてくる。将来何をしたいかも考えつかない。ただ言われた通りの高校に行くのもあまり気が進まないなあ……。

二十二時を少し過ぎた秋の夜長の中。僕は通っている塾を後にして、自転車で帰途に就いた。塾教師の言っていることは半分くらいしか理解できないし、何よりスピードが速い。こんな状態で僕は進学できるんだろうか。暗い夜道の中で疑心暗鬼に陥る。

アパートの駐輪場に自転車を置き、いつものように足音の響く階段を上っていく。

自分の家の鍵を開けようとした、その時。ふと隣の部屋のドアに目が向いた。確か空き部屋だったところだ。今日はなぜか騒がしい。しかし気になるレベルではなかったので僕はそのまま自分の家へと入った。

 その後風呂に入り、母さんの作ってくれた夜食を食べ、今日は寝ることにした。眠気が襲ってくると勉強に身は入らない。

母さんは注意してきたが、父さんが「うるさい」と一言言ったためか、それ以上は言わなかった。

寝巻に着替えて、いざ寝ようと布団に潜り込んだ。

だが、眠れない。理由は簡単だ。隣の部屋から漏れる音だ。昨日まで空き部屋だった部屋が僕の部屋と隣接しているからか、直に音が聞こえてくる。今までも隣に人が住んでいたことがあったが、今日のは特にひどい。銃声や動物の声が聞こえることから、映画を見ているんじゃないかと推測した。

仕方がないので、僕は起きて今日の復習をすることにした。公民から始めたが、やはり隣の騒音が気になる。

リビングの母親に相談したものの、「隣に人はいない」と突っぱねられてしまい、そのまま父さんと一緒に床についてしまった。

一時間ほどたっても収まらないので、とうとう僕は文句を言うために家を出た。

ヤクザみたいな人が出てきたらどうしよう――、と不安にもなったが、ちゃんと言えば聞いてくれるだろうと信じ、部屋のインターホンを押した。

一度目は出ない。二度目も出ない。三度目も出ない。

次はノックした。しかしそれでも反応はなかった。

おかしいな。人はいるはずなのに――。

僕は意を決してノブを回してドアを開いた。部屋の中は真っ暗で、向こうから少し風が吹いてきている。

「あのう、すみませーん」

声は響くだけで返事はない。変だ。あれだけ騒いでいるのに部屋に明かり一つついてないなんて。

僕はゆっくりと足を進めた。アスファルトむき出しの玄関は家と同じだ。

「すみませ――」

言葉を発し終える前に、僕の体は闇に吸い込まれた。



「――い、――ろ、おい! 起きろ!」

急に怒鳴られ、僕は飛び起きた。

「動くな! 手を挙げろ!」

起きろだの動くなだの勝手なことを騒いでいる男に僕は銃を突き付けられた……。

銃!

胸に突き付けられる黒い鉄の筒に、僕は驚愕した。なぜだ! ここは日本だぞ!

周りを見渡すと、僕の良く知っている町は消え失せ、代わりに牛らしき動物が草を食む草原と、古臭い軍服のような服を着た銃を持つ犬の耳の生えた男が三人、そんな世界が僕の目の前に広がっていた。

犬の耳!?

「両手を挙げろ! 妙なことはするな!」

大声で怒鳴られ、反射的に従う。軍人は僕の両腕を縄で縛り上げ、そのまま服のポケットから体全体を調べ始めた。

「こいつはメムだな」

「ああ、メムだ」

男たちは僕を『メム』と呼んでいるようだった。というか、この人たちは日本語を話せるのか。

「おい、お前。こっちにこい。大丈夫だ。乱暴はしないさ」

そんなこと言うんだったら縄を解いてほしいんだけど……。しかし銃の前では従うしかない。僕はそのまま軍人たちに連れられて、馬らしき動物が引く車へと連れていかれた。

「あの、僕をどうするつもりなんですか……」

「これより、首都ベリギオの国王陛下のもとへ護送する。以上」

獣の耳をぴんと立てた軍人がしゃべり終えた途端、車が揺れ、動き始めた。

パカパカという蹄が地面を蹴る軽快な音が車内に響き、僕はほとんど微動だにしない軍人たちに囲まれながら三十分くらい揺られた。

車が止まり、軍人が外を見る。そばに来た人間の兵士に何かを伝えると、彼が車の扉を開けた。

「自分で歩いてついて来い。妙なことは考えるなよ」

きっとこの男は士官なのだろう、と自分で納得し、僕は彼に大人しくついていった。

車を降りると、目の前には灰色の壮麗な建物が鎮座していた。まるで政府の重要な施設みたいだ。

「あの……、ここは?」

「我が国の陸軍の施設、とだけ伝えておこう。いいか、部屋に着くにまで一言も喋るな。兵士に視線を合わせるな。私の足元だけを見てついてくるんだ。いいな? ……、返事は!」

はひっ、と間抜けな声を上げる僕。そして士官に通いて僕も施設に足を踏み入れた。

中は赤い絨毯が敷いてあり、士官とは違う軍服を着た男たちが歩いている。みんな僕のことを見ている。「哀れ」の視線を送っている。ちゃんと見なくてもそれだけは感じ取れた。

しばらく歩いて、士官はある部屋の扉を開けた。そこには立派な椅子が一つ、向かいに上質な革のソファーが一つ、二つの間に彫刻付きのテーブルが置かれている。

「ここに座って待ってろ」

士官は僕をソファーに座らせた。そして僕の後ろに回り、そのまま静止した。

それから十分くらい経った。部屋はずっと静まり返っていたが、その時だけ入口が騒がしくなった。

そして、ドアがゆっくりと開き、真っ赤な礼服を着た中年の男と、その後ろに別の礼服を着た、こちらは彼より若い男が姿を現した。どちらも人間だ。

「やあやあ。遅れてごめんよ」

後ろの士官が背筋をただした。

「参謀と大臣が少し揉めてね。宥めるのに手間取ってしまってな」

男が椅子に腰掛けると、突然現れた召使がすぐさまカップを二つ、テーブルに差し出した。

「どうしたんだい? 黙り込んで。……、さてはルヴィック、この子に私のことを伝えてないな?」

「も、申し訳ございません」

ルヴィックと呼ばれた先ほどの士官が弱弱しい声を出した。

「まあいいさ。自己紹介が遅れたね。私はこのファジュアを治める国王のノブコムだ。こちらはクリンブレッタ営農伯爵。よろしくね」

ノブコムは僕に手を差し出した。呆けたまま、僕は彼と握手を交わした。

「あの……、王様って、一体、なんで僕と……」

頭の中が混乱しているためか、自分が何を言っていたかも理解していなかった。ノブコムは少し笑うと、

「一対一の方がいいかな?」

彼が手を二回叩く。するとルヴィックとクリンブレッタと召使いがそそくさと部屋から退いた。

「さて、それでは、ようこそ我が国へ。歓迎するよ」

口をパクつかせるだけで言葉が出ない。するとノブコムは再び笑い出した。

「聞きたいことがたくさんあるんだろ? 一つ一つ聞いてあげるから、落ち着いて話すんだ」

「は、はい。えっと、まず、ここはどこなんですか?」

「さっきも少し言ったけど、ここはマウィンガル連邦王国構成国の一つ、ファジュア王国さ。もっと言えば首都ベリギオの王立陸軍第二師団司令部の応接室だね」

「あの、さっきの人は……」

「彼はルヴィックだ。国境警備隊の連隊長を務めている。職務に忠実だからね、少し乱暴だったかもしれないけれど、彼らも仕事なんだ。許してやってくれ」

はい、と僕が小さな声で答えると、彼はまた笑った。

「さて、他に聞きたいことは?」

「あの! どうすれば僕は家に帰れるでしょうか?」

「うんうん、来ると思ったよ。もちろん帰り道はあるよ」

彼の言葉に、僕は安堵のため息をついた。

「だが、この国にはないんだ」

再び僕に不安が舞い戻ってきた。

「じゃ、じゃあどこにあるんですか」

「運の悪いことに、この国のちょうど真下にある国家の森にあるんだ」

僕は不意に地面を見つめる。

「あ、もちろん地底の国というわけではないよ。今のは例えだ。要するに、裏側にある国ということだよ」

「と、遠いんでしょうね……」

「そうだね。この国に飛行機の直行便はないから、鉄道で特急に乗って一週間ちょっとというところかな」

一週間、という言葉が引っ掛かったが、帰れるという希望の光が差して来たことは確かだ。

「じゃ、じゃあ僕は帰れるんですか!」

「ああ。だが、メムには……、メムってのは、君みたいにこの世界に迷い込んできた人のことを指すんだ。で、メムには世界連盟の認定した案内人が必要なんだ。その人がこの国にいるかは調べないと分からないから、少し時間をもらいたいんだ」

「それって、どれくらいかかるんですか?」

「そうだね、早ければ明日、遅くても一週間かな」

人を呼ぶのに一週間、帰るのに一週間以上。最悪な状況での単純計算だが、二週間以上となると、少し気が重くなる。

「まあ、混乱もしているだろうし、今日は落ち着いてゆっくり過ごしてほしい。こちらのものが口に合うか分からないが、食事も提供しよう」

力なく僕は返事をした。

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